ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

広辞苑の副詞(3)

「練習問題」の「解答編」の続きです。

広辞苑の「副詞」というものがわからない、という話です。

次の語が広辞苑でどういう品詞を与えられているか、それはなぜかを考えます。

  15さっぱり  16しっかり  17しっくり  18じっくり 
  19しばしば  20すっかり  21すっきり  22ずっしり 
  23たっぷり  24たんまり  25どっさり  26とつぜん 
  27ぴくり   28びっくり  29びっしり  30べたべた
  31ぼんやり  32まるっきり 33みっちり  34ゆっくり 
  35ぜったいに  36ほんとうに  37めったに

 

 15さっぱり

   広〔名・副〕1「風呂に入って-する」「-した気性」2「-した食べ物」
    3「-と忘れよう」4「-分からない」「景気は-だ」

 

広辞苑は「さっぱり」を〔名・副〕とします。名詞で、副詞です。

(「さっぱり」が名詞だと言うと、一般的には、「え? どうして?」という反応が普通ではないかと思われますが、広辞苑はそうするのです。また、副詞だというのは当然のことと感じられますが、前回の記事で見たように、広辞苑では副詞はかなり限られているのです。ここでの問題は、「さっぱり」はなぜ副詞とされるのか、です。)

名詞とするのは「さっぱりだ」という用法でしょうか。
副詞とされるのは「さっぱり~ない」という呼応をする用法でしょうか。それ以外はこれまでの名詞とされてきた語の用法と同じように見えます。
もしかすると、それ以外はすべて名詞扱い? 
用法が分けられるものなら、1〔名〕2〔副〕として、わかりやすく示してほしいですね。

 

 16しっかり

   広〔副〕1「-とした土台」「紐を-結ぶ」「事業の基礎が-している」
    2「-しろよ」「気を-持つ」「考え方が-している」3「-もうける」
    4「-食べる」「-と監視する」「-荷作りする」

 

「しっかり」も副詞とされます。

「紐をしっかり結ぶ」という用例がありますが、「きっちり」にも「紐をきっちり結ぶ」がありました。「きっちり」は(広辞苑では)名詞です。

 

 (再掲)10きっちり
       広1「紐を-結ぶ」「-とした服」「-窓を閉める」
        2「-説明する」「日程が-決まる」「-大さじ一杯」
        3「午後七時-に着く」

 

さて、どこが違うか。「-大さじ一杯」という名詞を修飾する用法と、「午後七時-に着く」という接尾語的な用法で「~に」が付くことでしょうか。それで副詞とはされなかった?

 

  広辞苑によれば、「紐をきっちり結ぶ」の「きっちり」は名詞で、
  「紐をしっかり結ぶ」の「しっかり」は副詞です。
  その理由を考えてみましょう。

 

という問題を中学生・高校生に考えさせたら、どういう答えが出てくるでしょうか。

いや、大学の日本語文法のゼミで考えると面白いかもしれません。教授も困るでしょう。

 

 17しっくり

   広1「この翻訳は-こない」2「夫婦の仲が-いかない」

   岩〘副[と]・ス自〙1「体に―なじむスーツ」「わざとらしくて―こない」
    2「親子の仲が―(と)行かない」

 18じっくり

   広「-と案を練る」「-煮込む」

   岩〘副[と]〙「―(と)案を練る」「―(と)耳を傾ける」「弱火で―(と)
    焼く」

 19しばしば

   広〔副〕「-訪れる」

   岩〘副・ノダ〙「いたずらをして―しかられた」「裏をかかれたことも―である」

 20すっかり

   広〔副〕4「-忘れていた」5「-きれいになったね」 

   岩 1〘副ダ〙「―忘れ(てい)た」「―秋らしくなった」「―満足する」
     「―仕上げた」「上げるものはこれで―だ」
    2〘副[と]ダ〙「―大きくなったね」「―見違えてしまった」

 21すっきり

   広1「-晴れ上がる」3「家具が-と収まる」「話の筋道が-している」「-した
    身なり」4「頭が-する」「-としたワイン」「どことなく-しない結末」

   岩〘副[と]・ス自〙「―(と)した服装」「頭が―する」「まだ病気が―しない」

 

「しっかり」「しばしば」「すっかり」は副詞です。「しっくり」「じっくり」「すっきり」は名詞。(岩波国語辞典ではすべて副詞です。)
付けられた用例を見るかぎり、用法に違いがあるとは思えません。

「しばしば」と「すっかり」には、岩波が示すように「~だ」の形の用法があります。

後者の3語は、(前者の3語と違って)

  「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと同じく、「と」「な」「に」「で」
  「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に立つことが少なくない。

というわけでもないし、

  文中で主語・目的語などの諸機能を果たす。

わけでもないでしょう。(この2つの引用に関しては前回の記事を参照してください。)

つくづく、広辞苑の副詞と名詞との境がわかりません。

 

 22ずっしり

   広「親の期待が-と重い」

   岩〘副[と]・ス自〙「―重い財布」「―(と)した文鎮」「責任が―(と)
    のしかかる」

 23たっぷり

   広〔副〕「持ち時間は-ある」「-楽しむ」「-二日はかかる」「-した上衣」
      「自信-」

   岩〘副[と]・ノダ・ス自〙1「筆に―(と)墨を含ませる」「色気―」。
    「―した服」2「通勤に―一時間はかかる」

 24たんまり

   広〔副〕「-せしめる」

   岩〘副[と]ダ〙「金を―もうける」「頂戴ちょうだい物は望外に―だった」

 25どっさり

   広〔副〕「お土産-」「仕事は-ある」

   岩〘副[と]〙1「金を―貯める」「仕事は―(と)ある」
          2「疲れた体を―(と)投げ出す」

 

「ずっしり」は名詞。
「たっぷり・たんまり・どっさり」はみな副詞です。こういう「量」に関するものは副詞とみなしやすいのでしょうか?

「たんまり」は「~だ」の用法があります。「たっぷりだ」も言えるでしょう。
「たっぷり」は「~な」の形もありますね。まさに「形容動詞語幹」(前回の記事参照)じゃないでしょうか。

  ・スープはたっぷりだし。
  ・栄養たっぷりなご飯。
  ・ユーモアたっぷりな人生訓。
  ・適度な筋とたっぷりな肉汁。
  ・しかも、自信たっぷりな口調で。
  ・余裕タップリで終わる重さです。
  ・食事はたっぷりで美味しかった。
  ・脂がタップリで濃厚な味わいです。
  ・結構な野菜たっぷりなカレーですね。 (NINJAL-LWP for TWCから)

どうしてこれが副詞で、「ずっしり」は名詞なのか。

 

 26とつぜん

   広「-の出来事」「-変心する」

   岩〘副ノ・ダナ〙「―立ち上がる」「―に死ぬ」「―で驚くだろうが」

 

「とつぜん」は当然副詞だと思っていたので、ちょっと驚きでした。擬声語・擬態語ではないし。

岩波は「ダナ」で形容動詞の用法を認めています。

 

 27ぴくり

   広「眉を-と動かす」「冷静で-とも動かない」 

   岩〘副[と]〙「―と眉を上げる」「重い扉は―とも動かない」

 28びっくり

   広「地震に-する」「-するほど広い」

   岩〘名・ス自〙「いきなり来たので―した」「―仰天する」

 29びっしり

   広「予定が-だ」「-詰める」「三カ月-かかる」 (第五版では〔副〕)

   岩〘副[と]〙「行事が―(と)詰まっている」

 

「ぴくり」「びっくり」は名詞。岩波は「びっくり」を副詞としません。

「びっしり」は第五版では副詞でした。第七版では名詞とされます。どうして判定が変わったのか。
「びっしりだ」という用法を考慮したのでしょうか。

 

 30べたべた

   広1「飴で手が-する」「コンロが油煙で-になる」2「ポスターを-貼る」

    3「絵の具を-と塗りたくる」「若い男女が人前で-する」4「-した濃厚な作風」

   岩1〘ダノナ・副[と]・ス自〙「コンロのまわりが―だ」
    2〘ダノナ・副[と]・ス自〙「―(と)甘える」「―した人間関係」
    3〘副[と]〙「おしろいを―(と)塗りたくる」

 

「べたべた」は名詞扱いです。いかにも擬態語という感じの語です。

岩波は、形容動詞・副詞・サ変自動詞と細かく品詞を考えています。それだけ用法がいろいろあるからです。これを単純に「名詞と同等に扱う」と言って済ませるような「国語辞典」でいいものでしょうか。

 

 31ぼんやり

   広1「遠景が-かすむ」「-と曇った空」2「昔のことを-思い出す」
    「-してぶつかる」3「庭で-している」4「この子は-だから心配だ」
    「-していて眼鏡を忘れる」

 32まるっきり

   広〔副〕「-知らない人」「-違う」

 33みっちり

   広〔副〕1「梅が枝に-と花をつける」2「芸を-仕込む」「-小言を言う」

 34ゆっくり

   広1「-と歩く」「朝ごはんを-食べる」2「五人は-座れる」「昼まで-して
     から出かける」「どうぞ、ご-」

 

「ぼんやり」「ゆっくり」も名詞扱い。状態副詞の代表みたいな語だと思うのですが。
どちらも「~だ」の用法があるからでしょうか。
                            
  ・昼からはゆっくりだ。
  ・ゆっくりでいいよね。  (NINJAL-LWP for TWCから)  

 

で、なぜか「まるっきり」と「みっちり」は副詞とみなします。「まるっきり」は否定と呼応するからでしょうか。「みっちり」が(名詞とされる同じような多くの語と違って)なぜ副詞とされるのか、皆目見当が付きません。(岩波ではこの4語はすべて副詞です。当然。)

 

最後に、「~に」の付くものを3語。

 

 35ぜったいに

   広〔副〕  用例なし

   ぜったい(名)2<副詞的に>決して。「-そうじゃない」「-に許すな」 岩波

 

広辞苑は「絶対に」を副詞とします。
岩波は、「絶対」を名詞とし、そのままの形で、あるいは「~に」を付けた形で<副詞的に>使うとします。岩波には、「絶対に」という項目はありません。

広辞苑は「絶対」の用例としても「絶対に」の形が出されています。(語釈も引用します。)

 

   絶対 決して。断じて。どんなことがあっても必ず。「-間違いはない」
      「-に許さない」  

   絶対に〔副〕どういう場合にも。断じて。決して。 (用例なし)  広辞苑

 

さて、いよいよわからなくなりました。

まず、「絶対」という名詞自体が「絶対間違いはない」と副詞的に使われ、また、「絶対(名詞)+に(格助詞?)」という形があって連用修飾する(つまり副詞と同様に使われる)。用例は「絶対に許さない」。
さらに、「絶対に」という一語の副詞が追込項目としてあります。(用例はついていません)

ということで、「絶対に」という形式に二重の分析があります。意味用法は同じようです。
この記述はどういう理論的根拠によるのか。(難しくて、ついていけません。)

 

似たような形の「本当に」はどうなっているでしょうか。

 

 36ほんとうに

   広 「-有難う」「今日は-暑い」

   ほんとう 「―を言うと」「―の力」「―に困った」  岩波

 

広辞苑では「本当」という名詞があり、その追込項目として「本当に」という項目が別にあります。こちらは何の品詞表示もなく、おそらく「連語」という扱いでしょう。

岩波は「本当」という名詞の用例に「本当に」の形があるだけです。

 

   本当 1「-の気持を言う」2「彼が謝ってくるのが-だ」「-なら、とっくに
      死んでいるはずだ」      広辞苑

 

広辞苑の「本当」の項目には「本当に」という形を使った用例はありません。「本当に」という形は、「本当」という名詞の持つ意味とは違った意味になる、という判断なのでしょうか。

この処理のしかたは、それなりにわかるのですが、上の「絶対(に)」と「絶対に」の関係はどうにも理解ができません。

 

「めったに」ではどうか。

 

 37めったに

   広〔副〕「-見られない代物」

 

これは一語の副詞扱いです。「めった」は名詞で「~な」の例がありますが、「~に」の例はありません。

 

  めった 「-な口はきけない」  広辞苑

 

岩波は「めった」の用例に「めったに」の形もあげています。

 

  めった 「-なことは言えない」「そんなことを-に言おうものなら」 
      「-には無い偶然のめぐり合わせ」      岩波

 

「めったに」を副詞として別に考えるかどうか、意見が分かれています。
以上の3語からもわかるように、「~に」という形の副詞はいろいろ複雑な問題があるようです。(もっと多くの「~に」の形の副詞を集めて考えてみたいのですが、ちょっと疲れてきました。)

 

以上、広辞苑で「副詞」とされるものとそうでないもの(「名詞」扱い)の区別がまったくわからないということを、具体的にそれぞれの語の用法を検討しながら(かなりしつこく)述べてきました。

同じ出版社から出されている岩波国語辞典では、以上のほとんどの語が「副詞」とされています。他の国語辞典も、岩波と同じだと思われます。

広辞苑が独自の説を主張することはまったく問題ありませんが、その根拠が明らかなものであってほしいと思います。

 

最後に全体の結果をまとめておきましょう。

◇「練習問題」解答
 名詞扱い
  あかあか あっさり がたがた がっちり きっちり こつこつ こっそり
  しっくり じっくり すっきり ずっしり とつぜん 
  ぴくり びっくり べたべた ぼんやり ゆっくり
  ほんとうに(連語)
 
 副詞  ( )つきは五版・六版のみ「副詞」のもの
  あまり ありあり (がっぽり がっぷり) ぎっしり ぎっちり ごっそり 
  さっぱり しっかり しばしば すっかり たっぷり たんまり どっさり
  (びっしり) まるっきり みっちり  ぜったいに めったに

 

なお、この「副詞」とされるものの中に、

  天沼寧編『擬音語・擬態語辞典』東京堂出版1974

  飛田良文・浅田秀子著『現代擬音語擬態語用法辞典』東京堂出版2002

の新旧2冊の辞典が「擬態語」と認めるものが多くあります。それは、

  ・ぎっしり  ごっそり  さっぱり  しっかり
   すっかり  たっぷり  たんまり  どっさり  みっちり

  ・がっぽり  がっぷり  びっしり (広辞苑第五版では副詞)

  ・ぎっちり(天沼のみ) 

です。広辞苑付録の「日本語文法概説」が「擬声語・擬態語は、(略)名詞の一類とするべきである。」としていても、辞書本文がそれを裏切っています。

いったい、広辞苑の編集というのはどうなっているのでしょうか。

 

広辞苑の副詞(2)

前回の続きです。

前回の最後に「練習問題」(?)として、広辞苑が副詞と認めるのはどれか、などという変なクイズを出しました。今回はその「解答編」です。

 

まずは、広辞苑の副詞と名詞に関する「文法概説」を。しつこく繰り返し引用します。
第五版(第六版もほぼ同じ)と第七版では大幅に書き換えられているのですが、趣旨は同じです。

 

   日本語においては用言(動詞・形容詞・形容動詞)を修飾する働きのある語を
  副詞という。副詞は修飾する機能のある語であり、文中に使用する際に、名詞と
  同様に特別の語形変化をすることはない。従って、「昨日」「一個」のような語は、
  名詞・副詞両用の機能があり、名詞としての語が副詞のように使われたと考える
  ことができる。それに対して、「ただちに」「まず」「もし」「やや」「ほぼ」
  「すっかり」「全然」「もちろん」などのような語は、用言および他の副詞に
  副(そ)う以外の用法がないところから、これを本来の副詞と考えることができる。
  本書では、原則としてこれらの語のみを副詞として取り扱った。
                広辞苑第五版「日本文法概説」「副詞」p.2892

   「ちゅうちゅう」「ざわざわ」「ぴしゃぴしゃ」「こっそり」「ちゃっかり」
  「がたがた」「どろどろ」などの擬声語・擬態語は、動物の鳴き声、物の音、事
  態、感覚などを、人間の音韻によって擬する語である。これらは副詞としても
  用いられるが、「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと同じく、「と」「な」
  「に」「で」「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に立つことが少なくない。
  従って、それらの語と同じ扱いが妥当であり、名詞の一類とするべきである。
  また、日本語の名詞のうち、属性概念を示す語や、時・程度を示す語は、その
  まま副詞として用いられるから、意味上、当然名詞と副詞とに両用される語に
  ついては、名詞・副詞と併記することを原則として省いた。
               「日本文法概説」(第五版)「名詞」 p.2889

   名詞は、「何が」「何を」「何である」などの「何」を表す語であり、「どう
  する」「どうなる」「どうである」を示す、動詞・形容詞・形容動詞とともに、
  文の中の中心的な内容を示す語である。
                              「日本文法概説」(第五版)「名詞」p.2889-2890

   名詞は物や事に命名したもので、自立語で、活用しない。「山」「石」「川」
  「上」「下」「遊び「悲しみ」などである。単独で、あるいは助詞の助けを
  借りて、文中で主語・目的語などの諸機能を果たす。
                    「日本文法概説」(第七版)「名詞」p.196

 

一つ目の引用は、「用言および他の副詞に副(そ)う以外の用法がないところから、これを本来の副詞と」考え、「原則としてこれらの語のみを副詞として」扱うとしています。
副詞以外の用法を持っていると、副詞とは認められないんですね。なんと狭量な!

二つ目の引用は、「擬声語・擬態語」は「名詞の一類とするべきである」とします。その根拠は、

  「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと同じく、「と」「な」「に」
  「で」「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に立つことが少なくない。

というのですが、そもそも(「突然」を除いて)「「堂々」「断乎」「泰然」など」は(「と」を除いて)「「な」「に」「で」「だ」などが」付かず、「形容動詞の語幹の位置に立つこと」はないのでは?(これは前々回の記事で議論しました。)

そして、擬声語・擬態語も「形容動詞の語幹の位置に立つこと」は少ないのです。(ただし、形容動詞の用法を持つ擬態語もあります。)
 
三つ目と四つ目の引用は、名詞についてのもので、「名詞は、「何が」「何を」「何である」などの「何」を表す語で」、「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」とします。これは、まったく妥当な考え方だと思います。(しかし、以下で見るように、この定義は名詞の認定で無視されます。)

 

さて、以上のことを確認して、前回の「練習問題」を考えます。最初から順に見ていきます。

 

  1あかあか  2あっさり  3あまり   4ありあり

  5がたがた  6がっちり  7がっぷり  8がっぽり

  9ぎっしり  10きっちり  11ぎっちり  12こつこつ   

  13こっそり  14ごっそり  

 

それぞれの語がどのように使われるのかを見るために、広辞苑の項目からその用例を引用します。参考として、岩波国語辞典からも少し。(語釈は省略します。議論に関係しない他の用法なども。)

 

 1あかあか

   広辞苑 赤赤「-とした柿の実」
       明明「-とした窓の灯」  (別項目)

   岩波  赤赤〘副[と]〙「夕日が-とさす」「-とした頬」
       明明〘副[と]〙「電灯が-とともる」  (別項目)

 2あっさり

   広 1「-した味」「性格が-している」2「-と負ける」「-と許してくれた」

   岩 〘副[と]・ス自〙「-(と)した味」「-(と)引き下がる」

 

上で見た「副詞」と「名詞」の定義から考えて、これらは副詞か名詞か。

「あかあか」は文句なく副詞に見えますし、「あっさり」はふつうに言えば岩波のように「副詞/サ変自動詞」でしょう。

広辞苑はどちらも名詞とします。しかし、「あかあか」「あっさり」は「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」でしょうか?

上の引用にある名詞の定義は、擬声語・擬態語を「名詞の一類」と考えることと矛盾します。(はっきり言えば、擬声語・擬態語を「名詞の一類」と考えるのが無茶なのですが。)

 

 3あまり

   広 2(副詞的にも使う)「-ひどいのであきれた」「-たべると腹をこわす」
     3(下に打消を伴って)「-よくは知らない」

 

「あまり」は基本的には名詞で、「副詞的にも使う」とされます。

上の副詞に関する引用の中で、

  また、日本語の名詞のうち、属性概念を示す語や、時・程度を示す語は、その
  まま副詞として用いられるから、意味上、当然名詞と副詞とに両用される語に
  ついては、名詞・副詞と併記することを原則として省いた。

とあったのですが、「あまり」の場合は名詞と「副詞的」な用法とでは意味が違うので、特に注記しているのでしょう。「当然名詞と副詞とに両用され」ているわけではありませんから。

ただし、3の打ち消しを伴う用法は「副詞的」とはされていません。名詞としての用法?

 

岩波国語辞典の「あまり」は、用法によっていろいろ品詞を分けます。

 

 あまり

  1〘名〙ア「布を切った-で別の物を作る」
      イ<接尾語的に>「三十(歳)-の人」
      ウ『-(が)ある』「察するに-ある」
  2ア〘名〙<連体修飾Aを受け、次に述べるBに対し時には副詞的に>
      「うれしさの-躍りあがる」
   イ〘ダナノ・副〙「-暑いので上着を脱いだ」「そんな非難は-だ」「-の
      美しさに打たれる」「-なことに驚く」 ▽「あんまり」とも言う。
   ウ〘副〙「-上手でない」    岩波

 

語の用法について詳しく考えていることがわかります。2のイに「あんまり」という語形が出ていますが、広辞苑はこれを別項目としています。

 

  あんまり

   広〔名・副〕(アマリの撥音化)浄「ほんに又-な」「-ひどいじゃないか」
     「-あわてると失敗するぞ」  (「浄」は用例の出典「浄瑠璃」の略)

 

驚いたことに、こちらは〔名・副〕で、はっきり副詞なんですね。「あまり」のほうでは(副詞的にも使う)というだけだったのに。この辺の扱いの違いはどういうことなのか。

また、「名詞・副詞と併記することを原則として省いた」はずなので、ここは例外なのでしょうか。

なお、広辞苑で〔名〕というのは、一般に言う「名詞」というより「形容動詞語幹(に当たるもの)」のつもりでしょう。しかし、「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」わけでないので、広辞苑自身の名詞の定義に反しますから、〔名〕とするのはやはり無理があります。

 

 4ありあり

   広〔副〕1「無念の思いを-と顔に浮かべた」3「亡き母の姿が-と見える」
      4「証拠は-と残っている」

   岩〘副[と]・ノダ〙「-と失望の色が見えた」「やる気がないのが-だ」

 

広辞苑はこれを副詞とします。「あかあか」とどう違うのかわかりません。岩波の用例のように「ありありだ」という形があり、より名詞(形容動詞)に近いのですが。

 

 5がたがた

   広1「風で戸が-揺れる」「葉を-いわせる」2「-震える」3「-文句を言うな」
    「今さら-しても始まらない」4「-の自動車」「組織が-になる」

 6がっちり

   広1「-スクラムを組む」2「肩幅のある-とした姿」3「-稼ぐ」

 

この2語は名詞扱いです。

岩波国語辞典の「がたがた」は、

 

  がたがた ①〘副[と]・ス自〙「風で雨戸が-揺れる」「悪寒で体が-する」
    ②〘名・ノダ〙「-のおんぼろ自動車」「組織が-になる」
    ③〘副[と]・ス自〙「そう-するな」

 

というもので、名詞と共通する用法があります。「がたがた の/だ/で/になる」など。それでかどうか、広辞苑では名詞扱いで、副詞の用法があっても「名詞・副詞と併記することを原則として省いた」となるのでしょう。

なお、岩波は名詞としていますが、この用法を形容動詞とする辞書も多くあります。擬態語の品詞認定はいろいろ難しいところがあります。

一方、「がっちり」は副詞でいいと思うんですけどねえ。(「文中で主語・目的語など…」)

 

 7がっぷり

   広「-四つに組む」「餌に-食いついて離さない」 (第五版では〔副〕)

 8がっぽり

   広「-かせぐ」「バーで-とられた」 (第五版では〔副〕)

 

これらも文句なしに副詞に見えます。

広辞苑の第五版・第六版は「がっぷり」「がっぽり」を副詞としていましたが、第七版で(副)の品詞表示がなくなりました。名詞扱いです。

第五版ではなぜ副詞と考えたか。そして、第七版で名詞に変えたのはなぜか。わかりません。
第五版では擬態語ではないと考えたのでしょうか。そして、第七版の改訂のとき、これは擬態語じゃないか、と気づいた?

用法に関して新しい発見があったわけではないでしょうから、なぜ品詞を変えたのかが謎です。

5から8までの語も、「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」ことはありません。つまり、名詞の定義に当てはまりません。

 

次は、似たような用法の語が名詞と副詞に分けられます。

 

 9ぎっしり

   広〔副〕「夜店が-並ぶ」「予定が-入っている」

   岩〘副[と]〙「―(と)並んだ書類」

 10きっちり

   広1「紐を-結ぶ」「-とした服」「-窓を閉める」
    2「-説明する」「日程が-決まる」3「-大さじ一杯」「午後七時-に着く」

 11ぎっちり

   広「ぎっしり」に同じ。 

 

広辞苑によれば「ぎっしり」「ぎっちり」は副詞です。(「ぎっちり」は「「ぎっしり」に同じ。」というのですから、つまり品詞も同じでしょう。)「きっちり」は名詞です。どうして?

「ぎっしり」には「に/で/だ」などが付いて使われる用法があります。こちらのほうが名詞(形容動詞)に近いのでは?

 

  ・テキストは書き込みでぎっしりになりました。 
  ・定員700名がほとんど、ぎっしりに埋まったころ。 
  ・いろんな知識がぎっしりでとても参考になります。 
  ・店長のイチ押しは「やんばる豚餃子」で、肉がぎっしりで食べ応え充分。 
  ・道はどこも車でぎっしりである。 
  ・植木がぎっしりなのです。      (NINJAL-LWP for TWCから)

 

広辞苑は、どういう根拠で「きっちり」を名詞扱いし、「ぎっしり」「ぎっちり」を副詞とするのか。

 

 12こつこつ

   広「戸を-たたく」「-と靴音が近づく」
    「-働く」「-と貯めた金」            (別項目)

   岩1〘副[と]〙「-(と)働く」2〘副[と]〙「-(と)ヒールの音が響く」

 13こっそり

   広「-と部屋を出る」

   岩〘副[と]〙「-(と)盗み出す」「-探る」

 14ごっそり

   広〔副〕「-土壁が落ちる」「税金を-取られる」「非常食を-買い込む」

   岩〘副[と]〙「商品が-盗まれた」

 

「こつこつ」「こっそり」は名詞で、「ごっそり」は副詞とされます。はあ、なぜでしょうか。

しつこくくり返しますが、「こつこつ」「こっそり」は「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」でしょうか。

なぜ「ごっそり」は副詞とされるのか。用例を見るかぎりでは、これまでの名詞扱いの語と変わらないように思うのですが。

 

一つ一つ細かく見てきたら、ずいぶん長くなってしまいました。この辺でちょっと休憩します。

 

広辞苑の副詞

前回は「擬声語・擬態語は名詞の一類とするべきである」という広辞苑の「日本文法概説」の説明がまるでわからないという話を書きました。(引用したのは第五版の「文法概説」ですが、その方針は第七版でも変わっていません。)

 

では、広辞苑の副詞とはどういうものなのか、「文法概説」(第七版)の「副詞」を見てみましょう。議論に関係しないところを省略しながら引用します。

 

   副詞は、用言(動詞・形容詞・形容動詞)を修飾する語で、活用しない。
  程度副詞・状態副詞・陳述副詞(呼応副詞)に分類するのが一般的である。
  「こう」「そう」などの指示語、「なぜ」「どうして」などの疑問詞も副詞に
  含めることができる。(略)

   状態副詞は動作の様態や出来事の状態を表す語で、「ときどき(休む)」
  「いつも(笑っている)」「そっと(撫でる)」などである。擬態語・擬音語
  もこれに属する。(略)

   副詞は、連用修飾をする語のうち、名詞・用言以外のものをまとめたため、
  その由来は多様であり、大多数の研究者が一致できるような分類は難しい。(略)

   擬態語・擬音語の副詞表現は、「~と」「~に」の両形をとる語(「がたがた」
  「ばたばた」など)もあれば、「~と」のみの語(「はっきり」「こわごわ」
  などもある。四音節以上であれば「にこにこ笑う」のように「と」が無くても
  かまわない。前述のタリ活用形容動詞の場合「堂々と行く」「粛然と襟を正す」
  のように原則として「と」は必要である。本書では擬態語・擬音語は形容動詞
  語幹と同様に扱うが、「ぎゅっと」「ぴんと」のようにかならず「~と」の形を
  とる語は、副詞に分類する。  広辞苑第七版 付録「日本文法概説」p.207-208

 

途中に、擬態語・擬音語は状態副詞に属するとあり、一般的な説と変わりません。

しかし、最後の一文で突然独自説になります。最後の「本書では擬態語・擬音語は形容動詞語幹と同様に扱う」というのは、つまりは「名詞として扱う」ことを意味します。そうする根拠は、前回見た、わけのわからぬ論理(?)のみです。(「状態副詞に属する」けれども「名詞」なのです!)

「~と」の形はさすがに名詞扱いできないので、副詞とします。すると、「ぎゅっと詰める」は副詞で、「ぎゅうぎゅう(と)詰める」は名詞となります。このあたり、私には論理がわかりません。

 

第七版の「副詞」は、ほぼ2ページ分あり、その解説の一部を上に引用しました。

第五版の「副詞」は、1ページ分しかなく、その半分は副詞の語例です。残りのわずかな解説部分から引用します。名詞と副詞の関係について述べています。(第七版にはこの説明はありません。)

 

   日本語においては用言(動詞・形容詞・形容動詞)を修飾する働きのある語を
  副詞という。副詞は修飾する機能のある語であり、文中に使用する際に、名詞と
  同様に特別の語形変化をすることはない。従って、「昨日」「一個」のような語は、
  名詞・副詞両用の機能があり、名詞としての語が副詞のように使われたと考える
  ことができる。それに対して、「ただちに」「まず」「もし」「やや」「ほぼ」
  「すっかり」「全然」「もちろん」などのような語は、用言および他の副詞に
  副(そ)う以外の用法がないところから、これを本来の副詞と考えることができる。
  本書では、原則としてこれらの語のみを副詞として取り扱った。

                 広辞苑第五版「日本文法概説」p.2892

 

「本来の副詞」という考え方が述べられています。そして、「これらの語のみを副詞として取り扱った」という明快な原則を立てます。他の用法を持つものは副詞としないのです。 

そうすれば副詞という品詞はすっきりするでしょうが、様々な用法を持った語が「名詞」とされ、名詞の中はごちゃごちゃになってしまいます。

 

そこのところを解説したのが、第五版の「名詞」の解説(前回の記事で引用しました)だったのですが、第七版でその部分はすべて削除されてしまいました。(さすがに、論理が通っていないと判断されたのでしょうか?)

しかし、語の分類そのものはそのままです。名詞の中には、「形容動詞の語幹」も、「擬態語・擬音語」も含まれています。

 

ただ、幸いなことに、名詞は品詞の表示をしないので、辞書本文はすっきりしています。

 

  名詞および連語には、原則として品詞の表示を省略した。
                        広辞苑 凡例「品詞の表示」

 

例えば「きゅうきゅう」は、広辞苑と岩波国語辞典では次のような品詞表示になります。

 

  きゅうきゅう (品詞の表示なし)  広辞苑

  きゅうきゅう 〔副[と]・ノダ・ス自〕   岩波

 

広辞苑は品詞表示がなく、すぐに語釈が続きます。用例が一つありますが、用例のついていない用法は、どういう形になるのかわかりません。品詞表示がないということは、文法に関する情報がないということです。

岩波は、ごちゃごちゃした品詞表示ですが、その分、得られる情報量が多いのです。副詞であり、岩波独自の「ノダ」という語類であり、「する」がついて自動詞となることが示されています。(ただ、岩波は用例がなく、実際にどう使われるのかがわからないのが大きな欠点です。)


さて、以上が広辞苑の副詞についての基本的な方針です。で、実際にどういう語が副詞とされているのか、副詞とされそうな語をいくつか見ていくと、副詞とするものと「名詞扱い」の語との区別がどうもわかりません。

「え? これは副詞で、これは違うの?」と思うことが何度もありました。

 

その辺の難しさを実感するために、ちょっと趣向を変えて、「練習問題」の形で考えてみましょう。(突然、練習問題のあるブログというのも面白いんじゃないか。)

 

◇練習問題

次の37語の中で、広辞苑で副詞(の用法がある)とされる語はどれか。
版によって扱いが変わった語もあります。   (ヒント:半数近くあります)

 

 1あかあか    2あっさり   3あまり      4ありあり

 5がたがた    6がっちり   7がっぷり    8がっぽり

 9ぎっしり    10きっちり   11ぎっちり   12こつこつ   

 13こっそり   14ごっそり   15さっぱり   16しっかり

 17しっくり   18じっくり   19しばしば   20すっかり   

 21すっきり   22ずっしり   23たっぷり   24たんまり   

 25どっさり   26とつぜん   27ぴくり    28びっくり   

 29びっしり   30べたべた   31ぼんやり   32まるっきり

 33みっちり   34ゆっくり

 35ぜったいに  36ほんとうに  37めったに (この3語はフロクです。)


いやあ、このブログは何なんだ……

 

(22.9.13  動詞を一部差し替えました。)

 

広辞苑の名詞:擬声語・擬態語

前回は、「外来語はすべて名詞扱い」という広辞苑の考え方について書きました。

今回は、名詞の中に多くの副詞が押し込められているのではないかという話です。その中心は擬態語の類です。(一般には「擬音語・擬態語」と言うことが多いのですが、広辞苑第五版は「擬声語・擬態語」と言っています。)

広辞苑第五版の「日本文法概説」の「名詞」のところに、前回の外来語の話から前々回までの形容動詞の話、そして擬声語・擬態語の話が続いて説明されています。そこのところを、少し長くなりますが続けて引用します。(この部分は、第七版ではすべて削除されています。)

 

   本書の見出しには多数の外来語を取り入れたが、名詞として扱った。それらの
  単語は、原語における品詞が何であれ、日本語としては文法的にはすべて名詞と
  同等に使われるからである。例えば、「ヒット」「ゴチック」「ロマネスク」「ア
  ベック」など。

   また、「哀れ」「親切」「奇麗」「静か」「すこやか」「突然」「堂々」「断
  乎」「泰然」などの語は、名詞とするか形容動詞とするか、現代の学界で議論の
  ある語である。これらの語は、意味の面では状態を表し、「なり」「たり」「だ」
  などが付いて形容動詞の語幹の位置に立つことから、形容動詞とされることが
  多い。しかし、本書では、これらの語が語幹だけで独立した意味を表し、「物の
  哀れは秋こそまされ」「彼女の親切が彼を依頼心の強い人とした」のように、他の
  名詞と共通する働きをすることがあることなどから、名詞として扱うことにした
  (後述「形容動詞」を参照)。 

   「ちゅうちゅう」「ざわざわ」「ぴしゃぴしゃ」「こっそり」「ちゃっかり」
  「がたがた」「どろどろ」などの擬声語・擬態語は、動物の鳴き声、物の音、事
  態、感覚などを、人間の音韻によって擬する語である。これらは副詞としても
  用いられるが、「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと同じく、「と」「な」
  「に」「で」「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に立つことが少なくない。
  従って、それらの語と同じ扱いが妥当であり、名詞の一類とするべきである。
  また、日本語の名詞のうち、属性概念を示す語や、時・程度を示す語は、その
  まま副詞として用いられるから、意味上、当然名詞と副詞とに両用される語に
  ついては、名詞・副詞と併記することを原則として省いた。
               広辞苑第五版 p.2889(六版付録p.195もほぼ同じ)

 

これらの処置によって、広辞苑の「名詞」の範囲は他の多くの国語辞典と大きく違ってきます。

今回はこの第三段落の内容について考えます。

 

まず初めに「擬声語・擬態語」の例があげられ、その説明があります。品詞分類に関わるのは、

 

  これらは副詞としても用いられるが、「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと
  同じく、「と」「な」「に」「で」「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に
  立つことが少なくない。従って、それらの語と同じ扱いが妥当であり、名詞の
  一類とするべきである。

 

というところですが、この内容は私にはまったく理解できません。

まず、「突然」から「泰然」までの四語は、上の引用の第二段落、「また」から始まる段落で「哀れ」~「すこやか」といういわゆる「形容動詞」の例に続く四語と同じですね。

しかし、「突然」と他の三語は文法的性質が違います。後の三語は「~な」で連体修飾する、一般に「形容動詞」というと頭に浮かぶものとは別の、もう一種の「形容動詞」です。

明鏡国語辞典で「堂々」を引くと、

 

  堂堂(形動 ト タル)  明鏡

 

という品詞表示になります。「~と/~たる」という連用修飾・連体修飾の形を持つ「形容動詞」です。

新明解国語辞典だと、

 

  堂堂 -たる-と〔副詞としても用いられる〕   新明解

 

ですね。新明解では、「形容動詞」は基本的に名詞だという品詞認定になるのでしょう。

ついでに岩波国語辞典も。

 

  堂堂 〘副ノ・ト タル〙  岩波

 

岩波は、「堂々の」という形で連体修飾をすることを付け加えています。

岩波の「語類解説」「形容動詞」の最後に、次のような解説があります。

 

  以上の通りこの辞典では、形容動詞かと思われる場合には、かなり細かい検討を
  した。そこで〔名ノナ〕〔ダナ〕〔ダ ナノ〕のような注記の区別が生じたわけ
  である。なお文語では形容動詞である「堂々たり」の類は、口語では「堂々と」
  「堂々たる」の形でしか使わない。これらは〔ト タル〕と注記した。「切に」
  「切なる」や「単に」「単なる」の「切」「単」なども、品詞論的には同類である。
               岩波第八版「語類解説」「形容動詞」

 

「断乎」「泰然」も、「堂々」と同じ類です。

 

もう一つの例語、「突然」を岩波で見ると、

 

  突然〘副ノ・ダナ〙物事が不意に起こるさま。だしぬけ。「―立ち上がる」
    「―に死ぬ」「―で驚くだろうが」  岩波

 

明鏡・新明解では単に(副)ですが、岩波によると副詞であり、「ダナ(形容動詞)」であり、「~の」の形で連体修飾をします。(「ト・タル」ではありません。)

 

さて、広辞苑の解説に戻ります。引用の一部を再掲します。

 

  これらは副詞としても用いられるが、「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと
  同じく、「と」「な」「に」「で」「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に
  立つことが少なくない。

 

「ダナ」型の形容動詞でもある「突然」はともかく、「ト・タル」型である他の語は「「と」「な」「に」「で」「だ」」などがつくでしょうか?

 

  堂々と 堂々な 堂々に 堂々で 堂々だ
  断乎と 断乎な 断乎に 断乎で 断乎だ
  泰然と 泰然な 泰然に 泰然で 泰然だ

 

かなり無理があります。というか、「と」以外はほとんどつかないでしょう。

少し上の引用、岩波「語類解説」の「形容動詞」に

 

  口語では「堂々と」「堂々たる」の形でしか使わない。

 

と書いてあった通りです。

 

では、肝心の

 

  「ちゅうちゅう」「ざわざわ」「ぴしゃぴしゃ」「こっそり」「ちゃっかり」
  「がたがた」「どろどろ」などの擬声語・擬態語は

 

どうでしょうか。「~と」は除きます。(擬声語・擬態語は「~と」がついて副詞として働く、というのが基本的用法の一つです。)

 

  ちゅうちゅうな ちゅうちゅうに ちゅうちゅうで ちゅうちゅうだ
  ざわざわな ざわざわに ざわざわで ざわざわだ
  ぴしゃぴしゃな ぴしゃぴしゃに ぴしゃぴしゃで ぴしゃぴしゃだ
  こっそりな こっそりに こっそりで こっそりだ
  ちゃっかりな ちゃっかりに ちゃっかりで ちゃっかりだ

 

これらの語は「形容動詞の語幹の位置に立つことが少なくない」でしょうか。

私には、これらの形のほとんどが自然な日本語とは思えません。

 

何か、私がとんでもない読み違え、誤解をしているのでしょうか。
広辞苑の「文法概説」に書いてあることが、まったく理解できません。

従って、上の引用に続く結論の、

 

  (~立つことが少なくない。)従って、それらの語と同じ扱いが妥当であり、
  名詞の一類とするべきである。

 

とはまったく思いません。念のため、内容を補っておきます。

 

  それらの語(「堂々」など)と同じ扱い(「名詞として扱う」)が妥当であり、
  (「ちゅうちゅう」などは)名詞の一類である。

 

こういう結論がどうして出てくるのでしょうか。

もちろん、広辞苑の「日本文法概説」を書くような人は、私などよりもはるかに文法に詳しい、学識豊かな研究者だろうと思いますから、以上書いたことはすべて私のカン違い、考え違いである可能性は否定できませんが、それにしても、と思うのです。

 

広辞苑の名詞:外来語

:前回までは広辞苑の「形容動詞」の扱いを見てきました。広辞苑はいわゆる「形容動詞」を認めず、それらを名詞とします。「形容性の名詞」です。

では、それ以外にはどんな名詞があるのか。広辞苑の「名詞」は、他の一般の国語辞典に比べて、範囲が広いようです。

 

広辞苑第五版の「日本文法概説」の「名詞」には、名詞とされるいろいろな語についての説明がありましたが、その部分は第七版では削られてしまいました。(第五版・第七版の「文法概説」の筆者が誰なのかはわかりません。大いに知りたいところですが。)

それらの一つ、外来語の問題を。

 

   本書の見出しには多数の外来語を取り入れたが、名詞として扱った。それらの
  単語は、原語における品詞が何であれ、日本語としては文法的にはすべて名詞と
  同等に使われるからである。例えば、「ヒット」「ゴチック」「ロマネスク」「アベ
  ック」など。    広辞苑第五版 p.2889

 

「(外来語は)文法的にはすべて名詞と同等に使われる」とはっきり言い切っていますが、それは充分な根拠に基づくものなのでしょうか。

確かに、動詞の類は動作名詞として「~する」をつければいいので、名詞として扱えます。「カットする・ストップする・ヒットする」など。これは、原語が動詞でないものもあります。「アップする・ダウンする」など。

(「ストップする」を一語の動詞と見るか、「名詞+動詞」と考えるかは説によります。「ストップ」や「アップ」を名詞として扱うことは不当なことではないでしょう。)

 

「キュート・クリーン・シンプル・モダン」など、英語で形容詞である多くの語を日本語で「形容動詞」として取り入れるのは、外来語の品詞の取り入れ方としてなかなかうまいやり方だと思うのですが、広辞苑はそれらを名詞とします。

形容動詞を「名詞と同等に扱う」と「文法概説」で宣言したため、「文法的にはすべて名詞と同等に使われる」ことになっただけの話です。これは、いわば「そう決めたから、そうなった」のです。

 

しかし、外来語にはこれら以外の品詞のものもあり、それらを名詞とするには無理があります。「文法概説」の執筆者はそれらの語に気がつかなかったのでしょうか。

辞書本文の初めのページに「アー」で始まる外来語が並んでいます。

その中の「アーメン」。キリスト教の祈りのことばですが、これは名詞でしょうか。

また、「イ」を見ていくと「イエス」があります。キリスト教のイエス(人名)ではなく、「イエスかノーか」の「イエス」です。

 

  イエス 肯定・同意・承諾を表す語。はい。そうです。然り。「-とノーをはっきり
      させる」  

  ノー 否定・拒否を表す語。いや。いいえ。否。「-がなかなか言えない」 広辞苑

 

品詞の記号がないということは、名詞と考えているということです。日本語の「はい」「いいえ」は広辞苑でも感動詞です。

 

  感動詞 品詞の一つ。感動や応答・呼掛けを表す語。(略)「ああ」(感動)、
     「はい」「いいえ」「おい」(応答・呼掛け)の類。感嘆詞、間投詞、
     嘆詞。    広辞苑

 

「イエス」と「ノー」の用例は名詞としての用法をうまくとらえていますが、名詞と言えない使い方があることは言うまでもありません。「彼ははっきり「ノー」と言った」の「ノー」は名詞ではありません。

同じ出版社が出している「岩波国語辞典」は「アーメン」「イエス」「ノー」のどれも感動詞としています。

 

「オーケー」「オーライ」はどうでしょうか。

 

  オーケー 感動詞として、「合点だ」「よろしい」などの意。また、承知すること。
    「-を出す」「しぶしぶ-する」

  オーライ(感動詞として)「よろしい」「承知した」の意。オーケー。「バック、-」
                             広辞苑

 

「オーケー」の「承知すること」は名詞の用法です。用例はその例になっています。

しかし、「オーライ」の例のように「感動詞として」使われた場合は、「感動詞」なのでは?

品詞表示がないのは、名詞と見なしていることになりますが、それでいいのでしょうか。

 

日常の「あいさつ語」の類はどう考えるのでしょうか。

 

  バイバイ (親しい間での挨拶語)さよなら。  

  ハロー (呼びかけや挨拶の語)もしもし。やあ。こんにちは。

  グッドモーニング (午前の挨拶語)おはよう。    

  サンキュー (「あなたに謝する」の意)ありがとう。    広辞苑
   
みな名詞扱いのようです。(「ハロー」や「グッドモーニング」は「日本語として」言うのかどうか疑問に思いますが…。)

 

これらに対応する日本語の表現を見てみたら、そもそも広辞苑の「感動詞」の範囲がわからなくなりました。

 

  さよなら(感)「さようなら」に同じ。 

  おはよう(感)朝の挨拶のことば。「-ございます」    広辞苑 

 

これらは他の辞書と同じように「感動詞」としているのですが、 

 

  こんにちは (「今日は…」と言う挨拶語の下略)昼間の訪問または対面の時に
    言う挨拶語。 

  こんばんは (「今晩は…」と言う挨拶語の下略)夜間の訪問または対面の時に
    言う挨拶語。 

  ありがとう(アリガタクの音便。下の「ございます」「存じます」の略された形)
    感謝の意をあらわす挨拶語。             広辞苑

 

「こんにちは・こんばんは」と「ありがとう」には(感)がありませんでした。つまり、名詞と見なしているのでしょうか。「おはよう」は感動詞だが「こんにちは」はそうでない?

「こんにちは・こんばんは」は「今日・今晩+は」だから、「連語」で、「語」ではないから品詞は考えなくていい、というようなことでしょうか。

岩波国語辞典も「こんにちは・こんばんは」は「連語」としています。

でも、「ありがとう」はどうなのか。「挨拶語」というのはつまり「語」ではないのか…。

「あいさつ語」の類は、ふつうの「語」とは違うのだから、そもそも「品詞」は考えなくてよい、というのは一つの考え方だと思います。しかし、ある「挨拶語」は名詞で、別の「挨拶語」は連語だから品詞は考えない、というのはどうもうまくないように思います。

 

さて、広辞苑の「外来語はすべて名詞扱い」というのは適切な処置と言えるでしょうか。

 

広辞苑と形容動詞(3)

前回の続きです。

広辞苑の「日本文法概説」は、第六版ではp.194-205だったのが、第七版ではp.196-215となり、大幅に増補されました。特に動詞・助動詞あたりが詳しくなったようです。

形容動詞の解説も大きく書き換えられました。

「形容動詞否定論」という小見出しが新しくたてられたのが特に目を引きます。

第五版・六版と違っているところを少し長く引用します。(「名詞」のところにあった形容動詞への言及はなくなりました。)

 

 広辞苑第七版「日本文法概説」の「形容動詞」から

   形容動詞は状態を移す語であり、意味においては形容詞に似る一方、活用形式
  は動詞に似るので形容動詞と呼ばれる。「おろかだ」「にぎやかだ」のような和語
  を語幹とするものは、ク活用形容詞に似て、感情を直接表現することは少ない。
  漢語や外来語を語幹とする場合は、その意味に応じて「安心だ」「悲惨だ」「ナー
  バスだ」など心の状態を表すこともできる。(略)
   非母語話者に対する日本語教育の場では、それぞれの連体形の語尾をとり、
  形容詞を「イ形容詞」、形容動詞を「ナ形容詞」と説明することも普通に行われ
  ている。
   「アダルト向けの内容」というところを「アダルトな内容」と言えば、「アダ
  ルト」が「内容」を直接形容して表現が緊密な感じになる。「アダルトな」という
  表現はまだ耳慣れないが、新しい形容動詞はすぐに違和感が薄れる。「直接な関係」
  「真ん中な位置」「美人な人」「悪循環な環境」などという表現も使用され始めて
  いる。物事の形容表現について、形容詞の新語はごくまれで、新しくできる形容的
  な語はほぼすべて形容動詞である。形容動詞は、非常に生産力の高い品詞である。
 
  形容動詞否定論
   形容動詞の語尾は、由来としては断定の助動詞(「だ」)と同じものである。
  この語尾(助動詞)は、「川だ」のように普通の名詞類にも接続する。
   もともと形容動詞を品詞として認める根拠は、「おろか」は独立してもちいら
  れることがまれで、ほぼ常に「おろかに」として用いられていたので、これを
  一語とみなすこところにある。「おろかに」が一語ならば、「おろかな」「おろ
  かだ」も一語でなければならないのである。もし、「おろか」と「に」に分け
  られると解釈するならば、「おろか」は形容性の名詞となり、形容動詞を認める
  必要がなくなる。
   「親切」は状態を写すことができる漢語名詞なので「親切に」という連用修飾
  の表現や「親切な」という連体修飾の表現が可能だが、「川」は完全な名詞である
  ので「川に」は場所を表し、「川な」という形容表現は作れない。「あの男は狼だ」
  と表現できるのは比喩としてその意味を利用しているからであって、「狼な」とは
  言えず、「狼」自体に形容的意味があるのではない。このように形容動詞か「名詞
  +だ」かを判断するときには、「~な」という連体修飾が可能かどうかを基準にする。
  また、副詞が修飾できるかどうかも重要な基準である。「とても親切」は可能である
  が「とても川」は成り立たない。古代から一群の形容性名詞(形容動詞語幹)が
  存在しており、形容詞の語幹に「やか」「らか」のような接尾辞(語尾)をつけて
  形容性名詞が派生するが、これも通常の名詞にはない性格である。以上述べた形容
  動詞の特徴は、すべてを「名詞だ」と解釈する立場では、「形容性名詞」と「通常
  名詞(一般名詞)」の違いであるとする。形容動詞を否定するならば、この一群の
  「形容性名詞」の居場所を確保する必要があるだろう。
   本書では、形容動詞語幹は、「ほがらか」「親切」として掲げ、名詞と同じように
  扱っている。            (広辞苑第七版「付録」p.205-206)

 

いろいろ細かく書かれていていいのですが、どうも説明の流れがわかりにくいように思います。(オ前ガ言ウカ!)

 

まずは次のことがきちんと書かれているのは非常によかったと思います。

 

  このように形容動詞か「名詞+だ」かを判断するときには、「~な」という連体
  修飾が可能かどうかを基準にする。

 

では、「形容動詞否定論」の主張はどうなったのか。

 

  もし、「おろか」と「に」に分けられると解釈するならば、「おろか」は形容性
  の名詞となり、形容動詞を認める必要がなくなる。

 

「おろか」の一語を例にしてすべてを判断するのは無理でしょう。すべての(少なくとも大多数の)形容動詞について、同じことが言えるのかどうか。

また、「おろか」を「形容性の名詞」とするならば、「名詞とは何か」という議論がもっと必要になります。

その後の、

 

  以上述べた形容動詞の特徴は、すべてを「名詞だ」と解釈する立場では、「形容性
  名詞」と「通常名詞(一般名詞)」の違いであるとする。形容動詞を否定するなら
  ば、この一群の「形容性名詞」の居場所を確保する必要があるだろう。

 

という部分は重要なことを述べています。

形容動詞を否定して名詞とするなら、その「名詞」の中で、「~な」の形をとるという特徴のある名詞を別にしなければなりません。それを、広辞苑はやっていません。決定的に重要なことなのですが。

 

この解説は、全体として「形容動詞否定論」に対して否定的な印象を受けるのですが、最後に、

 

   本書では、形容動詞語幹は、「ほがらか」「親切」として掲げ、名詞と同じ
   ように扱っている。 

 

と、とってつけたように形容動詞を否定する文を入れて終わっています。

広辞苑の「形容動詞は認めない」という方針は変えられないまま、その「文法概説」ではその方針に疑問を呈している格好です。(私には、そう見えます。)

 

さて、すぐ上で述べたように、形容動詞を否定するならそれらの語が「形容性名詞」であることを何らかの形で示さなければなりません。そうしないと、形容動詞を認める説に対して、その語の用法に関する情報量で劣ってしまうからです。それにはどうしたらよいでしょうか。

一つは、「形容性名詞」であることを示す、例えば(形名)のような品詞指示をつけることです。しかし、それでは(形動)とするのと結局同じことになってしまいます。
もちろん、文法の中での位置づけが違ってくるので、文法全体の体系をどう考えるかという理論的な違いはありますが、国語辞典としてそうする意味があるかどうか。

もう一つは、「~な」の形があることをなんらかの形で示すことです。
それを実際にやったのが、新明解の「-な」という用法指示です。以前の記事で、新明解は形容動詞という品詞を認めない立場でありながら、「-な」の形の連体形を持つことを明示しているということを述べました。(2021-09-25 新明解と形容動詞:「-な-に」/「-な」)

それらのことをせず、「形容動詞語幹は、「ほがらか」「親切」として掲げ、名詞と同じように」扱うとするならば、「~な」の形で連体修飾をするということをどう示せばいいか。

「~な」の形の連体修飾をしている用例を必ずつければいいのです。

 

これは、今回調べてみて初めて知ったのですが、広辞苑は意外にこまめに「~な」の形の用例をあげています。

 

  親切 2人情のあついこと。親しくねんごろなこと。思いやりがあり、配慮の
    ゆきとどいていること。浮世風呂四「昨日は御-さまに娘をおさそひ下さ
    りまして」「-に教える」「-な人」

  健康(health) 身体に悪いところがなく心身がすこやかなこと。達者。丈夫。壮健。
    また、病気の有無に関する、体の状態。<薩摩辞書>。「-に注意する」
    「-に過ごす」「-な考え」                        広辞苑

 

「親切」では、「親切に教える」「親切な人」があり、連用形と連体形の例をそろえています。

「健康」では、「健康に注意する」は名詞用法、「健康に過ごす」は連用、「健康な考え」は(意味はちょっと違いますが)連体修飾の例で、きちんと各用法をそろえています。

ただ、次のような例もあります。

 

  元気 2活動のみなもとになる気力。「-を出す」「-がない」3健康で勢いの
    よいこと。「お-ですか」    広辞苑

 

「元気」の場合の「お元気ですか」という例では、名詞である「病気」の「御病気ですか」と同じ形になってしまい、名詞か形容動詞か(「~な」の用法があるかどうか)わかりません。その前の2のほうは名詞用法の例ですね。

 

以下、「~な」の用例だけを引用します。まったく、几帳面に用例をつけています。

 

  きらい 「-な食べ物」      きれい  「-な顔だち」「-な星空」
  好き  「-な人でも居るのか」  静か   「-な夜の街」
  穏やか 「-な日和」       さわやか 「-な朝」
  愚か  「争いなど-なことだ」  にぎやか 「-な通り」「-な人」
  幸せ  「-な気分」       幸福   「-な人生」
  不幸  「-な人生」       すこやか 「-な精神」
  モダン 「-な服装」       シンプル 「-なデザイン」  広辞苑から

 

他の辞書のような「形動」という品詞表示をしなくとも、こういう例をきちんとあげてあれば、使用者はそういう用法があることがわかります。

次の三語の用例は、現代語辞典である岩波国語辞典と比べてみても、よくやっているなと思わせます。
 
  不明  「-な点を問いただす」
  不明瞭 「-な発音」「-な印象」
  不明朗 「-な会計」         広辞苑から

 

岩波国語辞典はというと、

 

  不明 ①〘名ナノ〙明らかでないこと。はっきりとは分からないこと。
  不明瞭〘名ナノ〙はっきりしないこと。「発音が―だ」
  不明朗〘名ナノ〙何か隠し事やごまかしがありそうなさま。   岩波

 

用例のない項目・用法があります。岩波は用例の少ない辞書です。

 

私の調べた中では少なかったのですが、「~な」の用例がないものもありました。

 

  ひま 「-をもて余す」 (「~な」の例なし)
  不運 「身の-」    (「~な」の例なし)  広辞苑

 

この書き方だと、「ひま」「不運」は一般の名詞用法のみで、「形容性名詞」あるいは「形容動詞」の用法はない、と思われかねません。

もちろん、用例がないからと言ってその用法がないことにはなりませんが、辞典の使用者はその用法の有無について情報を得られません。

これは、国語辞典として大きな欠点となります。

他の辞典を見ると、明鏡が「~な」の用例をあげています。

 

  ひま 名 「忙しくて昼食をとる━もない」
     形動「━な人に仕事を手伝ってもらう」  

  不運 名・形動 運が悪いこと。悲運。「━な境遇」「━の身」「━に泣く」 明鏡

 

また、前々回の記事で引用した、形容動詞の例をあげた部分を再掲しますが、

 

   なお、形容動詞の語幹となる語には、次のような種類がある。
  (1)和語から成る。「静か」「穏やか」「朗らか」「悲しげ」など。
  (2)漢語から成る。「親切」「丁寧」「立派」「堂々」「滔々」など。
  (3)外来語から成る。「モダン」「ノーマル」「ファナティック」など。
                      (p.2892)広辞苑 第五版

 

(1)の中の「悲しげ」は項目自体がありませんでした。「~げ」の形は形容詞の派生語と考えるのでしょう。項目として立てない方針のようです。

(3)の「ノーマル」「ファナティック」には「~な」の例はありませんでした。外来語の形容動詞は見過ごされやすくなります。

 

結局のところ、他の辞書で形容動詞とされる語すべてに「~な」の用例をつけていくのは、かなり無理があります。何らかの品詞表示をするほうがいいでしょう。

 

広辞苑の品詞体系は、他にもおかしなところがあります。それについては別に書きたいと思っています。

 

さて、以上述べてきたように、連体修飾の「~の/な」の違いを明示しない国語辞典は、日本語教師、あるいは現代語の文法を研究する者からすれば、非常に大きな問題を抱えていると言わざるをえないのですが、一般の国語辞典使用者には「形容動詞」という品詞の有無・是非など大した問題ではなく、広辞苑は「権威ある辞書」とされており、その(小さな?)欠点は無視されてしまうのでしょう。

 

広辞苑と形容動詞(2)

前回の続きです。

前回は、広辞苑(第五版)の「文法概説」が形容動詞について説明している部分を紹介しましたが、どうも不明瞭な説明でした。

ここでいちばん問題なことは、「文法概説」の「形容動詞を認める立場」の紹介が、形容動詞と名詞の違いについてもっとも重要なこと、一般に第一にあげられることをなぜか述べていないということです。

それは、連体修飾の形、名詞を修飾するときの形の違いです。

前回紹介した「文法概説」で例として出されている「男性」と「親切」で言えば、「男性の母親」「親切な母親」の「の/な」の違いです。(「×男性な母親」「×親切の母親」とは言えません。)

日本語教育の立場から言うと、初級段階でこの名詞と形容動詞の区別をしっかり教えておかないと、いつ、「~な」の形で連体修飾するのかということがわかりません。

よく話題になる例をあげると、「病気の人」と「元気な/健康な 人」という対になる表現の「~の/な」の使い分けがあります。

その人の身体の状態を表すちょうど反対の概念なのですが、「病気」は「病気な人」とは普通言いません。「病気の人」と言います。
それに対して「元気・健康」は、名詞を修飾するには「~な」の形を使います。
そこで、「病気」は名詞とされ、「元気・健康(な)」は形容動詞とされます。

ここで注意すべきことは、「病気」は<名詞だから>「~の」の形で名詞を修飾する、と考えるのではない、ということです。<「~の」の形で名詞を修飾するから>名詞と見なす、のです。

(もちろん、名詞であるということは、学校文法風に言えば「「~が」の形で「主語」になる」ということが必要です。もっと一般的に言えば、「ガ・ヲ・ニ」などの格助詞がついて「補語」になることができる語です。)

それと同様に、「元気・健康」は「~な」の形で名詞を修飾するので、形容動詞と考えるわけです。

ここでもう一つ注意すべきことは、「元気・健康」は「~の」の形で名詞を修飾することもある、つまり名詞でもある、ということです。「元気が出る・元気を出す・元気の源」「健康が大切だ・健康に気を付ける・健康の重要性」のように、名詞としての用法を持っています。
(「きれい・しずか・すこやか」などはそうでないので、名詞ではありません。)

形容動詞の中には、この「元気・健康」のように名詞としての用法を持っているものがあり、そのことが形容動詞と名詞との区別を複雑なものに見せているということがあります。

 

学校文法で形容動詞を教える際には、名詞との違いとして、この連体修飾の「~の/な」の違いを必ず説明するはずなのですが、広辞苑(第五版)の「文法概説」では、なぜかそのことは一言も触れられていません。

 

以上、広辞苑の第五版について述べてきました。第六版は、付録が別冊になったということを除いて、「文法概説」そのものには変化がありませんでした。

第七版になって、「文法概説」が大きく書き換えられました。そのことはまた次回に。