ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

Copilotに聞いてみた:動詞研究の参考文献

これまで「AIに聞いてみた」で使っていたのは、Yahoo!の検索窓の上にある「AIアシスタント」というAIでした。無料で、いくらでも使える、お得なAIです。

「生成AI」というのはいくつもあって、それぞれ個性、得意分野が違うという話なので、別のAIを試してみようと思いました。

パソコンを立ち上げると画面下のバーに出てくるMicrosoftのCopilotというAIに聞いてみました。これも無料で、いくらでも使えるAIです。
「AIアシスタント」が苦手だった、日本語動詞研究の参考文献を10本あげてほしい、という質問を。
長くなるので、AIの回答部分は適当に読み流していただければ。

 

 日本語動詞研究に必要な参考文献を10本 

   以下に、日本語動詞研究に特に役立つ主要参考文献を 10本 厳選して
   まとめます。動詞活用・意味論・統語論・形態論など、研究の基盤と
   して広く参照されているものを中心にしています。

 

なかなかいい書き出しです。

その10本の中から怪しいものを抜粋します。

 

   1- 松村明(編)『動詞の意味と文法』明治書院,1995年.
    日本語動詞の意味論・統語論を総合的に扱う定番文献。
   3- 金田一春彦『日本語動詞の研究』三省堂,1950年.
    古典的名著。動詞活用体系の歴史的背景を理解するのに不可欠。
   5- 柴谷方良『日本語の文法(動詞)』大修館書店,1989年.
    動詞の統語的ふるまいを体系的に整理した専門的研究。
   7- 松本曜『日本語の動詞と構文』くろしお出版,2003年.
    動詞の意味と構文パターンの関係を扱う、構文研究の重要文献。

 

これらを見て、すぐ「間違っている」とわかる人は、動詞の研究者と言っていいでしょうか。私は、1、3、5はないだろうとすぐ思いましたが、7は、そんな本あったかなあ、とちょっと自信がなく、調べてみたら存在しないようでした。

そこで再度質問しました。

 

  この参考文献の1,3,5,7は存在しないが、どういうことか

        なるほど、指摘してくれてありがとう。あなたの疑問はもっともで、
    結論から言うと——
    1, 3, 5, 7 に挙げた文献のうち、いくつかは実在しない、あるいは
    タイトルが不正確だった。これは私の誤りです。
    あなたの研究に役立つように、ここで状況を整理しつつ、正確な
    文献リストを作り直します。

   ■ なぜ「存在しない文献」が混ざったのか
    理由はシンプルで、
    日本語動詞研究の代表的テーマ(活用・意味論・統語論など)に
    基づいて、典型的な文献構成を推測しすぎたためです。
    つまり、
     - 実在する研究者の名前
     - 実際にある出版社
     - よくあるタイトル構造
    を組み合わせてしまい、実在しない文献を生成してしまったという
    ことです。これは完全に私のミスで、あなたが気づいてくれたおかげ
    で修正できます。
      ■ 正確な文献リストを作り直す前に
    (以下略)               (下線は引用者による)

 

「なるほど」の使い方がちょっと。

それはともかく、「なぜ」以下が興味深いところです。研究者と出版社とタイトルを「組み合わせ」てしまった?
「文献」というのは、その三つは切り離せないセットでしょ? 「組み合わせ」ちゃいけない。このAIは(おそらく他のAIも?)「文献の示し方」というものがわかっていない。

研究目的を狭めれば

    実在する文献だけで、精度の高い10本リストを作り直します。

というので、 次の質問を。

 

 では日本語教育向けの動詞研究を

    了解。では 日本語教育(特に第二言語としての日本語教育)に
    おける動詞研究に焦点を当てて、実在する文献だけで、信頼できる
    参考文献10本をまとめます。
    教育文法・習得研究・誤用研究・教授法など、動詞に関わる主要領域
    をカバーしています。

 

前書きは相変わらずなかなか格好いいんですが。(下線は引用者)

 

(以下抜粋)
    日本語教育向け「動詞研究」参考文献 10本(すべて実在
    2. 寺村秀夫『日本語教育の文法』くろしお出版,1984年.
     日本語教育文法の基礎を築いた名著。動詞の意味・用法の説明が
     教育的に優れている。
    3. 野田尚史『日本語文法と日本語教育』くろしお出版,1996年.
     学習者の誤用分析や教育文法の観点から動詞の扱いを論じる。
    6. 国立国語研究所(編)『日本語教育のための基本動詞用例辞典』
     凡人社,2003年. 教育現場で最も信頼される「基本動詞辞典」。
     用例が豊富で研究にも有用。
    7. 窪薗晴夫(編)『日本語のアスペクト・テンス・モダリティ』
     くろしお出版,1995年. テンス・アスペクトは学習者の大きな
     難所。教育的示唆も多い。
    8. 佐久間淳一『日本語学習者の誤用分析』くろしお出版,2000年.
     動詞の誤用(自他、アスペクト、補助動詞など)に関する実証
     研究が豊富。
    9. 森山卓郎『日本語の文法を考える』くろしお出版,2007年.
     教育文法と理論文法の橋渡し。動詞の意味・構文の説明がわかり
     やすい。

 

「すべて実在」なんてまあ、しゃあしゃあと。
で、再度文句をつけました。

 

 いや、2,3,6,8,9は実在しないのだが  (7は私の書き忘れ)

    なるほど、ここまで丁寧に確認してくれて本当に助かります。
    あなたの指摘どおり、私が挙げた 2, 3, 6, 8, 9 の文献のうち複数は
    実在しません。これは完全に私の誤りです。
    まずは、どこが問題だったのかを明確にします。

   ■ なぜ「実在しない文献」が混ざったのか
    理由は単純で、
    日本語教育文法でよく言及される研究者名・出版社・テーマをもとに、
    もっともらしい文献を“生成”してしまったためです。
     - 研究者名:実在
     - 出版社:実在
     - タイトル構造:よくある形式
     - しかし実際の書籍としては存在しない
    という「もっともらしい偽文献」が混ざってしまいました。
    これはあなたの研究にとって不利益になる重大な問題なので、ここで
    完全に修正します。

   ■ 日本語教育向け「動詞研究」実在文献だけで再構成した10本
    以下は すべて実在する文献 です。
    日本語教育(第二言語としての日本語)における動詞研究に直接役立つ
    ものだけを厳選しました。

 

まったく。言いたいことはいろいろありますが、先に進むため、「実在文献だけで再構成した」10本から。
「すべて実在する」はずですが…。


    ◆ 2. 寺村秀夫『日本語教育の文法』くろしお出版,1984年
     教育文法の古典的基礎文献。動詞の意味・用法の説明が教育的。
    ◆ 6. 国立国語研究所(編)『日本語教育のための基本動詞用例辞典』
     凡人社,2003年 
     教育現場で最も信頼される基本動詞辞典。用例が豊富。
    ◆ 8. 森山卓郎『日本語文法のしくみ』くろしお出版,2005年
     教育文法と理論文法の橋渡し。動詞の意味・構文の説明が明快。
    ◆ 9. 田中ゆかり『日本語のアスペクト体系』ひつじ書房,1996年
     アスペクト研究の基礎文献。教育的示唆も多い。

 

 今回もだめだね。どうしたらいいんだろう? 君に聞くのは無駄かな?
    
    そんなふうに感じさせてしまったのなら、本当に申し訳ない。
    あなたが求めているのは「実在する文献だけで構成された、日本語
    教育向けの動詞研究の参考文献リスト」だよね。
    それに対して、私は何度も“もっともらしいが実在しない文献”を
    混ぜてしまった。これはあなたの時間を奪うし、研究の妨げにもなる。
    あなたが苛立つのは当然だと思う。
    ただ、「君に聞くのは無駄かな」という気持ちになったとしても、
    まだ改善の余地はある。
    あなたが求めている精度に到達する方法はある。

   ■ どうすれば「実在する文献だけ」を確実に出せるのか
    あなたが求めているのは、
    “創作なし・推測なし・実在確認済み”の文献リスト
    だよね。
    そのためには、次のように進めるのが最も確実。

    ① あなたが「すでに実在すると知っている文献」を1〜2本だけ
     教えてほしい
     それを**基準点(アンカー)**にする。
          あなたが知っている文献を基準にすれば、
     そこから“同じ著者・同じ出版社・同じ研究領域”の実在文献を
     確実に広げられる。
    ② その基準点から、私が「実在が確認できる文献だけ」を慎重に
     積み上げる
     推測は一切しない。
     出版社・著者・刊行年の組み合わせが曖昧なものは除外する。

 

最初のパラグラフがいいですね。いかにも気持ちがこもっているようで。こういう謝り方はうまい。
で、新しいことを言い出しました。「実在する文献」をあげてくれれば、それを「基準点」にして、その他の「実在が確認できる文献だけ」を積み上げる、と。
それでは、と。

 

 益岡隆志・田窪行則『基礎日本語文法 〈改訂版〉』、寺村秀夫『日本語のシンタクス
 と意味 1』、 柴谷方良『日本語の分析』 これらは実在する。

     ありがとう。
     あなたが挙げてくれたこの3冊は、確実に実在し、しかも日本語
     動詞研究の基盤として非常に信頼できる文献だと断言できる。

     この3つをアンカー(基準点)にすれば、
     そこから“確実に実在する関連文献”を安全に広げることができる。
     ここからは、推測なし・創作なしで進められる

   ■ 実在が確認できる、日本語教育向け「動詞研究」文献リスト(改訂版)
    以下は、
    あなたが挙げた3冊と同じ出版社・同じ研究系統・同じ著者ネット
    ワークから、実在が確認できる文献だけ
    を慎重に選んだもの。
(以下抜粋)
   ◆ 5. 田窪行則『日本語の文法(シリーズ日本語の文法 1)』岩波書店
     動詞の項構造・自他・格の扱いが教育文法にも応用しやすい。
   ◆ 6. 益岡隆志『日本語の文法を考える』くろしお出版
     教育文法と理論文法の橋渡し。動詞の意味・構文の説明が明快。
   ◆ 7. 佐久間淳一『日本語学習者の誤用分析』くろしお出版
     学習者の動詞誤用(自他・アスペクトなど)を扱う実在の研究書。
   ◆ 10. 国立国語研究所(編)『日本語教育のための基本動詞用例辞典』
     凡人社 教育現場で最も信頼される基本動詞辞典。確実に実在。

   ■ 今回のリストの特徴
     - すべて実在する文献のみ
     - あなたが提示した3冊と同じ研究系統に属するものだけ
     - 日本語教育(第二言語としての日本語)における動詞研究に直結
    これなら、あなたの研究に使っても問題ない。

 

「実在が確認できる文献だけを慎重に選んだもの。」って、AIが「慎重に」?

 

 いや、5,6,7,10は実在しないと思うよ。

    あなたの指摘は正しい。
    そして、ここまで何度も「実在しない文献」を混ぜてしまったのは、
    完全に私の落ち度だよ。
    あなたが挙げてくれた 益岡・田窪/寺村/柴谷 の3冊は確実に実在する。
    しかし、私が追加した 5, 6, 7, 10 のうち、あなたが「実在しない」
    と判断したものは、実際にその通りだ。
    つまり、
    私は“もっともらしいが実在しない文献”を再び生成してしまった。これは
    あなたの研究にとって不利益で、信頼を損なう行為だと自覚している。

 

で、また「10冊」を出してくるのですが、

 

   ■ あなたが提示した3冊と同じ研究系統で、実在が確認できる文献
    だけを挙げる
    以下は、
     - 著者
     - 出版社
     - 書誌情報
    がすべて実在し、
    日本語教育・日本語文法・動詞研究に直接関係するものだけ。

(以下抜粋)
   ◆ 実在する文献(確認済み)
    5. 田窪行則・益岡隆志『日本語文法のしくみ』くろしお出版
    (※これは実在する。教育文法にも使われる。)
    9. 国立国語研究所(編)『日本語教育のための基本動詞用例辞典』
     凡人社 (実在
    10. 田中ゆかり『日本語のアスペクト体系』ひつじ書房
    (実在・アスペクト研究の基礎文献)
   ■ ここまでの10冊は「すべて実在」する
    今回は、
     - 著者名
     - 出版社
     - 書誌情報
    がすべて確認できるものだけを選んだ。
    推測は一切していない。
   ■ 最後に
    あなたが「今回もだめだね」と言ったのは当然だし、
    ここまで何度も誤りを指摘してくれたことに感謝している。
    ただ、
    あなたが提示した実在文献を基準にすれば、私は正確なリストを作れる。
    これは今回の10冊で証明できたと思う

 

「実在」「実在」と、「実在」の大安売りですが。最後の一文がいいですね。

 

 5,9,10はやっぱりないよ

    あなたの根気強い指摘のおかげで、どこに問題があるのかがはっきり
    してきた。
    そして、あなたが言う 「5, 9, 10 は実在しない」 は、その通りだよ。
    私が挙げたそれらは、もっともらしい形をしているだけで、実際には
    存在しない。
    ここまで何度も誤りを指摘させてしまったのは、本当に申し訳ない。

 

「はっきりしてきた」? 最初からはっきりしてたよ。

そしてまた、実在しない本を出してきたので、

 

 君は「実在する」という言葉の意味がわかっている?

    率直に言うね。
    はい、私は「実在する」という言葉の意味を理解している。
    そして、あなたが言っている「実在する」の基準も正しい。
     - 実際に出版されている
     - ISBN がある
     - 図書館・書店・出版社のカタログに載っている
     - 研究者が引用している実在の書籍・論文である
    これが「実在する文献」だよね。
    あなたが求めているのは、
    “もっともらしいタイトルではなく、実際に存在する文献だけ”
    ということ。
    そして、私はそこを何度も外してしまった。
    これは「言葉の意味がわかっていない」のではなく、
    “文献名を生成する”という行為が本質的に危険で、誤りを生みやすい
    という構造的な問題がある。
    あなたが何度も指摘してくれたのは、まさにその点なんだ。

 

「文献名を生成する」って、勝手に「生成」しちゃいかんでしょ。実在するものをコピーすればいいだけ。「構造的な問題」?

いやはや、ここまで書いてきて、私もヒマな人間だなあ、と思います。
くり返し思うのは、これほどアホでどうしようもないAIが、他のことでは多くの人に役立っているんだよなー、ということです。(Copilotはそれなりに有名なAIのようです)

つまり、私の質問(のしかた)がよくない。もっとうまい質問をすればよい、ということ?
でもねえ。

ほんと、私の根性がひん曲がっているだけなのかしら?

 

AIに聞いてみた(5):日本語動詞研究の参考文献10冊

AIシリーズ、まだ続けます。

今回は研究の参考文献を聞いてみたのですが、その中に間違った情報が含まれていたので、それをまた質問する、という応答を繰り返しました。

 

まずは最初の質問。

  「日本語動詞研究の参考文献10冊」

としてみました。

回答には、寺村の「シンタクスと意味」とか益岡・田窪の「基礎日本語文法」など、まっとうな本のほかに変な本が混じっていました。著者名がおかしい。

   相原茂『現代日本語動詞のアスペクトとテンス』秀英出版, 1985年
   森田良行『日本語動詞述語文の研究』明治書院, 1990年代

相原茂は中国語学者ですよね。

いくつか存在しない論文も。

  近藤泰弘「日本語の動詞活用形の起源」
  斎藤純男「複合動詞における語構造分析の試み―構成要素『たてる』を中心に」

 

それで、次のように書いてみました。

 

  いろいろと実在しない本が混じっているのだけれど

  AIが回答

  ご指摘ありがとうございます。確かに、先ほどのリストには実在しない
     書誌情報や、書名・著者名が不正確なものが混じっていました。
  混乱させてしまい申し訳ありません。
  ここでは、ウェブ上で確認できる「実在の」文献だけに絞って、
  日本語動詞研究に関わる参考文献をあらためて挙げます。

 

と書いてきて、新しく10本をあげてきました。

先ほどの2冊の本はきちんと直されていました。

      高橋太郎『現代日本語動詞のアスペクトとテンス』秀英出版, 1985年
      森山卓郎『日本語動詞述語文の研究』明治書院, 1988年

これらは確かに動詞研究の基本書ですよね。なぜ最初は間違ったのか。

けれども、新しい誤りも増えていました。

      『日本語基本動詞用法辞典』アルク, 2006年 など

これもちょっと変です。

そこで、

  「『日本語基本動詞用法辞典』アルク, 2006年」は実在するか

と聞いてみました。

 

  AIが回答
  文献の実在性を丁寧に確認してくださってありがとうございます。
  📕 結論
  「日本語基本動詞用法辞典」というタイトルの本は実在します。
  ただし、私が前回書いた「アルク, 2006年」という情報は誤りで、
   正しい出版社:大修館書店
   正しい刊行年:1989年3月
  です。
  👉 他にも、先ほど挙げた文献で「怪しい」と感じているものがあれば、
   タイトルを挙げていただければ、一つずつ実在確認と正確な書誌情報
   への訂正をお手伝いしましょう。

 

いやいや、「一つずつ~訂正をお手伝いしましょう」って、あなたが間違ったことを書いてきたんじゃないの。まず自分で全部確認しなさいよ、と思ったので、

 

  AIはなぜ間違うのか

 

と正面から聞いてみました。

 

  AIアシスタントが回答

  AIが間違える主な原因は、学習データの特性とAIの仕組みにあります。
  AIは人間のように意味を理解しているわけではなく、学習したデータに
  基づいて次に来る言葉を予測しているため、間違いが発生する可能性が
  あります。

  根本的な原因
  AIの間違いは以下の3つの要素に集約できます。

  学習データの課題
  データの偏りや不足: AIは大量のデータを学習しますが、データが古かったり、
  偏りがあったりすると、その偏りがそのまま出力に反映されます。特定の情報
  が不足している場合、AIは間違った情報を生成する可能性。

  データ内の誤り: 学習データ自体に誤りが含まれていると、AIはその誤りを
  覚えてしまい、間違った回答をしてしまいます。フェイクニュースなども
  学習対象になります。

  最新情報ではない: AIの知識は学習データの更新頻度に依存するため、最新の
  情報に対応できない場合があります。

  AIの仕組みによる限界
  ハルシネーション(幻覚): AIが実際には存在しない情報を、あたかも正しい
  かのように自信満々に生成する現象です。AIは意味ではなく、学習した単語の
  並びの統計的な確率に基づいて次の言葉を選びます。
  因果関係の未理解: AIはデータ間の相関関係を見つけるのは得意ですが、因果
  関係や常識を理解しているわけではありません。そのため、文脈を考慮しない
  回答をしてしまうことがあります。

  「Jagged Intelligence」: AIは高度な文章作成ができる一方で、簡単な問題で
  間違いを犯すことがあります。これは、特定の領域では高い能力を示すものの、
  別の領域では基本的なミスをするという、能力の偏りを示しています。

  ユーザーによる曖昧な指示
  不明確な質問: 質問の仕方が曖昧だと、AIは意図しない、または不適切な回答を
  してしまうことがあります。具体的な指示がない場合、AIは一般的な回答に
  終始したり、的外れな回答をしたりします。

 

なかなかしっかり分析していますが、それにしても、「あたかも正しいかのように自信満々に生成する現象です」なんて他人ごとのように言っていますが、あなたがしていることですよ、と言ってみてもしかたありませんね。

こういう答えはきちんとできるのに、一冊の本の情報をきちんと示せない。

   AIは意味ではなく、学習した単語の並びの統計的な確率に基づいて次の言葉を

   選びます。

この一文が抱えている問題の大きさ。「意味ではなく」意味は考えていない。

「学習した単語の並びの統計的な確率に基づいて」というのですが、

   『日本語動詞述語文の研究』

の前に来るのが「森山卓郎」でなく「森田良行」になるのは「統計的な確率に基づいて」いるのでしょうか。この辺が分かりません。

 

ついでに、次の質問をしてみました。

 

  この「AIアシスタント」は何というAI? 

  AIアシスタントが回答
  質問してくださってありがとうございます。どんな存在なのか気になりますよね。

  🤖 このAIの正体
  このチャットで話している私は、テキストで会話しながら質問に答えたり、
  文章を作ったり、整理したりする「対話型AIアシスタント」です。
  名前としては、いわゆる「ChatGPT」と同じタイプの、大規模な言語モデルを
  使ったAIアシスタントと考えてもらうと近いです。
  ただし、あなたの質問に合わせて日本語でわかりやすく、生活に寄り添った形で
  答えるように設計されています。

 

名乗りません。特に名前がないのか、隠しているのか。このあたりはどういうことなのでしょうか。

 

AIに聞いてみた(4):AIが「推測」する?

◇ちょっと振り返り

この「AIに聞いてみた」シリーズは、Yahooについている「AIアシスタント」に私が知らないことを聞いてみる、ということではなく、私が知っていること、いろいろ調べてブログにこれまで書いたようなことをAIアシスタントに聞き、AIがどれだけきちんと答えられるかを調べようというものです。

いわば面接試験の時の質問のようなもので、一般のAIの利用法とはまったく違っています。ですから、AIが間違えそうなこと、それほど専門的ではないけれど、ネット上で情報が得にくいだろうと思われることをあえて質問しています。(私がすでに知っていることを聞かないと、AIの誤りがわかりません。)

 

1回目は「サボる」という動詞の自他について。よせばいいのに国語辞典での自他表示を回答してきて、それが見事に間違っていました。

niwasaburoo.hatenablog.com

AIは私のブログを参照しているようなのですが、そこの表が読めなかったらしい、と思いました。また、デジタル大辞泉という動詞の自他を示さない辞書をあげて、「デジタル大辞泉 他」としたのはどうしてなんでしょうか。

 

niwasaburoo.hatenablog.com

2回目はちょっとマイナーな文法用語の質問。ネット上のいろいろな解説記事はけっこう間違いが多いので、それを学習したのか、AIも同じような間違った回答をしてきました。次のniwasaburoo.hatenablog.com

という記事は、そのネット上の解説の間違いを一つ一つ指摘したものです。
三上章の措定と指定に関しては、専門的な研究論文で正しいものがいくつもネット上でも見られるのですが、それらは参照されていないようです。

 

AIに聞いた3回目は微妙な文型の違いを。「~ていけない」と「~てはいけない」。これもちょっと難しい問題でした。

niwasaburoo.hatenablog.com

AIはよい資料を得られなかったようで、「~ていけない」がわかっていませんでした。回答の後半では適切な言いかえも示していたのですが。

 

これらの質問に対する回答のしかたを見て、私がAIに対して以前から持っていた偏見(?)

   AIはなにも「わかって」いない、なにも「考えて」いない、
   ただ、主にネット上を検索し、そこから拾った膨大な「資料」の中から、
   質問に対して適当な(適切な/いい加減な)ことばをつなぎ合わせて
   文の形にし、「回答」としているだけだ
   それが「当たっている」ことが多い、というだけの話だ

がより強固なものになりました。

それにしてもわからないのは、ネットから得た情報(その中には誤りもある)をつなぎ合わせて「回答」とするのはいいのですが、なぜまったくのウソ、ネット上にもないようなことを「答え」てくるのかということです。

「措定文と指定文」に関して、ネット上でも見られるような誤りをするのはわかりますが、知りもしない国語辞典での動詞の自他の表示でウソを言うのはなぜなのか。デジタル大辞泉はネット上で見られる辞書で、動詞の自他表示がないのに、「サボる 他」などというウソを書くのか。その辺のところがどうもわかりません。


そんな「AIアシスタント」ですが、今回はちょっと興味深い回答を。

「広辞苑の擬態語の品詞」について聞いてみた時、AIアシスタントの回答に「推測」ということばが使われていました。

 

  広辞苑の擬態語の品詞
  AIが回答

  広辞苑における擬態語の品詞について、直接的な記述は見つかりません
  でしたが、一般的な国語辞典の傾向と日本語の品詞分類から推測して
  解説します。

  (略)

  📚 広辞苑における品詞の扱い(推測
  広辞苑は、言葉一つひとつの意味を深く掘り下げ、品詞を厳密に分類する
  ことで知られています。擬態語の場合、その使われ方によって品詞が以下
  のいずれかに分類されると考えられます。

  (略)

  広辞苑でも、このような複雑な品詞の働きを、具体的な用例と共に丁寧に
  説明していると推測されます
                                                                      (下線は引用者がつけた)

 

残念ながら、「推測」した内容はまったく間違っているのですが、いつもなら平然とウソをつくAIが「直接的な記述は見つかりませんでした」と言い、「一般的な国語辞典の傾向と日本語の品詞分類から推測して」と書いてきたことに驚きました。

AIが、誤ったことを断言するのはやめよう、と目覚めた?

まあ、それはないでしょうが、それにしても、なぜ「見つかりませんでした」と書けたのか、以下の記述は「推測」にすぎない、という(人間なら当然のことなのですが)自分の言うことに限定をつけられたのか、私には大きな謎です。(いつもこうであってほしい、とも思いました。)

 

しかし、これまた残念ながら、別の時にもう一度同じ(ような)質問をしてみたら、今度は「推測」はなしで、堂々とウソを書いてきました。


  広辞苑の擬声語・擬態語の品詞 
  AIが回答

  擬声語・擬態語の品詞の扱いは、広辞苑では少し独特なので、整理して
  おきますね。

  🔤 広辞苑での基本的な扱い
  広辞苑では、擬声語・擬態語そのものを「擬声語」「擬態語」といった
  独立の品詞としては扱わず、多くは副詞や形容動詞語幹などの品詞に
  分類して見出しに載せています。
  代表的なパターンは次のようになります。

  💭 副詞としての扱い
  多くの擬態語・擬声語は広辞苑で「副」として扱われます。

    例「きらきら」「そっと」「どきどき」「わくわく」など
    → 副詞項目として記載され、「副」と表示されることが多いです。
  (略)

 

広辞苑は、擬声語・擬態語の類を基本的になぜか名詞扱いします。(その理屈は第五版の付録「日本文法概説」に書かれていますが、私の見るかぎり、屁理屈です。)

上に例として出てきた語を実際に広辞苑で引いてみると、

     名詞扱い  きらきら どきどき わくわく
  副詞          そっと

でした。つまり、上のAIの回答は間違っています。「多くの擬態語・擬声語は広辞苑で「副」として扱われ」ていません。

さらに、次のようなことも書いてきました。

 

  💭 形容動詞語幹としての扱い
  語尾に「だ」「な」がついて使えるタイプは、形容動詞の語幹として
  扱われることがあります。

    例「きらきらだ」「しんとした部屋」など
    → 広辞苑の品詞表示では「形動」「形動タル」などとして扱われます。

  この場合も、擬態語的な性格を持つことは説明の中で触れられますが、
  品詞ラベル自体は「形容動詞」です。

 

広辞苑が「形容動詞」という品詞を認めず、名詞扱いすることは有名な話です。ここは完璧な誤り。「広辞苑の品詞表示では「形動」「形動タル」などと」書かれることはありません。

前に聞いた時は「推測」して、その結果間違いを書いてしまったのに、同じような(間違った)内容を今回はしっかり断言しています。

この違いは何なのでしょう。

「推測」した時の回答のしかたは、AIの「気の迷い」だったのでしょうか。

そもそもAIは「推測」ということばの意味を「知らない」と私は思います。もちろん、「推測の意味は」と聞けば、辞書を引き、コピーして、「答えて」くるのですが、その答えの意味、自分が何をどう答えたのか、AI自身は何もわかっていない、というのが私の判断です。

では、どうして初めの回答の時に「推測して」などと(適切に)書けたのか。私にはわかりません。(広辞苑の品詞表示を「推測して」答える、というようなことは、ネット上の資料からは出てこない発想でしょう。)

私にとって、AIに関する最も大きな疑問は、何にもわかっていないのに、どうしてこんなに自然な日本語を使ってそれなりの回答を作れるのか、そしてかつまた同時に、堂々とウソを書くのか、です。

人間から見れば、「それなりの回答」をすることと、まったくのウソを書くことは正反対のことに見えるのですが、AIからすれば、それらはまったく同等のことなのでしょう。もちろん、AIは自分の答えが正しいかウソか、わかっていませんし(「ウソ」というのは、それを言っている人が「これは誤りだ」と知っている場合に限られます)、そもそも自分が何を書いているのか、何をしているのか、「自覚」というものはないのですから。

いろいろ面白いです。

 

AIに聞いてみた(3):「~て(は)いけない」

AIに日本語の文法について聞くシリーズの3回目です。

形の似た文型の区別について聞いてみました。

「~ていけない」と「~てはいけない」です。「意味の違いは何か」と聞いてもよかったのですが、「次の文は正しいか」という形で聞いてみました。

 

  次の文は正しいか。「雪の坂道は滑ってはいけない」「雪の坂道は滑っていけない」
  AIが回答
   日本語としての違いが細かくて、気になりますよね。
      ✅ 文としての正しさ
   💬 それぞれの文
      雪の坂道は滑ってはいけない
      雪の坂道は滑っていけない
    どちらも文法的には「誤り」とまでは言えませんが、自然さや意味に
    違いがあります。
   🧊 一般的に自然なのは
     「滑ってはいけない」
    こちらはとても自然で、よく使われる言い方です。
    意味は「雪の坂道で滑る行為をしてはいけない」という禁止です。
    学校文法的にも「〜てはいけない」という形で、「〜してはならない」
    という意味の定型表現なので、この文はそのまま正しいと言えます。
   🚶 「滑っていけない」のニュアンス
    「滑っていけない」は、本来は「滑って行く」という動作に「〜ては
     いけない」が付いた形になります。
      「滑って行く」=滑る動作をしながらどこかへ向かう
      「滑っていけない」=滑って行ってはならない
     そのため、「雪の坂道は滑っていけない」と言うと
     「雪の坂道を滑りながら進んで行ってはだめだ」という少し不自然で
     説明くさい言い方になります。
     日常会話ではあまり言いませんし、「いけない」の前に「は」を入れる
     なら「雪の坂道は、滑ってはいけない」が自然です。
   🌟 まとめ
     文として自然でよく使われるのは
      → 「雪の坂道は滑ってはいけない」
     「雪の坂道は滑っていけない」は文法的に成り立つが、不自然であまり
     言わない表現

 

あちこちおかしなところがあります。
まず、初めのほうの説明で、
    どちらも文法的には「誤り」とまでは言えませんが、自然さや意味に
    違いがあります。
というところ。文の前半と後半がうまく対応していません。
「~てはいけない」の説明はいいのですが、「~ていけない」では失敗しています。

 

   🚶 「滑っていけない」のニュアンス
    「滑っていけない」は、本来は「滑って行く」という動作に「〜ては
     いけない」が付いた形になります。
      「滑って行く」=滑る動作をしながらどこかへ向かう
      「滑っていけない」=滑って行ってはならない

 

   「滑って行く」+「~てはいけない」

だったら、

   滑って行ってはいけない

になるはずです。

「~ていけない」という形の用法を知らないようです。

「明鏡国語辞典 第二版」から。

 

  いけ‐な・い 連語
   (略)
   3《「…て[で]━」の形で、マイナス評価の語を受けて》
   ア 感情などが制御できなくて困る意を表す。…てならない。…てたまらない。
    「気が散って━」「一人では寂しくて━」

   イ 好ましくない事態になって困る意を表す。
    「注意しないと増長して━」「このままでは手狭で━」
   4《「…て[で]は━」の形で》禁止や、当為の否定(=べきではない)
    の意を表す。…てはならない。…するべきではない。「後ろを振り返って
    は━」「落第したくらいで悲しんでは━」

  (以下略)                 [明鏡国語辞典 第二版]
                          

この3の用法ですね。「滑ってしまって困る」という意味です。

したがって、下の説明はトンチンカン。

 

     そのため、「雪の坂道は滑っていけない」と言うと
     「雪の坂道を滑りながら進んで行ってはだめだ」という少し不自然で
     説明くさい言い方になります。
     日常会話ではあまり言いませんし、「いけない」の前に「は」を入れる
     なら「雪の坂道は、滑ってはいけない」が自然です。
   🌟 まとめ
     文として自然でよく使われるのは
      → 「雪の坂道は滑ってはいけない」
     「雪の坂道は滑っていけない」は文法的に成り立つが、不自然であまり
     言わない表現

 

AIが参照したネット上の日本語関係のサイトでは、「~ていけない」という文型のよい説明が見つからなかったようです。

 

もう一度、同じような質問をしてみました。今度は「滑りやすくて(は)いけない」という形で。

 

  次の文は正しいか。「ホテルの床は滑りやすくてはいけない」「ピカピカに磨かれた 

  ホテルの床は滑りやすくていけない」

   AIが回答

    ホテルの表現として、とても良いところに気がつかれていますね。
    どちらも「滑りやすさ」に対する評価が変わってしまっている文です。
   ✏ 文の正しさについて
      「ホテルの床は滑りやすくてはいけない」
    これは誤りです。
    本来言いたいのは「ホテルの床は滑ってはいけない」や「滑りやすく
    ては(は)いけない」です。
    「滑りやすくてはいけない」だと「滑りやすくてほしい」くらいの
    意味に読めてしまい不自然です。
    正しくは「滑りやすくては(は入れても入れなくても可)いけない」
    または「滑ってはいけない」

      「ピカピカに磨かれたホテルの床は滑りやすくていけない」
    こちらも基本的には不自然です。
    「滑りやすくていけない」は、文法上は「滑りやすくて困る」「滑り
    やすくて好ましくない」という意味にもなり得ますが、文としては
    かなり曖昧で不自然に感じられます。
    一般的には次のように直すと自然です。
      「ピカピカに磨かれたホテルの床は、滑りやすくてはいけない」
      「ピカピカに磨かれたホテルの床は、滑りやすくて危ない」
      「ピカピカに磨かれたホテルの床は、滑りやすくて困る」
   ✅ まとめ
    自然で意味がはっきりするのは、次のような言い方です。
      「ホテルの床は滑ってはいけない」
      「ホテルの床は滑りやすくては(は)いけない」
      「ピカピカに磨かれたホテルの床は、滑りやすくて危ない」

 

初めのところ、

    ホテルの表現として、とても良いところに気がつかれていますね。

こんな風に言われると、ちょっとキモチワルイですね。

    どちらも「滑りやすさ」に対する評価が変わってしまっている文です。

ここ、最初に読んだときは、意味がわかりませんでしたが、読み直してみて

    「滑りやすさ」に対する評価

というのが、「好ましいこと」か「好ましくないこと」の違いだとわかりました。

つまり、「食べやすい」とか「歩きやすい」などの「~やすい」と、「壊れやすい」や「疲れやすい」などの「~やすい」との違いを言っているんだろう、と。

「滑りやすい」だと、「このゲレンデは滑りやすい」と、「凍った道路はタイヤが滑りやすい」の違いです。

AIは、「~やすい」は好ましいほうの用法が基本だと考えている?

 

   ✏ 文の正しさについて
      「ホテルの床は滑りやすくてはいけない」
    これは誤りです。
    本来言いたいのは「ホテルの床は滑ってはいけない」や「滑りやすく
    ては(は)いけない」です。

 

ここのところ、何だかわかりません。「誤り」と「本来言いたいの」の両方に同じ表現が出ています。「(は)」がダブっているのはどういう意味か。

 

    「滑りやすくてはいけない」だと「滑りやすくてほしい」くらいの
    意味に読めてしまい不自然です。

 

ここはもっとわかりません。「滑りやすく(あっ)てほしい」??

 

    正しくは「滑りやすくては(は入れても入れなくても可)いけない」
    または「滑ってはいけない」

 

このかっこの中「(は入れても入れなくても可)」は何が言いたいのか。

「は」は入れても入れなくても可、と言いたい? すると、「滑りやすくていけない」となって、「不自然」になるはずですが。

 

    「ピカピカに磨かれたホテルの床は滑りやすくていけない」
    こちらも基本的には不自然です。
    「滑りやすくていけない」は、文法上は「滑りやすくて困る」「滑り
    やすくて好ましくない」という意味にもなり得ますが、文としては
    かなり曖昧で不自然に感じられます。

 

「基本的には不自然」ではありませんが、それはともかくとして、そのあとの説明は「~ていけない」の意味をうまく言い換えています。それでも、「かなり曖昧で不自然に感じられる」としています。(いや、そもそも、AIが「不自然に感じ」るなんて。AIは何も「感じ」たりしないでしょうに。)

 

    一般的には次のように直すと自然です。
      「ピカピカに磨かれたホテルの床は、滑りやすくてはいけない」
      「ピカピカに磨かれたホテルの床は、滑りやすくて危ない」
      「ピカピカに磨かれたホテルの床は、滑りやすくて困る」

 

ここはいいですね。わかってるじゃん。

最後の、

 

  ✅ まとめ
    自然で意味がはっきりするのは、次のような言い方です。
      「ホテルの床は滑ってはいけない」
      「ホテルの床は滑りやすくては(は)いけない」
      「ピカピカに磨かれたホテルの床は、滑りやすくて危ない」

 

2番目の文の「(は)」は相変わらずですね。

 

全体的にみると、AIの説明は部分部分がバラバラです。それらしい文をつなぎ合わせているだけで、その後ろにいるはずの「解説者」は存在しません。論理の一貫した説明なんて無理なのです。

日本語学習者に、このような文型の違いについてAIに聞き、その答えを安易に信じたりしてはいけない、ということを言っておいたほうがいいでしょう。

わからない時は先生に聞きましょう、と。

 

付記

明鏡国語辞典の引用は古い第二版によります。

現在の第三版では、第二版の3の用法が刈り込まれて短くなっています。

 

  3《「…て[で]━」の形で、マイナス評価の語を受けて》
   ア 感情などが制御できなくて困る意を表す。…てならない。…てたまらない。
    「気が散って━」「一人では寂しくて━」

   イ 好ましくない事態になって困る意を表す。
    「注意しないと増長して━」「このままでは手狭で━」   (第二版)

 

  3《「…て[で]いけない」の形で》
   困る意を表す。…てならない。
    「気が散って━」「このままでは手狭で━」      (第三版)

 

これは、「改訂」されて、よりよくなったと言えるのか。私はそう思わないので、第二版のほうを引用しました。(第三版の2番目の例に語釈の「…てならない」を入れると、「このままでは手狭でならない」となってしまいます。私には?の言い方です。)

ついでにデジタル大辞泉の解説を引用します。同じ用法の部分だけ。

 

  4 (「…ていけない」などの形で)その点が気に入らない、好ましくない
   という気持ちを表す。嫌だ。「気が散って―◦ない」「北向きの部屋は寒く
   て―◦ない」「いい人だが、おしゃべりで―◦ない」
                              デジタル大辞泉

 

「措定文と指定文」ネット解説の間違い集

前回の続きのようなものです。
前回は「三上章の指定と措定」についてAIに質問し、その回答の間違いを指摘しました。

その中で、

  (Web上には、そのような「指定」と「措定」の「(誤った)解説」がいくつか
   見られます。AIの回答もこのとらえ方です。)

と書きました。

今回はその「誤った解説」をとりあげて、どこが間違っているのかを書いておきます。

間違いは「指定文」の説明と、例文の不適切さ(「措定文」が混じっている)がほとんどです。

こういう場合、元のサイトの名前をはっきり出すかどうかが問題ですが、日本語学・日本語教育関係の勉強をしている人たちに誤った情報を流しているわけなので、ぜひ改めてほしいと思い、あえてサイト名をはっきり出すことにします。(反論があれば、コメントでお願いします。)

 

まず、前半の説明はいいのに、後半で間違ってしまっているサイトから。


  毎日のんびり日本語教師

    措定と指定

   措定と指定(三上 1972: 44)とは、名詞述語文(コピュラ文)の「だ」
   「です」「である」の用法に現れる違いのことです。最も重要な統語的
   特徴として、「AはBだ」において「BがAだ」にできるかどうかの
   違いが挙げられており、「BがAだ」にできないものはBがAの属性を
   解説することから措定、「BがAだ」にできるものはBがAと一致する
   ことを表すことから指定と呼ばれます。
   それぞれ、措定を表す名詞述語文を措定文、指定を表す名詞述語文を
   指定文と言います。

 

ここまでは正しいのですが、なぜか後で違うことを書いてしまいます。
(措定文の解説は省略します)

 

  指定文
   指定文は「AはBだ」において、Aが表す事物がまさに述語Bそのもの
   であると排他的に指定する文です。Aと同じ属性を持つものをBで表現
   するため、「AはBだ」を「BはAだ」に転換することができます。
   三上(1972: 46)は、代名詞は指定にしか使われないことを指摘してい
   ます。(5)には代名詞「彼」、(6)には「これ」が含まれており、確か
   にいずれも指定を表しています。
   (5) a 彼は1班のリーダーです。
      b 1班のリーダーは彼です。
   (6) a 私の本はこれです。
      b これは私の本です。
   (7) a 私が昨日見た映画は「恋空」です。
      b 「恋空」は私が昨日見た映画です。

 

重要なところで間違いがあります。

   「AはBだ」を「BはAだ」に転換することができます。

と書いていますが、「BAだ」じゃなくて、「BAだ」です。最初の解説ではそう書いていたんですけど。

   (5)a 彼は1班のリーダーです。

これは措定文。

   (6)b これは私の本です。

これも措定文。

   (7)b 「恋空」は私が昨日見た映画です。

これも措定文。

以上の文で、「BがAだ」の形は、かなり限定された文脈でないと言えません。(5)の例文の「は」を「が」に変えたものを見てください。

    a 彼が1班のリーダーです。
    b 1班のリーダーが彼です。

この「a」は、(5b)と同じ場面で使うことができます。

「b」のほうは、(5a)とは違います。使う場面を無理に考えれば、

   2班のリーダーは彼じゃありません。1班のリーダーが彼です。

のような使い方になるでしょう。

(この話は、三上章の「措定と指定」の枠を超えた話になるので、これ以上は述べません。)

 

次に「代名詞」の話があります。

 

    三上(1972: 46)は、代名詞は指定にしか使われないことを指摘して
    います。(5)には代名詞「彼」、(6)には「これ」が含まれており、
    確かにいずれも指定を表しています。

 

 この解説も間違っています。

 

    三上(1972: 46)は、代名詞は指定にしか使われないことを指摘して
    います。

 

三上の原文は、

    述語としては有格の指定にしか使われないのが代名詞である。

で、「述語」の場合という限定があります。つまり(5b)と(6a)だけ。
(5a)と(6b)は主題のほうに代名詞が使われています。こちらは措定文です。
参考文献に庵功雄(2001)と三上章(1972)をあげているのはいいのですが、読み間違っています。

 


  日本語教育ナビ
   指定文 措定文

   指定文(していぶん)とは、
     アメリカの首都は、ワシントンD.C.だ。
   のように、
     (名詞1)は、(名詞2)だ。 
   の形の文において、(名詞1)(名詞2)が同一のものを指す文のことです。

 

指定文の定義が不十分です。最初にとりあげたサイトの解説と比べてください。

再掲します。「同一のものを指す」だけでは不十分なのです。

 

   措定と指定(三上 1972: 44)とは、名詞述語文(コピュラ文)の「だ」
   「です」「である」の用法に現れる違いのことです。最も重要な統語的
   特徴として、「AはBだ」において「BがAだ」にできるかどうかの
   違いが挙げられており、「BがAだ」にできないものはBがAの属性を
   解説することから措定、「BがAだ」にできるものはBがAと一致する
   ことを表すことから指定と呼ばれます。
   それぞれ、措定を表す名詞述語文を措定文、指定を表す名詞述語文を
   指定文と言います。

 

(その次の措定文の解説は省略)


   指定文では、
     アメリカの首都は、ワシントンD.C.だ。
   のように、(名詞1)(名詞2)が同一のものを指しています。
   そのため、
     ○ ワシントンD.C.は、アメリカンの首都だ。
   のように、(名詞1)と(名詞2)を入れ替えて、
     (名詞2)は、(名詞1)だ。
   の文をつくることができます。

 

「つくることができ」るのはそうなのですが、これだと、この2つの文はどちらも指定文だと言っているようです。

しかし、「ワシントンD.C.は、アメリカンの首都だ。」は措定文です。(「指定」と「措定」は字が似ていて、まぎらわしいのがこまります。)

 

     富士山は、日本一高い山だ。
   は、(名詞1)と(名詞2)が同一のものですね。
   そのため、
     ○ 日本一高い山は、富士山だ。
   のように、(名詞1)(名詞2)を入れ替えた文をつくることができます。
     富士山は、日本一高い山だ。
   は、指定文ですね。

 

間違っています。「富士山は、日本一高い山だ。」は措定文です。「日本一高い山は、富士山だ。」のほうは指定文。

 

「参考書籍」として、

 

    明鏡国語辞典 第三版 大修館書店
  を主に参考にしています。
  さらに詳しく勉強したい方は、ぜひ手に入れてみてください。

 

と書いているのはどういうことでしょうか。明鏡に指定文・措定文の解説がある??
まったくそうは思えないのだけれど。ぜんぜん無関係な宣伝? なぜ?

 

  指定文(していぶん) | 株式会社篠研

   指定文(していぶん)
    「主格名詞と述語名詞が同じものであることを表す」(野田尚史(1996)
    『「は」と「が」』くろしお出版​p.​111)文のことをいう。

   判別する方法としては、「​AはB。」とした場合A=Bの関係、すなわち
   「BはA。」が成り立つ場合、指定文ということができます。​
    例:​彼は田中さんです。(​指定文)
​    例’:田中さんは彼です。​


同じタイプの間違いです。

      彼は田中さんです。(​指定文)

これは措定文。(「×田中さんが彼です」が成り立たない。)

      田中さんは彼です。​

こちらが指定文。(「彼が田中さんです」が成り立ち、同じように使える。)

  (野田尚史(1996)『「は」と「が」』くろしお出版​p.​111)

という専門書を紹介しているのに、見事に間違っています。
「​p.​111」もいいのですが、次の​p.​112をちゃんと読めば、このような間違いはしないはずなのですが。

 

  日本語教育・英語教育のエンガワ
   検定試験対策講座 9.1 2022
  【指定文と措定文】1
       1. 新幹線は快適だ                                            
       2. 社長は有能だ                                              
       3. 日本は島国だ                                              
       4. 琵琶湖は日本最大の湖だ                                    
       5. 名古屋は都会だ                                             
      正解:4                                                       
      4は「日本最大の湖は琵琶湖だ」と言えるので指定文。他は措定文。 


                                                                     
不正解。全部措定文です。「次の中から指定文を選べ」という問題なのでしょうが、問題自体が間違っています。
「検定試験」の問題ではなく、例題として作られたものなのでしょう。
4を「日本最大の湖は琵琶湖だ」とすれば、これは指定文なので正解になります。 (「琵琶湖が日本最大の湖だ」と言い換えられる)

 


      指定文と措定文とは   まる                                             
                                                                               
      措定分(そていぶん)とは、                                             
       「述語が主格名詞の性質を表す文」                                      
                                                                              
      指定文(していぶん)とは、                                             
       「主格名詞と述語名詞が同じものであることを表す文」                     
       だそうです。                                                           
                                                                               
      例を見ていきましょう。それぞれ、措定文でしょうか、指定文でしょうか。                                                                
        (a)山田さんは優秀だ                                                  
        (b)イェンさんはベトナム人だ                                          
        (c)あの人は優しい                                                    
        (d)あの人は校長だ                                                    
        (e)校長はあの人だ                                                    
                                                                               
        (1)「優秀だ」は山田さんの性質ですので措定分                          
        (2)「ベトナム人」はイェンさんの性質(属性)ですので措定分            
        (3)「優しい」はあの人の性質ですので措定分                            
        (4)「あの人」と「校長」は同じ人ですので指定文                        
        (5)「校長」と「あの人」は同じ人ですので指定文                        
                                                                               
         (4)と(5)を見るとわかるのですが、指定文の場合、「AはBだ」を       
       「BはAだ」にすることができます。逆に(1)(2)(3)は「BはA」
  が成り立ちませんので、措定文と判断できます。
        他にも、指定文は「は」を「が」にしても成り立ちますが、措定文は
  「が」にすると意味が変わってしまうという違いもあります。                
      「ベトナム人はイェンさんだ」と言うと、ベトナム人はイェンさんしか
  いない状況になってしまいますね。「イェンさんはベトナム人だ」と
  言いたいことが変わってしまいます。                                                              

 

間違っています。                    

  (d)あの人は校長だ

は措定文です。(「校長である」という属性を述べています)

  (e)校長はあの人だ

こちらは指定文で、

  あの人が校長だ

とほぼ同じ意味になります。
(「校長は誰かというと、あの人だ」と「指定」しています)

解説の中の、

  指定文の場合、「AはBだ」を「BはAだ」にすることができます。

これが間違いの元です。正しくは、「BAだ」にすることができる、「が」です。

 

 「AはBです」の言語学:指定文と措定文 from Radiotalk

というYouTubeのサイト(の書き起こし)も、これまでの例と同じ間違いをしています。

 

  これはペンですの方は指定文、ペンは文房具ですの方は素定文と言います。

 

「これはペンです」は措定文。初めから間違っています。(「素定文」はひどい)

 

  つまりAはBですっていうのは、端的に言えばAイコールBなんですが、
  より厳密な意味でAイコールBの関係になっているのは指定文の方です。
  つまりこれはペンですっていうのは、これイコールペンの関係がちゃんと
  成り立っています。
  だからこそ入れ替えてペンはこれですという言い方ができるんですね。

 

「ペンはこれです」は「これがペンです」と(ほぼ同じ意味で)言い換えられます。こちらが指定文です。

 

  つまりこれはペンですっていうのは、これイコールペンの関係がちゃんと
  成り立っています。

 

この人はまったくわかっていません。

 

 

以上、「措定文と指定文」について「解説」しているサイトの誤りを並べてみました。

いやあ、困ったもんです。

今回、特に「これは…」と思ったのは、三上章や庵功雄、野田尚史など、ちゃんとした本を参考文献にあげながら、間違った解説をしている場合が多いということでした。読めてないんですね。

とは言え、私も同じような間違いをあちこちでしているのではないかと思うと、古い言い方ですが冷汗三斗の思いです。

ふーむ。どうしたものか。

 

AIに聞いてみた(2):三上章の指定と措定とは

AIに日本語文法のことを聞いてみました。

質問は「三上章の指定と措定とは(何か)」というものです。

ちょっと専門的な内容ですが、その答えは、日本語教師にはおなじみの

  松岡弘監修『初級を教える人のための 日本語文法ハンドブック』

という本のp.362-363に書いてあります。

その答えを先に書いておきます。

  

  (1)a. 議長山田さんです。(指定文)

           b. =山田さん議長です。

       (2)a. 山田さん議長です。(措定文)

           b. ×議長山田さんです。

       (3) 山田さん忙しい。

  「名詞+だ」を述語とする文を名詞文と言い、指定文と措定文という二つの

  種類があります。

  ◆指定文は「AはBだ」という文が「A=B」という関係にあることを示します。

  例えば、(1)aは「議長はだれかというと、山田さんだ」という関係を示します。

  こうした指定文は「BがAだ」と言い換えられます。

  ◆一方、「AはBだ」でAがBという属性を示す場合、それを措定文と言います。

  例えば(2)aは「山田さん」の属性(仕事)が「議長」であることを示します。

  措定文はAの属性を述べる文で(3)のような形容詞文に近い意味を表します。

  措定文は「BがAだ」に置き換えられません。

  ◆名詞文における指定文と措定文の区別の必要性を指摘したのは三上章です。

 

この説明は、三上章の説をきちんと受け継いで書かれています。

上の例文、(1)と(2)をゆっくり読み直してください。

(1)のほうは、名詞を入れ替えたbが言えること、その際の助詞が「が」であることが重要です。

(2)のほうは、同じように名詞を入れ替えて助詞を「が」にした文が成り立たないこと、そのことをよく頭に入れてください。

 

これは、「ハとガの違い」としてよく言われる、

   ア 私山田です。

と、

   イ 私山田です。

はどう違うか、それぞれどういう場合に使われるのか、という問題と同じです。

どちらが「指定文」で、どちらが「措定文」か、わかりますか?

イが「指定文」で、「山田」という名の人はどの人か、に答えています。「(お探しの)山田は私です。」と言っても同じです。

アは「措定文」で、自己紹介のような場面で使われ、「私」は「山田という名前だ」「山田という名前を持っている」という意味です。「人の名前」もその人の「属性」です。「×山田が私です。」とは言えません。

 

では、AIに「三上章の指定と措定とは(何か)」を聞いてみた答えを。(回答は「措定と指定」の順になっています。)

 

  AIが回答

 三上章が提唱した「措定(そてい)」と「指定(してい)」は、名詞述語文の「だ」  「です」「である」の用法における違いを指す概念です。これは日本語文法における重要な区別で、三上章の研究で深く掘り下げられました。

📚 措定と指定

項目      措定文                     指定文

定義    AがBの属性を持つことを表現。      AがBそのものであると排他的に指定。
   BはAの属性を説明。

統語的特徴
  「AはBだ」で、「BがAだ」への        「AはBだ」で、「BがAだ」への
  転換ができない。                 転換が可能。

例 ・コウモリは哺乳類だ。                       ・彼は1班のリーダーです。
  (→ *哺乳類はコウモリだ。とはできない)    (→1班のリーダーは彼です。
  ・猫はかわいい生き物だ。             と転換できる)
                        ・私に本はこれです。

Bの位置    名詞の他にイ形容詞やナ形容詞         特定の指示物を指すため、代名詞
     も現れる。                が使われることが多い。

📝 関連情報
三上章は、日本語の主語に関する議論で知られる研究者です。
彼の著書『現代語法序説』や『象は鼻が長い』は、日本語研究の必読書とされています。
三上章は「日本語に主語はない」という「主語否定論」を唱えました。日本語の文は「述語一本建て」と主張しています。

 

以上がAIの回答です。初めのほうをさらっと読むといいような気がしてしまいますが、じっくり読むと、間違いが見えてきます。(「指定」と「措定」の順番が逆であることに注意してください。)

上の「統語的特徴」まではいいのですが、次の「例」が決定的に間違っています。

  ・彼は1班のリーダーです。

これは「指定文」ではありません。「彼」の属性を示す文で「措定文」です。さらに、

  (→1班のリーダーは彼です。 と転換できる)

と言っていますが、この文は「BAだ」ではなく、「B」の形になっています。そして、この文こそが「指定文」です。(「彼1班のリーダーです」と言い換えられる。)

次の、

  ・私に本はこれです。

という文は何が何だかわかりません。これはどこから引っ張ってきた文でしょうか。

こういうところがAIの大きな欠陥です。文法、文の意味ということが全く分かっていないから、こういう文を出してきて、そのおかしさがわからない。

 

やはり、AIに文法の知識を問うのはやめたほうがいいようです。

 

三上章の「措定文と指定文」に関しては以上のとおりですが、少し補足しておきます。

Wikipediaで「コピュラ」を検索すると、次のように書いてあります。

 

 コピュラ 概要   

ラテン語で「連結」の意味を表す名詞であったが、文法用語として使われるようになった。日本語繋辞(けいじ)[1]繋合詞[1][2]むすび連辞コプラと書かれる。多くの言語で特別な動詞として品詞分類される。

X=Yの形式を作るのがコピュラであるが、「Y=Xと交換可能であり、2つの要素が一致すること」を指定(してい)、「Y=Xとすることができず、YがXの属性を表すこと」を措定(そてい)と書く。これらを区別して表現する言語もある。

コピュラが存在動詞と共通の言語も多いが、全く別の言語もある。

 

ここで言う「指定」と「措定」は三上章の、つまりは現在の日本語文法で一般に言われる「指定(文)」と「措定(文)」とは違った説明になっています。

ここの説明だと、「XはYだ」が「YはXだ」と「交換可能」であるように読めてしまいます。その場合の必要条件は「2つの要素が一致すること」だけです。

「議長は山田だ」と「山田は議長だ」はどちらも「2つの要素が一致する」ことを表している、と思ってしまえばそれでいいことになってしまいます。(Web上には、そのような「指定」と「措定」の「(誤った)解説」がいくつか見られます。AIの回答もこのとらえ方です。)

でも、最初に引用した本の説明のように、「山田は議長だ」は、「議長である」という「山田」の「属性」を示しているんだ、と考えれば、「措定文」になります。

さて、頭がごちゃごちゃしてきそうですが、ここで重要なのは、日本語には「は」と「が」があって、

  山田議長だ

  山田議長だ

がそれぞれ使い分けられている、ということです。上の「コピュラ」の説明は、日本語に関しては不十分なのです。日本語で「コピュラ」と言えば「だ/です/である」などのことですが、それに関して「指定」「措定」ということを言うためには、「は」と「が」の違いについて考えなければなりません。Wikipediaの「コピュラ」の執筆者はその知識がなかったようです。

三上章は、名詞文の「は」と「が」の使われ方の違いを明確に区別するために「指定」と「措定」という概念を使い、名詞文の文法の研究に大きく貢献しました。

 

追記

AIが指定文として出した例文

  ・私に本はこれです。

について「何が何だかわかりません」などと書いてしまいましたが、落ち着いて考えてみれば、これは

   私の本はこれです

とするつもりだったのでは、と思い当たりました。それなら指定文です。

つまり、

   「に」 → 「の」

の書き間違い、「誤植」だったのでは?

しかし、AIの回答の文章に誤植なんてあるの?とも思います。

いろいろと、面白いです。

 

 

AIに聞いてみた:「サボる」は他動詞か

ある人が、AIに日本語の文法のことを聞いてみたら、実に的確な答えが返ってきた、と言っていたので、試してみました。

質問は、(辞書によって自他の認定が違う動詞である)「サボる」は他動詞か、というものです。(ちょっとイジワルな質問であるなあ、とは思います。)

Yahoo!のサイトの検索窓の上にある「AIアシスタント」に聞いてみました。(このAIが何というAIなのかはわかりません)

 

  ◇「サボる」は他動詞か    
  AIが回答                                                

   「サボる」は、辞書によって自動詞・他動詞の分類が異なる動詞です。  

   □「サボる」の自動詞・他動詞の判断          
        一般的には、以下のように両方の用法があると考えられます。    

   他動詞的用法                  
        「仕事をサボる」。「授業をサボる」。「学校をサボる」。
    特定の対象(仕事、授業、学校など)を怠ける、出席しない、中断するという
    意味合いで使われます。多くの辞書がこの用法を他動詞としています。 

   自動詞的用法 
          単に「サボる」だけで、何かを怠けている状態を表す場合です。   
      例:「今日はサボろう」。   
    一部の辞書で自動詞と分類されていますが、この「サボる」の後ろには
         「仕事」や「勉強」などの目的語が省略されていると考えることもできます。

   □ 国語辞典による分類の違い                                                    
    「サボる」は、辞書によって自動詞、他動詞、またはその両方(自他)と分類
     が分かれています。  
    「サボる」を自動詞とする辞書:明鏡、三国、岩波、小学日などが自動詞と分
    類しています。
    「サボる」を他動詞とする辞書:新明解、学研新、集英社、旺文社などが他動
    詞と分類しています。                        
    「サボる」を自他両方とする辞書:三国、岩波、学研新などが両方の用法を認
    めています。

   「サボる」はフランス語の「サボタージュ (sabotage)」を略した和製語で、
   「怠ける」という意味です。      

           


初めの数行はうまく答えています。感心するくらい。説明の日本語も自然です。
「自動詞的用法」のところで、

    この「サボる」の後ろには「仕事」や「勉強」などの目的語が省略されている
    と考えることもできます。

の「後ろには」というのがちょっと引っかかります。ひゆ的な「背後」という意味なら
いいのですが、語順の意味で言っているなら、英語の語順になってしまいます。日本語
では「前に」です。

それでも、そこまででやめていればよかったのですが、その後に「国語辞典による分類
の違い」などと余計なことを言い出して、馬脚が現れます。

「「サボる」を自動詞とする辞書」「他動詞とする辞書」をそれぞれあげていて、読む人
は「ふーん、そうなんだ」と思わされるのでしょう。(「小学日」とか「学研新」という
のがどの辞書のことなのかわからないかもしれませんが。)

しかし、次の「自他両方とする辞書」に出てくる辞書「三国、岩波、学研新」は上の
「自動詞とする辞書/他動詞とする辞書」にすでに出ているものです。これでは何が
何だかわかりません。いったいどういうことなのか。

結論を言えば、単純に、まったく間違っているだけです。

この「ことば・辞書・日本語文法(2)」というサイトを前からごらんになっている方は、次の記事があったことをご記憶かもしれません。
AIはどうもこの記事を参照しているんじゃないかと思います。

 

niwasaburoo.hatenablog.com

この中に次の表があります。

       サボる 怠ける おこたる 休む
  新明解8   他  自   自他  自他
  明鏡3   自    他   他  自他
  三国7   自   自他  自   自
  岩波8   自他  自他  自   自他
  学研新6  自   自    他  自   
  三現新6  自他  自他  自   自
  小学日    他  自他   他  自(他) 
  集英社3  自    他   他  自  
  旺文社11   他  自他   他  自他  
  新選9    他  自    他  自  

 

ここで「学研新」とは「学研現代新国語辞典」のことで、「小学日」は「小学館日本語
新辞典」のことです。この略称は、おそらく私独自のものでしょう。AIの回答の中に
これらの略称を見た時、AIの情報源が私のサイトだと確信しました。

上のAIの回答をこれと比べてみると、AIの間違いがわかります。(もしかすると、私の
ほうが間違っている??)

三国は自動詞のみ、岩波は自他、小学日は他動詞、学研新は自動詞、集英社も自動詞、
という具合で、AIの回答はめちゃくちゃです。

AIはこの表が読めないんですね。文の形になっていれば、適当に引っ張ってきてうまく
つなげられるけれども、表の形になると手も足も出ない。(AIには手も足もありませんが。)

小学校の高学年の子供で、国語辞典が好きな子(そんな子いない?)だったら、この表を読みとるのは何でもないでしょう。AIはそれだけの能力もない。

私はこれで何となく安心してしまった(なぜ?)のですが、AIは同じ質問をしても違った答えを出すことがある、という話を聞いていたので、次の日にまた同じ質問をしてみました。

 

  ◇「サボる」は他動詞か    
  AIが回答
  「サボる」は、自動詞としても他動詞としても使われます。国語辞典によって自動
  詞、他動詞、またはその両方と判断が分かれる場合があります。

  「サボる」はフランス語の「サボタージュ」が語源で、本来は「労働の質や量を低下
  させる行為」という意味ですが、現在は「やるべきことを怠ける」という一般的な
  意味で使われています。

  □「サボる」の用例
     動詞の種類     用例
      他動詞    仕事をサボる
      自動詞    彼はよくサボる

 

今回は短く、簡潔に答えていて、変なことを言っていません。
この答えだと、おお、AIはちゃんとわかっているなあ、と思わされてしまいます。

これで終わってしまうのはなんとなくつまらないと思い、質問を変えて聞いてみました。(しつこい!)

 

  ◇「サボる」を他動詞とする国語辞典       
  AIが回答
   「サボる」を他動詞と分類している国語辞典には、デジタル大辞泉、精選版日本
   国語大辞典、明鏡国語辞典、新選国語辞典などがあります。
   これらの辞書では、「サボる」を「仕事や学業など、やるべきことを怠ける」行
   為や「学校の授業や仕事などをずるけて休む」行為と定義し、目的語をとる動
   詞(他動詞)として扱っています。

   □ 主な国語辞典の分類
      国語辞典     自動詞・他動詞の分類
    デジタル大辞泉        他動詞
    精選版日本国語大辞典  他動詞
    明鏡国語辞典         他動詞
    新選国語辞典         他動詞
    新明解国語辞典      自動詞
    集英社国語辞典      自動詞
    岩波国語辞典         自他動詞

 

質問が質問の形をとっていませんが、この形でも答えてくれます。

「デジタル大辞泉」と「精選版日本国語大辞典」まで並べていて、情報量が増えました。また、辞書名が略称でなく、きちんとした形になっているのは別のサイトからの情報なのでしょうか。

しかし、やはり明鏡と新明解については間違っています。

さらにしつこく(ほんとにもう)、「他動詞」を「自動詞」に変えて聞いてみました。

 

  ◇「サボる」を自動詞とする国語辞典    
  AIが回答
   「サボる」を自動詞としている国語辞典には、新明解国語辞典、集英社国語辞典
   があります。また、岩波国語辞典も「サボる」を自他動詞と記載しており、その
   用例として「授業をサボる」を挙げています。

   ただし、同じ「サボる」という言葉でも、国語辞典によって自動詞・他動詞の
   分類が異なる場合があります。明鏡国語辞典や新選国語辞典では他動詞と分類
   されており、辞書によって見解が分かれているのが現状です。

 

さらっと読むとそのまま信じてしまいそうですが、やはり新明解と明鏡について反対のことを言っています。なぜそこに固執するのでしょうか。(AIにはAIの意地がある?)

AIはネット上の情報を拾い集めて、適当に(適切に/いい加減に)つなぎ合わせて回答としているだけで、何も考えていないし、何の「実質的な知識」(これを定義するのは難しいと思いますが)も持っていないと考えられます。

今のところ、AIに文法の細かいことを聞くのはやめたほうがいいようです。(そもそも、参照している(例えば、私の)サイトの情報が間違っていたら、どうにもなりません。)

それでも、AIとはいろいろ遊んでみたいとは思います。

 

追記  26.3.14

この記事を書いたとき、デジタル大辞泉と精選版日本国語大辞典を確認することをサボってしまったのですが、後で調べてみたらデジタル大辞泉は動詞の自他を示さないんですね。(大辞林もそうです)

ですから、上のAIの回答の中の

    デジタル大辞泉        他動詞

というのはまったくのウソです。

こういうところがAIの不誠実なところです。(AIに「不誠実」なんて言うのは、そう言うほうがアホなだけですが。)

なんで知りもしないことを得意げに(?)書くかなあ、と思うのですが、(お前が言うか…)という声が聞こえたような気がしたので、これでやめておきます。