ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(5)引っ越す・くぐる

移動動詞に近い意味の動詞の自他を見てみます。

まず、「越す」の話で出てきた「引っ越す」と、「引き払う」を。

 

       引っ越す 引き払う 

  新明解8   他    他   
  明鏡3   自(他)   他   
  三国7   自    自    
  岩波8   自     他  
  学研新6  自    自    
  三現新6  自    自   
  小学日   自     他   
  集英社3   他    他   
  旺文社11  自    自   
  新選9   自    自    

 

新明解は「引っ越す」を他動詞とし、「社屋を都心に引っ越す」という用例をあげています。

 

  引っ越す(他五)住居や店・事務所・工場などを他の場所に移す。「転勤に伴って
    大阪に引っ越した/社屋を都心に-」   新明解

  引っ越す(自五)生活や仕事の拠点を他の場所に移す。移転する。「都心のマン
    ション を/から━・して郊外に移り住む」「仙台から大阪に━」「遠くへ━」
  [語法]「銀座から新宿に事務所を━」のように、他動詞としても使う。  明鏡

 

それに対して明鏡は「マンションを引っ越す」を自動詞の用例としてあげているようです。

「マンションから引っ越す」と同様の「動作の起点」を示すものと考えれば、「通過点」の場合と同じく自動詞とするのが一般的です。(「東京を 出る/離れる/発つ」などと同類)

さらに[語法]で、「銀座から新宿に事務所を━」のような、「~から」とは別に「~を」がある例をあげて、この場合を他動詞としての用法としています。

明鏡の文法の注記はなかなか細かいです。

 

集英社は、何の用例もなく、他動詞としています。

 

  引っ越す〔他五〕住居・施設を移す。転居する。  集英社

 

他の多くの辞書が自動詞としていることを知っているのでしょうか。

 

「引き払う」は、自動詞説と他動詞説が拮抗しています。
 
  引き払う(自五)そこから出て、よそへうつる。大挙する。「家を-・東京を-」
                                三国

 

この「家」は、動作の対象ではないと考えるのでしょう。動作の起点?

 

  引き払う〘五他〙その場に設けたものを取り去って、退去する。「料金を精算
    してホテルを―」  岩波
 
  引き払う(他五)あとをすっかり片づけてよそへ移る。退去する。「下宿を━」
    「東京を━・って故郷に帰る」   明鏡

 

ただ「出る・退去する」のではなくて、「取り去って」「片づけて」という行為があるようです。

そう考えると、他動詞となるのでしょうか。

 

次は、「くぐる」と「かいくぐる」です。

 

       くぐる かいくぐる

  新明解8  自   自  
  明鏡3   自   自  
  三国7    他   他  
  岩波8   自    他 
  学研新6  自   自  
  三現新6   他   他 
  小学日   自   自  
  集英社3  自   自  
  旺文社11   他  自  
  新選9   自   自  

 

「くぐる」を自動詞とするのは、「門をくぐる」の「門を」を通過点と見なし、「対象」とはみなさないということでしょう。しかし、

 

  くぐる(自五)1 物の下やすき間などを通り抜ける。くぐり抜ける。
     「門[鳥居・暖簾のれん・トンネル]を━」[表現]時間に転用する。
     「長い沈黙の時代を━・って再登場する」
    2 もぐって水面下を進む。「水を━・って向こう岸にたどり着く」
    3 困難な事態や危険をかろうじて切り抜ける。くぐり抜ける。「戦火を
      ━・って逃げる」「貧困と暴力の時代を━・って生き延びる」
    4 すきをねらって事を行う。くぐり抜ける。「法の網[監視の目]を━」
                              明鏡

 

これらの「~を」すべてをそう考えていいのかどうか。

「くぐる」を自動詞とする多くの辞書は、「かいくぐる」も自動詞とします。

しかし、岩波は「くぐる」を自動詞とし、「かいくぐる」は他動詞とします。

 

  かいくぐる〘五他〙(すばやく)くぐる。「警察の目を―」「猛火を―」
    ▽「くぐる」よりも語勢が強い。   岩波

 

「語勢が強い」と他動詞になるんでしょうか。
おそらく、「警察の目」が通過点ではないからでしょう。

そう考えると、「くぐる」も、少なくともその一部は他動詞としての用法でしょう。
さて、どう考えたらいいのでしょうか。

これは、具体的な動作と、そのひゆ的な言い方の(文法的な)違いをどうとらえるかという問題でもあります。

 

旺文社は「かいくぐる」のほうを自動詞とします。どういう根拠があるのでしょうか。

 

  かいくぐる(自五)(「かい」は接頭語)1狭いすきまを巧みに通り抜ける。「鉄条
    網を-」2危険なところをうまく通り抜ける。「監視の目を-」  旺文社

 

「監視の目」も「うまく通り抜ける」「危険なところ」だから通過点だということでしょうか。

しかし、「くぐる」では「門を・水の中を・戦火を・法の網を」などの例をあげ、他動詞としているのです。

 

どうも辞書編集者たちの動詞の自他の判定基準がわかりません。