国語辞典の「自動詞・他動詞」(24):「焦る」「恥じる」「羨む」
国語辞典10冊の比較の最終回です。心理的な意味の動詞をとりあげた時、いくつかを忘れていました。
心理的な意味を表し、「を」があっても他動詞と認めない辞書がある動詞「焦る」「気取る」「恥じる」を。
焦る 恥じる 気取る
新明解8 自 自他 自他
明鏡3 自他 自他 自他
三国7 自 自他 自
岩波8 自他 自 自
学研新6 自他 自他 自他
三現新6 自 自 自
小学日 自 自 自他
集英社3 自 自 自他
旺文社11 自 自 自他
新選9 自 自 自
新明解・三国は「焦る」を自動詞とします。
焦る(自五)(なにヲ-)〔思うように事が運ばない時〕急がなければいけないと思う
あまり、ふだんの落ち着きを失う。「事(功)を-/焦って自滅した/攻め-」
新明解
焦る(自五)1早くしようと、心の中でしきりに思う。「成功を-・結婚がおく
れて-」2思いがけないことに出あって、おちつきをなくす。「こんなこと
になるとは思わず、さすがに焦った」 三国
新明解の「自動詞」は、
その動作が動作主体自身の自律的な営みに関するものであって、他に影響を及ぼす
対象を持たない動詞。 新明解
です。「事を焦る」で、「事」には影響が及んでいない、ということでしょうか。
三国にも同じことが言えます。
明鏡・岩波は「自他」です。
焦る(自五)1① 思い通りにならないことに気がせいて、いらいらする。落ち着き
や冷静さを失う。急く。「━・って失敗する」②〔俗〕ひどくあわてる。あわ
を食う。「車にひかれそうになったときは━・ったよ」
2(他五)はやる気持ちで名誉や手柄を手に入れようとする。急ぐ。「勝利を━・
って大魚を逃す」 明鏡
焦る〘五自他〙思いどおりに事が進まず、何とかせねばといらだつ。じりじり
する。「気ばかりが―」「功を―」 岩波
明鏡は「を」をとる用法を他動詞とするようです。岩波は、はっきりしませんがおそらく同じ考え方でしょう。
学研新も、岩波と同じような例の出しかたで「自他」です。
小学館日本語新は自動詞とし、「勝ちを焦って失敗する」という用例をあげていますが、補注として「「勝ちを焦る」のような言い方は他動詞的な形であるが、「勝ちを得ようとして焦る」を短くしたものと考えられる。」と書いています。なるほど。
自動詞とする三現新・新選は「を」の用例をあげていません。
旺文社は「功を焦る」という例を出していますが新明解と同じく自動詞とします。
次に「恥じる」を。「焦る」と同じように、他動詞の用法を認めるかどうかで意見が分かれます。
「自他」とする辞書の「を」の用例。
新明解 己の不明を恥じる 明鏡 己の不明を恥じる
三国 わが身を恥じる 学研新 不明を恥じる
自動詞派も「を」の用例をあげます。(他の辞書は「を」の用例なし)
岩波 不明(=おろかさ)を恥じる 旺文社 不明を恥じる
皆さん、不明を恥じてばかりです。
自他の判定の一貫性のなさも恥じたほうがいいような…。
「気取る」は、次の②の用法をどう考えるかの違いです。
気取る〘五自〙①体裁ていさいを飾って、重々しい様子をしたり、すましたり
する。「-・らない人柄」「ったポーズ」
②それらしい様子をする。「豪傑を―」▽「けどる」と読めば別の意。 岩波
岩波は自動詞とします。
三現新は「芸術家を気取る」、新選は「秀才を気取る」という例をあげ、自動詞とします。
「自他」とする辞書の用例。
新明解 落語家を気取る 明鏡 大物政治家[ワイン通]を気取る
学研新 大人物を気取る
集英社 紳士を・女房を 気取る 旺文社 芸術家を気取る
小学日は「ヒトヲ」の例「豪傑を気取る」のほかに、「コトヲ」という用法で「心中を気取られる」という例を出しています。「気づく・感づく」の意味です。岩波が「けどる」と読めば別の意、としたものを「きどる」の用法として認めています。
以上の心理的な動詞の「を」については、この連載(?)の「(16) 恐れる・怖がる」から何回かとりあげました。
「豪傑を気取る」という例の場合、「気取る」ことが「豪傑」に何ら「影響を及ぼす」ものではない、だから自動詞なんだ、ということは言えるのかもしれませんが、そういう意味的な判定が他の場合にも一貫してとられているかどうか、が問題です。
「亡くなった母のことを思う」場合、「思う」ことが「亡くなった母」にどういう影響を及ぼしていると考えるのか。(「思う」は他動詞とされます。)
「影響を及ぼす」かどうかという以外に、何か「を焦る」「を恥じる」「を気取る」を自動詞と見なす議論があるのでしょうか。
次は、「焦る」や「恥じる」とは反対に基本的に他動詞と見なされ、自動詞用法を認めるかどうかが問題になる動詞を。
心がける いつわる
新明解8 (自)他 他
明鏡3 (自)他 他
三国7 他 自他
岩波8 自他 他
学研新6 他 他
三現新6 他 自他
小学日 他 他
集英社3 他 他
旺文社11 他 他
新選9 他 他
自動詞用法を認める岩波。「倹約を心がける」「健康維持に心がけている」きちんと「を」と「に」の例を出しています。
新明解の説明はよくわかりませんが、「に」の例をあげています。
明鏡も自動詞として使われることを注記しています。
心がける〘下一他自〙(そのことに)忘れず注意する。「倹約を―」「君の就職口
は-・けておこう」「健康維持に-・けている」 岩波
心がける(他下一)そうすべきだと思うことを常に念頭に置いて、日常の行動を通し
てその実現に努める。「いつも安全運転を心掛けている/経費の節減を-」
[文法]一般に「心掛(ガ)ける」行為の対象となる事柄は「…を」と格助詞
「を」で表わされるが、「安全運転に心掛ける」「経費の節減に心掛ける」
などと「に」が用いられることがある。これは「日頃健康に注意する」の
「に」が注意する対象となる事柄の範囲を限定する意を表わすのと同様に、
「心掛ける」対象となる事柄についての限定を表わすととらえたことによる。
新明解
心がける(他下一)いつもそのことの達成や実現を気にかける。心にかける。
「常日ごろから安全運転を━」[使い方]まれに「健康[節約]に心がける」
のように自動詞としても使う。 明鏡
心がける(他下一)1いつも注意する。2たえず努力する。 三国
三国は、いつも注意して、用例をつけるように努力してほしいところです。
「いつわる」は三国と三現新だけが自動詞用法を認めます。
偽る(自他五)わざと、事実とちがったことを言ったりしたりする。うそを言う。
「いつわらざる〔=いつわらない〕心境・身分を-」 三国
この「いつわらざる〔=いつわらない〕心境」が自動詞用法の例なのでしょうか。これも「心境をいつわる」の連体用法なのでは?
データベースを見てみると、「偽らざる~」というのは一つの固定した表現としてかなり多くつかわれています。これはもう「いつわらざる」という連体詞とするのがいいのじゃないかと思います。
三現新の用例は「履歴をいつわる」だけです。自動詞の用法はわかりません。
「自他」とするなら、それぞれの用法がわかるような語釈、用例の出し方をしてほしいものだと思います。
岩波だけが他の辞書と違うものをまた。自他の判定が他の辞書と違うことでは岩波と新明解が双璧でしょうか。
うらやむ つとめる
新明解8 他 自他
明鏡3 他 自他
三国7 他 自他
岩波8 自 他
学研新6 他 自他
三現新6 他 自他
小学日 他 自他
集英社3 他 自他
旺文社11 他 自他
新選9 他 自他
「うらやむ」は岩波だけが自動詞とし、他の辞書はみな他動詞です。
うらやむ〘五自〙他人の身の上や持物が自分より恵まれているように見えて、
自分もそうなりたいと思う。また、ねたましく思う。「人が―ような地位や
肩書き」 岩波
うらやむ(他五)(だれ・なにヲ-)望ましい相手の状態を見て自分もそうなりたい
と思う(が、そうなれなくて不満に思う)。 新明解
うらやむ(他五)人の幸せを見て、悔しがって自分もそうなりたいと思う。羨望を
感じる。うらやましく思う。うらやましがる。「個性豊かな彼[同僚の成功]
を━」「人も━仲」 明鏡
岩波は自動詞とし、「を」の用例を出さない(意図的に?)。明鏡は他動詞とし、「を」の用例をしっかり出しています。
しかし、どうして新明解は用例を出すのがそんなに嫌なんでしょうねえ。
なお、「ねたむ」は岩波も他動詞とします。「人を うらやむ/ねたむ」で自他が違うのか?(うらやまれても影響は及ばないけれども、ねたまれると影響が及ぶ?)
でも、「うらやむ」の語釈の最後に「ねたましく思う」って書いてありますよね。
まったく、この辺りの自他の判定って、恣意的だと思うんですが。
岩波は「努める・務める・勤める・勉める」をすべて「つとめる」という一つの項目にまとめ、他動詞としています。
他の辞書は、いくつかに分け、それぞれ自動詞か他動詞かを決めていきます。多少の違いがありますが、必ず自動詞とされるものがあります。
明鏡 努める・勉める(自) 勤める(自) 務める(他) (集英社・新選)
三国 努める・勉める(自) 勤める(自他) 務める(他) (小学日)
三現新 努める・勉める(自他) 勤める(自) 務める(他)
旺文社 努める・勉める(自) 務める(他) 勤める(他)
新明解 勤める<どこニ-> 務める<なにヲ-> 努める<なにニ->
これを全部他動詞としてしまうのはどうなんでしょうか。
最後に「突き出す」を。岩波の説明が独特なので。
突き出す
新明解8 他
明鏡3 自他
三国7 自他
岩波8 他
学研新6 自他
三現新6 自他
小学日 他
集英社3 他
旺文社11 自他
新選9 他
他動詞とする辞書が5冊、「自他」とする辞書が5冊。
突き出す〘五他〙突いて、または突いたように、(勢いよく)外や前へ出す。
「ところてんを―」「げんこつを―」「つかまえた犯人を警察に―」
「看板が道路に―」▽最後の例は自動詞のように思われても、「突き出る」が
単なる状態を言うのに対し、だれかがしてそうなっているという積極的なとら
え方。また、何かがみずからを突き出すという気持で言う。 岩波
突き出る〘下一自〙外側に目立って出る。出っ張る。▽→つきだす 岩波
「だれかがしてそうなっているという積極的なとらえ方」また「何かがみずからを突き出すという気持ちで言う」です。
集英社は同じような考え方のようです。
突き出す(他五)2その物の一部を前や外へ出っ張らせる。「海へ突き出した
堤防」 集英社
(堤防を)人がそのように「出っ張らせる」のです。
旺文社は他動詞派ですが、この用法は「自動詞的に」としています。
旺文社(他) 5(自動詞的に)「突き出した庇」
「他」とする新明解・小学日・新選は、この用法を載せていません。
「突き出す」を「自他」とし、この用法を自動詞として別にする辞書。
突き出す(自五)突き出る。「おなかが-・陸地が海へ-・煙突が突き出した洋館」
三国
突き出す(自五)その物の一部が外や前の方へ張り出す。突き出る。「庭に━・した
窓」 明鏡
学研新(自)「丸太が斜めに-・ている」 三現新(自)「大きな岩が-」
人工物ならともかく、「陸地が海へ」とか「大きな岩が」の場合、岩波の説明は有効でしょうか。
「だれかがしてそうなっているという積極的なとらえ方」
「何かがみずからを突き出すという気持ちで言う」
「陸地がみずからを突き出す」という気持ち?
こういう恣意的な解釈をしだすと言語学じゃなくなってしまうように思います。