国語辞典の「自動詞・他動詞」(16):「恐れる」「怖がる」
心理・感情に関わる動詞の自他を。
「恐れる」と「怖がる」は辞書による自他判定の違いが大きい動詞です。
「恐れる」を自動詞とするものが4冊、他動詞とするものが4冊、自他両用とするものが2冊です。
恐れる 怖がる
新明解8 他 自
明鏡3 他 他
三国7 自他 なし
岩波8 自 自
学研新6 他 他
三現新6 自 自他
小学日 自他 他
集英社3 自 他
旺文社11 他 自
新選9 自 自
恐れる〘下一自〙相手の力に押されて心が弱くなる。㋐かなわない、どうし
ようもないと思ってこわがる。[恐・怖]「暴君を―」「夜が来るのを―」
㋑悪いことが起きるのではないかと心配する。[懼]「冷害の発生を―」
「失敗を―」▽㋑には「虞」も使う。㋒敬いの心が生じて、かしこまる。
「神を-・れないしわざ」▽㋒には多く「畏」を使う。 岩波
岩波は自動詞とします。「暴君を」「失敗を」「神を」という「を」の例をあげていますが、それらは
他動詞は動作・作用が他に影響を及ぼす意を積極的に表した動詞、自動詞は
そういう意を積極的には表していない動詞である。 (岩波「語類解説」)
という定義から自動詞と見なされるのでしょうか。
ちょっと前の記事で、岩波が「人目を避ける」「ラッシュアワーを避ける」を他動詞としていることを紹介しました。これらは、「恐れる」に比べて「他に影響を及ぼす意を積極的に表し」ているのでしょうか。
自動詞と他動詞を「影響を及ぼす」という意味的な基準で分けようとすると、どうしてもこういう曖昧なところが出てきます。
集英社も自動詞としながら「暗闇を」「病気の蔓延を」「失敗を」「神をおそれぬ振る舞い」という例をあげています。
新選(自)の用例。「戦争を」「失敗を」「神を」。
三省堂現代新(自)の用例。「敵を」「死を」。
新明解と明鏡は「恐れる」を他動詞とします。(表記情報は省略します)
恐れる(他下一)(なに・だれヲ-)「恐ろしい」という状態でいる(思う)。
「死を-/彼は人に恐れられている/失敗を-」 新明解
恐れる(他下一)1怖いと感じる。恐怖心をもつ。こわがる。「地震[死]を━」
「人目を━・れてこそこそと振る舞う」「『平成の怪物』と━・れられた剛球
投手」
2よくないことが起こるのではないかと心配する。危惧する。危ぶむ。
「失敗を━・れては何事もなしえない」「発覚を━・れて証拠隠滅を図る」
「イメージがダウンすることを━」
3すぐれたものに対して威圧されたような気持ちをもつ。畏敬の念をもつ。
おそれ多いと感じる。「神[運命・師の炯眼けいがん]を━」「師を-・れ
敬う」 明鏡
私はこれでいいと思うのですが。
三国は「自他」ですが、どの用法がどちらなのかはわかりません。
恐れる(自他下一)1おそろしいと思う(ようすをする)。「死を-・威勢に-」
2心配する。あやぶむ。「失敗を-・混乱を-」 三国
「威勢に恐れる」という例が自動詞用法で、他が他動詞用法ならわかりやすいのですが、そうかどうかはわかりません。
ただ、この例をあげたのは非常によいことだと思います。
書きことばコーパスを見ると、「勢いに・威光に 恐れる」という「威勢に」と似たような言い方が見つかります。
そのほかに、「~さに」という例がいくつかありました。
・本の厚さに恐れず、挑戦をお勧めする。
・しかし,一揆勢の激しさに恐れ,相談の上,許しを乞うために詫状を書いた。
・丁度人が暑さに恐れて皆家へ入っているインドの真昼間のように
・山の深さに恐れ、寸又峡温泉手前のキャンプ場で車中泊をした
・その谷の深さと大きさに恐れ、たじろぎ、
ちょっと書きことばという感じがしますが、こういう言い方があるのですね。
小学館日本語新も「自他」ですが、3つの用法の「文型」が1〔コト(モノ)ヲ〕2〔コトヲ〕3〔ヒトヲ〕となっていて、どの用法が自動詞用法なのかわかりません。
「怖がる」も「自」と「他」で大きく分かれます。それぞれ4冊ずつ。「自他」が1冊。三国はなぜか項目自体がありません。「怖がり」はあるのですが。
新明解と岩波は自動詞説。
怖がる(自五)怖いと思う(様子をする)。 新明解
怖がる〘五自〙こわいと思う。恐ろしがる。 岩波
「を」をとるかどうかという、国語辞典として大切な情報には知らん顔です。
同じく自動詞とする旺文社には「犬を怖がる」という例があります。新選は例なし。三現新も例なし。
他動詞とする明鏡。
怖がる(他五)怖いという気持ちを態度に表す。びくびくする。おそろしがる。
「雷を━」「ライバル社に━・られる存在」 明鏡第三版
私は、この項目に関しては明鏡のほうがよい国語辞典だと思います。
ただし、もっとよい辞典もあります。明鏡の第二版です。
怖がる(他五)怖いという気持ちを態度に表す。びくびくする。おそろしがる。
「雷[注射]を━」「━・ってばかりいては何もできない」「ライバル社に
━・られる存在」 明鏡第二版
どうしてわざわざ質を落とすようなことをするんでしょうねえ。
学研新は「犬を怖がる」のみ。小学館日本語新の「を」は「雷をひどく怖がる子」のみ。
集英社は「犬を怖がる」。犬が多いですね。
集英社は「恐れる」を自動詞とし、「怖がる」を他動詞とする。旺文社はその反対で、「恐れる」を他動詞とし、「怖がる」を自動詞とする(新明解と同じ)。
学研新は明鏡と同じく、どちらも他動詞。新選は岩波と同じく、どちらも自動詞。
群雄割拠という感じですね。同盟を組んで戦ったら、どこが生き残るのか。
さて、このような心理的な動詞で「を」をとるものを自動詞とするのは妥当かどうか。
そうするなら、少なくとも「自動詞・他動詞」の説明として、どこかにそのことを書いておくべきでしょうね。「他に影響を及ぼす/及ぼさない」というようなあいまいな説明のほかに。