ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

追いかける

「追う」の複合動詞をもう一つ。また三省堂国語辞典です。

 

  追いかける  あとから追う。おっかける。   三国 

 

これだけです。用例もなし。

「あとから」というのは、「追う」の意味に元々含まれているので、つまり「追いかける」は「追う」とほぼ同じだ、という以上の情報はありません。(「追っかける」は話しことばですね。)
もう少し何とかしようという気はないのか。

 

  1先に進んでいるものを、あとから追う。2一つの事のあとに、またすぐ何かが起こる。「父が死んだあと、-ように母も死んだ」  新明解

  1先行するものを後から追う。「流行を追いかける」2一つの事に続いて更に事が起こる。「追いかけて依頼する」      現代例解

 

2つ目の用法を書いています。三国はなぜこれを書かなかったのか。「あとから追う」でカバーできると考えたのでしょうか。

「先に進んでいるものを」「先行するものを」という部分も、「追う」の意味に元々あるもので、新しい情報とは言えませんが、よりわかりやすくなっているとは言えるでしょう。
  
    1先に進んでいるものや求めるものなどを、あとから追う。「万引きを-・ける」「理想を-・ける」2引き続いて次のことをする。また、引き続いて、次のことが起こる。「-・けて事件が起こる」=おっかける。

                          学研現代

 

1で「求めるもの」が加わり、用例に「理想を追いかける」があります。
「理想」は「先に進んでいる」わけではありませんから、この「求めるもの」を別に書いたのはよいと思いますが、「あとから追う」では結局同じです。

理想は自分の前のほうの遠くにあるもの、というイメージは確かにそうかもしれませんが、「あとから」というのはやはり変です。それに、「追う」というと、対象が「遠ざかって・逃げて行く」ようです。「理想」は、追いかけないとどんどん遠ざかってしまうものだ、というイメージですね。ふむ、そうかもしれません。

この語は、明鏡が詳しいです。

 

  1先を行くもの、求めるものなどに追いつこう(追いついてつかまえよう)として、後から追う。追っかける。「逃げる犯人[先頭の走者]を━」「ファンが歌手を━」
  2目標や理想とするものに向かって進む。追い求める。また、取り逃がさないように密着して追う。「流行[理想]を━」「記者が年金問題を━」「一日の動きをカメラで━」
  3同じような物事が引き続いて起こる。追っかける。「それを━ようにして次の事件が起こった」
  まれに「追い駆ける」とも。                                明鏡国語辞典

 

「求めるもの」は1に入っていますね。「ファンが歌手を追いかける」がその用例でしょう。歌手は必ずしも「先を行くもの」ではないというとらえ方です。歌手は自分の都合であちこち動くだけで、ファンがその後を「追いかける」のです。ただ、「求めるもの」という表現は、「歌手」にはぴったりしないように感じます。「一緒にいたいと願うあこがれの対象」ぐらいでしょうが、そこまで語釈には書けないでしょう。

2の「目標や理想」に対しては、「向かって進む。追い求める」とします。

    追い求める 手に入れようとして追い続ける。「夢を-」  明鏡

 

「追いかける」をデータベースで調べると、「夢を追いかける」の頻度が非常に高いです。それが説明できるような語釈をまず考えないといけません。
 
明鏡2の「密着して追う」の用例がいいですね。実際の使用例から収集しているという感じがします。

現在の国語辞典としては、このくらいは書いてほしいものだと思います。
振り返って、最初の三国をもう一度見てみると。

   追いかける  あとから追う。おっかける。   三国 

三国の箱のオビの宣伝文句、

  「要するにそれは何か」がわかる、簡潔でやさしい説明

が空しく響きます。