広辞苑と「自動詞・他動詞」(3)
前回の記事の続きです。
広辞苑の動詞の自他判定を、他の十種の辞書と比較しながら検討していきます。
前の記事でとりあげた順に見ていきます。かっこ付き数字はその記事の番号です。
(「2021-12-11 国語辞典の「自動詞・他動詞」(7)」~)
(7)(8)
割る 割り込む 向く 振り向く 振り返る
新明解8 他 自 自 他 他
明鏡3 自他 自 自他 自他 他
三国7 自他 自他 自他 自 他
岩波8 自他 自 自 自 他
学研新6 自他 自 自他 自他 他
三現新6 自他 自他 自他 自 他
小学日 他 自 自 自 自他
集英社3 他 自 自 自 他
旺文社11 他 自他 自 自 他
新選9 他 自 自 自 自
広辞苑7 他 他 自 自 自
広辞苑は「割る」の他動詞の例として「大台を割る」「定員を割る」という用例をあげています。
すでに見たように、「こえる」では「気温は三〇度をこえる」「定員をこえる」という用例をあげ、自動詞としていました。
数量が減って「定員を割る」場合は他動詞で、増えて「定員をこえる」場合は自動詞というのは、どうにも理屈が通りません。(「定員を」が「目的語」になったりならなかったり…)
私が手元に持っている広辞苑は第五版(1998)だけですが、それを見ると、「下回る」は他動詞で、「上回る」は自動詞になっています。減るほうは他動詞で、増えるほうは自動詞? 一貫している!
ちょっと喜んだのですが、念のため、図書館へ行って第七版を見てみたら、残念なことに(?)「下回る」は自動詞に直されていました。(第六版でも他動詞です。)
考えが変わったのか、(六版までが)誤植だったのか。
他の辞書では、例えば岩波・三国(第七版)は、「割る」のこの用法を自動詞としています。(三国第八版は他動詞とします。(2022-01-06 国語辞典の「自動詞・他動詞」(28):三国第八版の自他))
割る(自)「土俵を-」「相場が千円の大台を-」「定員を-」 岩波
割る(自)1「土俵を割る」2「零下十度を-・(株価)が千円を・〔外国
為替で〕ドルが百三十円を-〔=百二十数円になる〕」 三国第七版
この「~を」は「抽象的な移動の場所」とでもいうような解釈でしょうか。
広辞苑の「割り込む」の例は「行列に・話の中に 割りこむ」で、「~を」の例はないのですが、他動詞とします。
他の辞書では「大台を割り込む」「気温が十度を割り込む」などの例があり、それでも自動詞だったり、他動詞にしたりしています。
具体的な動作を表す動詞で、「向く」「振り向く」では「右を向く」「後ろを振り向く」という例をあげて、自動詞とします。「対象」でないとするならば何なのか。「移動の場所」ではないわけですが。
「向く」「振り向く」「振り返る」の3語とも自動詞としたのは、十種の国語辞典では新選だけでした。広辞苑はそれに与しています。(しかし、他の辞書はなぜ「振り返る」だけを他動詞としたりするのでしょうか。)
(9)
持ち越す 持ち寄る 稼ぐ 振りかぶる 降り込める かみつく
新明解8 他 自 自他 自 自 他
明鏡3 自 他 自他 他 他 自
三国7 他 他 自他 他 他 自
岩波8 他 他 自 他 他 自
学研新6 他 他 自他 他 他 自
三現新6 他 他 自他 他 他 自
小学日 他 他 自他 他 他 自
集英社3 他 他 自他 他 他 自
旺文社11 他 他 自他 他 他 自
新選9 他 他 自他 他 他 自
広辞苑7 他 自 自(他) 自 他 自
広辞苑は「持ち寄る」を自動詞としていますが、用例は「料理を持ち寄る」で、この「~を」は対象と言っていいんじゃないでしょうか。これは新明解と同じで、かなり少数派です。
「稼ぐ」は自動詞とし、一つの用法として、(他動詞として)「手間賃を・点を・時間を 稼ぐ」という例をあげています。
「振りかぶる」を自動詞とするのはまた新明解だけだったのですが、広辞苑も自動詞とします。
これは、岩波の「刀を大上段に―」という例を見れば、他動詞の用法があるのは明らかでしょう。
新明解が「かみつく」を他動詞としているのは、「足にかみつく」のような例の「足に」は、「動詞が表す動作の対象を表す名詞」つまり「目的語」と言えないか、という考え方によるものだろうと思われます。
広辞苑は、他の辞書と同じように自動詞とします。ただし、広辞苑自身の自動詞の説明「動作の影響が及ぶ対象がなく」に反します。「足にかみつく」のですから、どう考えても「動作の影響が及ぶ」でしょう。
(10)
勝つ 勝ち抜く 引き分ける 競う 競り合う しのぐ 抜く
新明解8 自 自 自他 他 自 他 自他
明鏡3 自 自 なし 他 自他 自 自他
三国7 自他 自他 自他 他 自 他 他
岩波8 自 自 他 自 他 他 他
学研新6 自 自 なし 他 自他 他 他
三現新6 自 自 自他 他 自他 他 他
小学日 自 自 自 自他 自他 他 他
集英社3 自 自 自他 自 自 他 他
旺文社11 自 自 なし 自他 自他 他 他
新選9 自 なし 自他 自他 自他 他 他
広辞苑7 自 自 他 自 自 他 他
広辞苑は「勝つ」「勝ち抜く」をともに自動詞としていますが、「勝ち抜く」には「予選を勝ち抜く」という用例をあげています。これは「目的語」ではないのでしょうか。
三国も「最終予選を勝ち抜く」「激しい生存競争<を/に>勝ち抜く」という例をあげて、他動詞の用法を認めています。
三国は、「勝つ」にも「菊花賞を勝つ」という例をあげており、他動詞用法を認めています。
「引き分ける」で、多くの辞書が他動詞用法とするのは、広辞苑の1の用法と同じです。
引き分ける 1ひきはなして別々にする 2(勝負事や試合などで)勝ち負けが
決まらないまま終わる。 広辞苑
2の用法は、多くの辞書は自動詞とします。
岩波だけが「勝負を引き分ける」という例をあげ、他動詞としていたのですが、広辞苑もこれに加わりました。広辞苑の2には用例がありません。
「競う」には「わざを競う」という用例がありますが、自動詞としています。
岩波と集英社が「腕・開発 を競う」などの例をあげながら、自動詞としているのと同じです。
どういう根拠で、この「わざ・腕」が「対象」でないと考えるのか。
岩波は「選手権を競り合う」は他動詞とします。そこの論理は? 「~合う」だから? では「競い合う」は?
集英社は「一等賞を競り合う」を(「競う」と同じく)自動詞とします。
広辞苑は「競り合う」も自動詞とします。
複合動詞のデータベースを見ると、「~を競り合う」の例は確かにあります。
・残り2議席を民主・男性現、公明・竹谷、共産現で激しく競り合う状況に
・高知市議選は34議席を50人で競り合う大混戦。
・東京選挙区の議席を競り合う上位候補に全く紹介されなかった
・生産量はここ数年、鹿児島県と愛知県がトップを競り合う状態で
これらの例を知りつつ自動詞とするなら、どういう説明をするのでしょうか。
(11)
頼る 働きかける 話しかける 教わる ならう 授かる
新明解8 自他 他 自 他 他 自他
明鏡3 (自)他 自 他 他 自他 他
三国7 自他 自 自 他 自他 他
岩波8 他 自 自 他 自他 自
学研新6 自他 自 自 他 他 他
三現新6 他 自 自 自 自他 自他
小学日 自他 他 他 他 自他 (自)他
集英社3 他 自 自 自 他 自他
旺文社11 自 自 自 他 他 自他
新選9 自 自 自 他 他 他
広辞苑7 自 他 他 他 他 他
(自は 倣う)
「頼る」では、「人を頼る」「先輩を頼る」という例をあげながら、自動詞とします。なぜでしょう。
「働きかける」「話しかける」を他動詞としますが、その根拠となる用例はありません。
これらを他動詞とする辞書は少数派です。
「働きかける」で「~を」の用例をあげているのは新明解だけです。
働きかける 「和平(合併)を-/事故の再発防止を国に-」 新明解
「話しかける」では「~を」の用例をあげている辞書はありません。
データベースを見ると、次のような実例があります。
・そうですね〜 話しかけるには何を話しかけるか考えないといけませんね。
・夫に何を話しかけても、返ってくる答えは、
・赤ちゃんに何を話しかけますか?
・お母さんというのは、赤ちゃんにいろいろなことを話しかけます。
・自然なきっかけ作りをするなら、あくまでいきなり突飛なことを話しかけるよりも、
日常のあたりまえに話すことを
広辞苑はどういうデータをもとにして他動詞としているのでしょうか。
(12)
「~合う」の形の複合動詞を。
話し合う だき合う もみ合う 張り合う やり合う 掛け合う
新明解8 自 他 自 自 自他 自他
明鏡3 他 自他 自 自他 自他 自他
三国7 自 自 自 自 自 自
岩波8 自他 なし 他 自 自 他
学研新6 他 自他 自 自他 自他 自他
三現新6 自 なし 自 自他 自 自
小学日 他 自 自 自 他 自他
集英社3 自他 自 他 自 自 自他
旺文社11 自 自 自 他 自 自他
新選9 自他 なし 自 自 自 自他
広辞苑7 他 自 他 自(他) 他 自(他)
「話し合う」を自動詞のみとする辞書があるのが不思議です。広辞苑は他動詞のみ。
「抱き合う」では明鏡が「肩を抱き合う」という用例を出しています。広辞苑は自動詞のみ。「肩を抱き合う」はどう考えるのでしょうか。
「もみ合う」を他動詞とする辞書は、「~を」の例をあげていません。広辞苑も用例なしで他動詞。
「張り合う」では、明鏡が「意地を張りあう」という例をあげています。他の辞書は「~の座を張り合う」という例を。広辞苑は(他動詞的にも使う)としています。
岩波は「やり合う」を自動詞とし、「大声で上司とやり合う」という例をあげています。他動詞とする広辞苑は、これも他動詞の用例と考えるのでしょうか。
他動詞としての例は、「販売競争を・応援合戦を」などが他の辞書であげられています。
「掛け合う」は明鏡が「立ち退くように店子と掛け合う」「プールで水を掛け合う」という例を、それぞれ自動詞と他動詞の例としています。広辞苑は、(他動詞として)「水を・声を掛け合う」とします。
(13)
待ち合わせる 押し通す かっ飛ばす 浴びる 踊る
新明解8 他 他 他 他 自他
明鏡3 他 他 他 他 自(他)
三国7 他 他 他 他 自
岩波8 自 自他 自他 他 自
学研新6 他 他 他 他 自(他)
三現新6 他 他 他 他 自
小学日 他 他 他 他 自
集英社3 他 他 他 他 自
旺文社11 他 自他 他 他 自
新選9 自 他 他 自 自
広辞苑7 他 他 他 他 自
「まちあわせる」で、「駅で人と待ち合わせる」では「~を」という要素は不要でしょうから、自動詞と考えられ、「バス・列車を待ち合わせる」ではもちろん他動詞ですから、「自他」とするのがいいと思うのですが、なぜかそういう辞書はありません。
広辞苑は「駅で待ち合わせる」のみで他動詞。「~を」はありません。
「押し通す」は、「自説を押し通す」(岩波例)で他動詞なのは当然として、「一生、独身で押し通す」(岩波)のような使い方を自動詞とするかどうかです。
データベースには次のような例があります。これらは自動詞用法と考えていいでしょうか。
・自分の独創的な価値観を持ち、理屈で押し通すところがあるようです。
・島国とは、世界の国々が見えず、自国だけの勝手な論理で押し通す国である。
「踊る」では、多くの辞書(広辞苑を含む)が「ワルツを・白鳥の湖を~」などの例を自動詞と見なします。それはどういう根拠によるものか。
(14)
サボる 怠ける おこたる 休む 避ける よける
新明解8 他 自 自他 自他 他 他
明鏡3 自 他 他 自他 自他 自他
三国7 自 自他 自 自 他 他
岩波8 自他 自他 自 自他 他 他
学研新6 自 自 他 自 自他 他
三現新6 自他 自他 自 自 他 他
小学日 他 自他 他 自(他) 他 他
集英社3 自 他 他 自 他 他
旺文社11 他 自他 他 自他 他 他
新選9 他 自 他 自 他 他
広辞苑7 自 自他 他 自 他 他
広辞苑は「サボる」「休む」を自動詞としますが、その用例には「学校をサボる」「勤めを休む」「毎朝の散歩を休む」があります。これらを他動詞の例としない理由は何でしょうか。
しかし、「おこたる」は他動詞とし、「怠ける」にも他動詞の用法を認めます。そこに、一貫した論理的な説明ができるでしょうか。
同じ出版社の岩波は、「サボる」「休む」に他動詞の用法を認めながら、なぜか「おこたる」は自動詞とします。社内で調整が必要じゃないでしょうか。