ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(6):殴り込む・切り込む・攻め込む

移動動詞ではありませんが、「-込む」の付いた複合動詞を。

「殴る」も「切る」も他動詞ですが、「-込む」がつくと自動詞とする辞書が多くなります。

       殴り込む 切(斬)り込む

  新明解8  自    自他        
  明鏡3   自    自他      
  三国7    他   自他
  岩波8   なし    他        
  学研新6  なし   自他
  三現新6  なし   自他
  小学日   自    自  
  集英社3  なし   自 
  旺文社11  なし   自 
  新選9   なし   自 

 

「殴り込む」を項目とする辞書は多くありません。三国だけが他動詞とします。

三国には「殴り込む」という項目はありませんが、名詞「殴り込み」の最後に、

 

  [動]殴り込む(他五)。

 

とあります。「殴り込み」の「動詞の形」が「殴り込む」だということです。

他動詞と見なす理由はわかりません。

新明解・明鏡・小学日も、すべて名詞の項目の最後に「動詞形」としてあげられているだけで、語釈・用例などはありません。

「Webデータに基づく複合動詞用例データベース」を見ても、1149例の中に「を」をとる例はありません。圧倒的に「~に 殴り込む」ですね。

 

「切り込む」は自動詞用法を認める辞書が多く、岩波だけが他動詞のみとします。

「敵陣に切り込む」(明鏡用例)のように「~を」が入らない用法があるのですが、岩波はそれも他動詞と考えるのでしょう。なぜ?

 

  切り込む〘五他〙①物の中に刃物を深く切り入れる。②敵の中に深く攻め込む。
    ▽「切」は「斬」とも書く。③比喩的に、相手を鋭く追及して問い詰める。
    ④切ってはめ込む。「ガラス障子を―」   岩波 

  切り込む(自五)1刀を抜いて敵中に攻め込む。「敵陣に━」▽「斬り込む」とも。
    2鋭く攻めかける。また、鋭く問いつめる。「新製品をもって寡占市場に━」
     「証言の矛盾点に━」
  (他五)1刃物で深く切る。2切って中に入れる。「たっぷりの野菜を━・んだ汁」
   [名]切り込み    明鏡

 

逆に、自動詞のみとする辞書は、岩波・明鏡の用例や「庭木を切り込む」(小学日用例)のような用法をどう考えるのでしょうか。小学日はこの用例をあげながら自動詞としています。

他の辞書はこのような用例の存在に気づいていないのかもしれません。

 

同じく他動詞の「攻める」に「-込む」がついた「攻め込む」も自動詞という判定が多くなります。「攻め入る」「攻めかける」「攻めあぐむ」も並べてみます。

 

       攻め込む 攻め入る 攻めかける 攻めあぐむ 

  新明解8   他   自     他    自  
  明鏡3   なし   なし   なし    自他 
  三国7   自     他   なし     他  
  岩波8   自    自    自     自他 
  学研新6  自    自    なし     他 
  三現新6  自    自    なし     他  
  小学日   なし   なし   なし    自  
  集英社3  自    自    自     自 
  旺文社11   他   自     他    自  
  新選9   自    なし    他    自  
                                 

「攻め込む」を他動詞とする新明解は用例がありません。旺文社の用例は「一気に攻め込む」です。「~を」の例はありません。

こういうところが、今の国語辞典の悪いところだと思います。他の多くの辞書が自動詞としているのを知らないのなら論外ですし、知っていて適切な用例を出さずに他動詞とするのはどうなんでしょうか。

 

「攻め入る」は三国だけが他動詞です。用例はありません。

データベースには「城を攻め入る」「国を攻め入る」という例がわずかにありますが、これだけの例で他動詞として認めていいかどうか。

 

「攻めかける」は、自動詞とするのが2冊、他動詞とするのが3冊。しかし、他動詞とする新明解と新選は用例がなく、旺文社の用例は「大軍で攻めかける」です。

データベースは、全体の用例数が112と少なく、「を」の例はありません。「城に攻めかける」が数例。

 

「攻めあぐむ」は、自・自他・他に分かれます。

他動詞とする三国・学研新は用例なし。三省堂現代新は「好投手を攻めあぐむ」という用例を載せて、他動詞とします。かくあるべし、です。

自他とする岩波の用例は「ディフェンスが固くて攻めあぐんでいる」です。これは自動詞の例でしょうか。

同じく自他とする明鏡は「鉄壁の守備に/を 攻めあぐむ」として、自他両用であることを示しています。

自動詞とする新明解・集英社は用例なし。旺文社は「強敵を前に攻めあぐむ」。この「強敵を」は「攻めあぐむ」の補語とは言えませんが、使用者を惑わせるかもしれませんね。

自動詞とする小学日本語新の用例は「敵の砦を攻めあぐむ」、新選は「城を攻めあぐむ」です。これでは他動詞としたほうがいいのでは?

「攻める」はどう見ても他動詞で、それに「~あぐむ」がついたからと言って自動詞に変わる理由は特にないでしょう。

 

国語辞典にとって、用例が大事なもの、「命」であるとは辞書関連本に必ず書いてあることですが、現実の辞書(編集者)はそれほど大事に思っていないようです。