ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

梅雨・夏・初夏

暖かくなってきました。春です。岩波国語辞典で「春」を見ると、

 

  春 冬の次の季節。立春から立夏の前日まで。日本では普通三・四・五の三か月。
    (以下略)   岩波

 

春は「日本では普通三・四・五の三か月」ということになっていて、その後の夏が「六・七・八」の三か月。

 

  夏 春の次の季節。立夏から立秋の前日まで。日本では普通六・七・八の三か月。
    (以下略)   岩波

 

以下、秋・冬も同様で、それぞれだいたい3か月。とまあ、そう思って何十年生きてきたのですが、ふと、では「梅雨(つゆ/ばいう)」はどうなるんだろうな、と思いました。あれは一つの「季節」なんだろうか、と。

 

  梅雨 六月から七月中旬にわたって日本や長江沿岸に生じる雨季。その時の雨。
     つゆ。さみだれ。(略)   岩波

 

岩波では「梅雨」は「雨季」なんですね。(岩波は「ばいう」の項で説明しています。「つゆ」のほうに説明のある辞書もあります。以下、その違いは気にしません。)

 

  雨季 その地方で、一年のうちで最も雨の降り続く季節。⇔乾季   岩波

 

「雨季」は当然「季節」です。では、「季節」とは。

 

  季節 四季のおりおり。時節。シーズン。「―外れの雪」  岩波

 

「季節」は「四季」です。あれ?

 

  四季 一年の間に移り行く春・夏・秋・冬の四つの季節。「―折々の眺め」 岩波

 

「梅雨」または「雨季」、どちらも「四季」ではありませんから、岩波によると「季節」ではないことになります。

でもまあ、「六月から七月中旬」ですから、「六・七・八の三か月」である夏の一部ということですか。夏の一部が「梅雨」という「雨季」である、と。一つの「季節」であるような、ないような…。

三省堂国語辞典ではどうでしょうか。

 

    梅雨 六月上旬から七月中旬ごろまで〔=旧暦五月〕、雨が続いてしめっぽく
     なる季節。さみだれ。ばいう。「-時・-があける」   三国

 

三国も「季節」と言っていますね。

 

  季節 気象の変化に応じて一年をいくつかに分けた期間。(以下略)  三国

 

上の、「季節」を「四季」に限定してしまう岩波の書き方はちょっとまずいと思います。この三国の書き方のほうがいいでしょう。いつも暑い熱帯や、「雨季/乾季」という地方もあるでしょうし。

三国も「夏」は「だいたい六・七・八月」としていますので、「梅雨」は「夏」の一部で、「春・(梅雨)夏・秋・冬」ということになるのでしょう。夏に含まれてしまう、もう一つの短い季節?

 

新明解は「季節」ということばを使いません。「梅雨」とは「長雨」のことです。

 

  梅雨 六月から七月上旬にかけて、北海道を除く日本各地に続く長雨。つゆ。
     さみだれ。   新明解

 

現代例解は「時期」とします。「季節」ではない。

 

  梅雨 六月前後の雨や曇りの日が多い時期。また、その時期の長雨。ばいう。
     「梅雨に入る」「梅雨が明ける」   現代例解

 

おや、「六月前後」ですね。五月も?

日本列島は南北に長いので、梅雨の始まりは地方によって違う、ということもあります。新明解類語辞典は、なかなか詳しいです。

 

  梅雨 五月中旬(沖縄県)から六月中旬(東北南部)に降り始め、約一か月半
     降り続く雨(の時期)。(略)   新明解類語

 

なるほど。沖縄と東北南部では始まりが1か月違うのですね。
まあ、日本の季節の話をするときに、沖縄(と北海道)を例外としても、沖縄の人は怒らないでしょうから、6月からと言っている辞書が悪いとは思いません。

以上、大したことではありませんが、私は、梅雨を一つの「季節」であるかのようには言わないほうがいいだろうと思います。「四季」という分け方との関係が不明確になってしまいますから。
新明解(類語)や現代例解の書き方がいいと思います。

 

さて、以上は前置きのようなものでして、私の「梅雨」に関するもう一つの疑問、考えてみたいことは、「梅雨」と「初夏・夏」の関係です。

 

  初夏 夏の初め。   新明解
 
  夏 つゆで始まる暑い季節。草木が茂り、イネが伸び成熟したりする。六・七・八の
    三か月。   新明解

 

新明解によると、「初夏」とは「夏の初め」である。そして、「夏」は「つゆで始まる」のです。そうすると、「初夏」は「つゆ」になってしまいそうです。
これはちょっとまずいんじゃないか。

 

  初夏 夏のはじめ。六月ごろ。   三国

 

三国の「梅雨」は「六月上旬から七月中旬ごろまで」でした。やっぱり、「初夏=梅雨」になってしまいます。どうもうまくない。

ちょっとここで心配になってくるのですが、「梅雨」を「初夏」とは言いませんよね。「初夏」って言うと、春の終わりあたりから日差しが強くなってきて、緑も濃くなり、ちょっと暑さを感じるようになる時期ですよね。

お、夏っぽいな、と感じ始め、もっと暑くなるのかと思って半袖かなんかにすると、一転、雨の日が続くようになり、「梅雨」になるのですよね。「つゆざむ」なんてことばもある。

 

  梅雨寒 つゆのころに低温が続き、うすら寒いこと。「-で体調をくずす」
                                 学研現代

 

岩波の「初夏」はどうか。

 

  初夏 夏の初め。五月から六月はじめにかけてのころ。   岩波

 

おや、「五月から六月はじめ」です。岩波の「梅雨」は「六月から七月中旬」ですから、その前です。
よかった。

ん? しかし、夏は「日本では普通六・七・八の三か月」(岩波)のはずです。それで、「初夏」は「五月から」? ちょっとずれがありませんか?

三国は「初夏」を「六月ごろ」としていますが、五月を含める辞書がけっこうあります。

 

  初夏 夏の初め。五月から六月にかけてのころ。  現代例解

     夏の初め。五、六月ごろをいう。      例解新 

     夏のはじめ。はつなつ。五、六月ごろ。   新選

     夏の初め。五月ごろ。           集英社

 

集英社に至っては五月限定です。しかし、どの辞書も「夏」は「六・七・八月」です。集英社も。

 

  夏 わが国では六月から八月まで。   集英社

 

ふむ。いったいどういうことか。              

どうも、辞書編集者の皆さんは、この辺の(小さな)矛盾は気にしていないようです。「夏」は六月からとしながら、「初夏」は五月からだったりする。あるいは、文字通り「夏の初め」というのはいいのですが、それと「梅雨」の時期との関係をあまり考えていない。

どう書いたらいいんでしょうねえ。「初夏」と「梅雨」と「夏」と。