国語辞典の「自動詞・他動詞」(12):「~合う」の形の複合動詞
今回は、話し手と相手との相互動作を表す「~合う」の形の複合動詞を。
辞書によって自他の判定が意外に異なります。
まず「話し合う」から。
新明解と三国は自動詞とし、明鏡は他動詞、岩波は自他とします。この4冊だけで3つの違った判定が揃います。他の辞書は、自・他・自他それぞれ2冊ずつ、きれいに分かれます。
話し合う だき合う もみ合う
新明解8 自 他 自
明鏡3 他 自他 自
三国7 自 自 自
岩波8 自他 なし 他
学研新6 他 自他 自
三現新6 自 なし 自
小学日 他 自 自
集英社3 自他 自 他
旺文社11 自 自 自
新選9 自他 なし 自
自動詞とする新明解の項目を。
話し合う(自五)1 一緒に話す。2 懸案を解決すべく、相談する。「じっくり-」
新明解
三国も三省堂現代新も似たような語釈・用例で自動詞としますが、旺文社には「進路を話し合う」という「を」をとる用例があります。この点で、旺文社は三省堂の3種の国語辞典にまさっていると私は思います。
しかし、これは他動詞の用法ではないのでしょうか。旺文社の編集者はどう考えたのか。この用例を三省堂の辞書の編集者たちに見せたら何と言うのか。これは他動詞の「対象」ではない、と?
他動詞とする明鏡。
話し合う(他五)1 互いに話す。語り合う。語らう。「友と将来の夢を━」
2 物事を解決するために、互いに意見を出し合って話す。相談する。
「家族と━・って決める」 明鏡第三版
「を」の用例があり、「家族と」という「と」をとる用例も示されています。「話す」が「と」をとるからと言って、その複合動詞も「と」をとるというわけではありません。「話しかける」は「と」をとりません。国語辞典が動詞の格助詞のとり方(の違い)をきちんと示すべきであることは言うまでもありません。
明鏡はこのような格助詞のとり方について、わりと注意を払っているように思われます。
新明解は、「重要語」については「構文の型」を示すなどしていて、大変よいと思うのですが、そうでない語についてはきちんと用例を示さないことがあります。(と言うか、多いです。)
ところで、「明鏡第三版」とわざわざ書いたのは、第二版とは違っているからです。
第二版には、用法の2の用例として、
「住民どうしで解決策を━」「今後の見通しを━」 明鏡第二版
があり、全部で3つの例が示されていました。改訂の際になぜか削られてしまったのです。
用例として不適当だと考えられたのでしょうか。そうも思えません。
一つの推測は、分量を減らすため、です。改訂で新たな語句などを増補すると、全体の分量が増えてしまいます。すると、それは価格に反映せざるを得ません。それを避けるために、すでにある項目の用例などを削る。
もしそうなら、この項目に関しては、「改訂」は「改悪」だったということです。
「自他」とする岩波。
話し合う〘五自他〙①互いにその事について話す。「明日の天気を-・っていた
ところだ」②相談する。「進路について―」 岩波
用法の①は他動詞なのでしょうが、では、②は自動詞なのか。「進路について、細かいことを話し合う」という例もありうるでしょう。それは他動詞でしょう。
「自他」とするとき、用法ごとに「自」「他」をそれぞれ示すのではないということは、それぞれの用法で「自」も「他」もあるということなのでしょうか。
これまで、「自他」という示し方を何度もしてきましたが、その細かいところはあまり考えていませんでした。
用法が二つ以上ある場合の「自他」という表示はどう考えればいいのでしょうか。
「だき合う」は、自動詞とする辞書が多く、「自他」とするものが2冊。新明解だけが他動詞のみとします。
抱き合う(自五)たがいにだきつく。「抱き合って泣く」 三国
抱き合う(他五)互いに相手を抱く。「抱き合って再会をよろこんだ」 新明解
抱き合う(自他五)互いに相手を抱く。「━・って無事を喜ぶ」「肩を━」 明鏡
他動詞とする新明解は「を」の例をあげず、「自他」とする明鏡が「肩を抱き合う」という例を出しています。同じく「自他」とする学研新の用例は「恋人同士が抱き合う」だけです。
「もみ合う」は岩波と集英社だけが他動詞とし、他の辞書は自動詞とします。
もみ合う(自五)おおぜいの人が一か所に群れて からだをぶつけて争う。
「入口で-/会議で-」 新明解
もみ合う(自五)1 入り乱れ、押し合って争う。「デモ隊と機動隊が━」
2 取引で、相場が小幅な値動きを繰り返す。「高値圏で━」
3 激しく議論する。 明鏡
もみ合う〘五他〙①互いに揉もむ(ようにする)。特に、入り乱れまたは
組み合って戦う。②比喩的に、議論を激しく戦わせる。 岩波
これだけでは岩波が他動詞とする根拠はわかりません。集英社にも「を」の用例はありません。
新明解は「抱き合う」を「他」とし、「もみ合う」を「自」とします。
集英社は「抱き合う」を「自」とし、「もみ合う」を「他」とします。
それぞれの編集者の対談を企画したいところです。
もう少し「~合う」の複合動詞を。
張り合う やり合う 掛け合う
新明解8 自 自他 自他
明鏡3 自他 自他 自他
三国7 自 自 自
岩波8 自 自 他
学研新6 自他 自他 自他
三現新6 自他 自 自
小学日 自 他 自他
集英社3 自 自 自他
旺文社11 他 自 自他
新選9 自 自 自他
「張り合う」は、自動詞または「自他」とする辞書が多い中で、旺文社だけが「他」のみとします。
「やり合う」は、小学館日本語新だけが「他」のみとします。
「掛け合う」は、「自他」とする辞書が多い中で、岩波が「他」、三国と三省堂現代新が「自」とします。
それぞれ異端となる辞書が違うところが面白いです。独自路線を行くことの多い新明解も今回はおとなしく多数派です。
張り合う(自五)(力の ほぼ同じ者同士が)共通の目的物を得ようと、対抗し、
競争する。 新明解
張り合う(自他五)相手に負けまいとして競い合う。同じ目標に向かってせり合う。
「意地を━」「双方一歩も譲らずに━」 明鏡
張り合う(他五)たがいにきそい合う。競争する。「主役の座を-」 旺文社
明鏡が「意地を張り合う」という「を」の例を出しています。旺文社は「主役の座を」。学研新は「社長の座を」、三省堂現代新は「チャンピオンの座を」。似たような例が多いのですが、これは他動詞ということでいいんじゃないでしょうか。
逆に、「自他」とする辞書は他動詞とは言えない例をどう示すかが問題でしょう。明鏡の例は、「双方一歩も譲らずに 意地を/主役の座を 張り合う」とも言えるでしょう。
データベースを見ると、「見栄を」「若さを」などの例と、新しい用法で、「お互いのホームページにリンクを張り合う」というのがありました。これはどの辞書にもない用法でしょうか。(「リンクを張る」という用例は三国と三現新の「張る」の項にあります。)
「やり合う」の場合は、「言い争う」意味では自動詞と考えていいでしょうか。お互いに「何かをやる」なら、他動詞と考えられます。
やり合う〘五自〙互いに争う。言い争う。いがみあう。「大声で上司と―」 岩波
やり合う(自他五)相手に負けずに、こちらも同じ事をする。「販売競争を-/国会
で-〔=論戦する〕/負けずに-〔=口げんかをしたり 腕力に訴えたり する〕
新明解
やり合う(他五) 互いにする。「赤組と白組が応援合戦を━」
(自五)互いに争う。特に、言い争う。「改札口で駅員と━」 明鏡
やり合う(他ワ五)互いにする。互いに言葉や腕力で争う。[例]遺産をめぐって
兄弟でやり合う。 小学館日
岩波は「と」の例を出しています。明鏡は「自他」とし、「を」と「と」の例を出しています。小学日は他動詞としながら、「を」の例を出していません。
「掛け合う」は「を」の用例を多くの辞書が示しています。
掛け合う (自五)すぐには聞き入れてくれないかもしれない要求を出して(につい
て)、相手と話し合う。「ごみ焼却場建設の撤回を求めて、役所と-」
(他五)お互いに掛ける。「優勝祝賀会でビールを-/暗闇で声を-」 新明解
掛け合う (自五)要求をだして交渉する。「立ち退くように店子と━」
(他五)互いにかける。「プールで水を━」「大丈夫かと声を━」 明鏡
掛け合う〘五他〙①互いに掛ける。「湯を―」②なかなか要求を入れない相手に、
話し合いをもちかける。「役員に―」 岩波
掛け合う(自五)1おたがいにかける。「水を-」2要求を通すために話しあう。
交渉する。 三国
三省堂現代新も三国と同じ「水を掛け合う」の例をあげています。それでいて、自動詞とします。
これは他動詞でいいのではないでしょうか。「話し合う」意味では自動詞でしょうか。
三国は、以上の「~合う」の複合動詞をすべて自動詞としています。もしかすると、相互動作を表す動詞は基本的に自動詞と考える、というような判断があるのでしょうか。