ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(15):叫ぶ・ささやく・つぶやく

声を出すことに関する動詞の自他を。

「叫ぶ」を自動詞とする辞書が2冊(小学日・新選)、他動詞とする辞書が1冊(明鏡)、自他両用とする辞書が7冊です。

自動詞とする辞書は、「を」をとらないと考えるのでしょうか。それとも、「を」をとっても、それは「対象」ではないと考えるのでしょうか。

他動詞とする明鏡は「を」をとる用例をあげています。

 

  叫ぶ(他五)1 大声を出していう。大声を発する。「助けてと━」「鈴木君万歳
    と/を━」「快哉を━」「泣き━」2 強く主張する。声高に訴える。「戦争
    反対[予算の削減]を━」   明鏡

 

自他両用とする辞書で「を」の用例をあげている辞書の例として岩波を。

 

  叫ぶ〘五自他〙①大声をあげる。わめく。②比喩的に、ある意見を世間に向か
    って強く主張する。「再軍備反対を―」    岩波

 

新明解は受け身の例をあげています。「構文の型」として「(なにヲ-)」も示しています。

 

  叫ぶ(自他五)1 (だれニ(なにヲ)-/だれニなんだト-)何かを訴えるために
    (思わず)大きな声を出す。2 (なにヲ-)世間に向かって強く主張する。
    「危機が声高に叫ばれる」   新明解

 

「叫ぶ」の「を」の有名な例には、「世界の中心で愛を叫ぶ」というのがあります。
ほかに、

  何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。(山月記

というのもあります。

 

       叫ぶ  怒鳴る  わめく うなる がなる 

  新明解8 自他  自    自   自   自他     
  明鏡3   他  自他   自他  自他  自他        
  三国7  自他  自    自   自他  自他        
  岩波8  自他  自他   自他  自   自         
  学研新6 自他  自    自   自他  自他       
  三現新6 自他  自    自   自   自         
  小学日  自   自    自   自   自(他)      
  集英社3 自他  自    自他  自他  自         
  旺文社11 自他  自他   自   自   自       
  新選9  自   自    自   自   自        
   

「どなる」では他動詞の用法を認めるかどうかで「自」と「自他」に分かれます。

 

  どなる①〘五自〙大声で呼ぶ。大声で叫ぶ。②〘五自他〙声高く𠮟りつける。
    「子供を―のはよくない」「部下を-・りつける」   岩波

 

明鏡には「を」の例はありません。旺文社にもありません。「いたずらをしてどなられる」という受身の例がありますが、それは「を」の存在を保証しません。(「酔っぱらいが私に寄りかかる」→「酔っぱらいに寄りかかられる」)

書きことばコーパスを見ると、「どなる」対象は人で、「子供・私・人・部下・母 をどなる」などがあります。

 

「わめく」では明鏡が「大声で悪口をわめく」という「を」の例をあげています。岩波には「を」の例なし。集英社も「を」の例なし。
書きことばコーパスには「~ことをわめく」「言葉をわめく」「何をわめく」などがあります。

 

「うなる」で「他」とするのは「浪曲をうなる」(明鏡)のような用法を他動詞とするからです。
一方、それも自動詞としてしまう辞書が多いのです。これも「同族目的語」でしょうか?

 

「がなる」は三国に「歌をがなる」という例があります。学研新は「演歌をがなる」。
コーパスには用例があまりありません。「歌をがなる」「悪口をがなる」くらいです。


もう少し内容のあることを声に出す動詞をいくつか。


       ささやく つぶやく しゃべる ののしる 

  新明解8  自他    他    他   自 
  明鏡3    他    他    他    他
  三国7   自他   自他   自他   自他
  岩波8   自他   自    自他    他
  学研新6  自他    他   自他    他
  三現新6  自他   自    自他   自他 
  小学日   自    自他    他    他   
  集英社3  自    自    自他   自他
  旺文社11  自    自     自他   自他
  新選9   自    自     他    他

 

「ささやく」は当然「を」をとると思っていたので、自動詞とする辞書が多いのは意外でした。

 

  ささやく(他五)1 声をひそめて話す。ひそひそと話す。「耳もとで━」「甘い声で
    愛を━」[使い方]「風[こずえ]が━」など、自然が立てる静かな音についても
    いう。
   2《「ささやかれる」の形で》ひそかにうわさされる。「引退説がまことしやかに
    [公然と]━・かれている」  明鏡

 

コーパスには「言葉・愛・~こと・名前・何・名・恋・歌 をささやく」など、多くの例があります。

有名な例を。

 ・雨に壊れたベンチには 愛をささやく歌もない(五輪真弓「恋人よ」)

小学館日本語新は「恋をささやき合う」という用例を出しながら、自動詞としています。

 

「つぶやく」も当然他動詞だと思っていましたが、岩波その他の辞書が自動詞とします。

  つぶやく〘五自〙小声でひとりごとを言う。   岩波

  つぶやく(他五)小声で独り言をいう。「ぽつりと━ように言う」「小声で━」 明鏡

 

明鏡は他動詞としていますが、「を」の例はありません。
実は第二版にはあったのですが、第三版への「改訂」で「ぼそぼそと意味不明のことばを━」「心の中で━」という二つの用例が削られてしまいました。これも「改悪」です。

特にツイッターというものが広まってからは、「役に立つ情報をつぶやきます」のような使い方が増えたのではないでしょうか。(明鏡に「ツイートする」という意味がとられていないのは意外でした。三国・新明解にはあります。)

その他、「~こと・言葉・独り言・名・名前・セリフ・感想・内容」など多くの語が「~をつぶやく」の形になります。

「ささやく」「つぶやく」を自動詞とするのは、「を」をとるということに気づいていないのでしょうか。

 

「しゃべる」は当然他動詞とされます。自動詞の用法としては「よくしゃべるやつだ」のような例が出されます。「何を」が問題にならないので、自動詞だという判断でしょう。

 

「ののしる」では新明解だけが自動詞のみとします。他の辞書は他動詞とし、自動詞の用法を認めるかどうかで分かれます。

 

  ののしる(自五)下品な(ひどい)言葉を使って悪口を言う。   新明解

  ののしる〘五他〙(声高に)ひどい言葉で悪口を言う。   岩波

  ののしる(他五)非難してどなる。また、口汚く声をあげて悪口をいう。罵倒する。
    「人前で━・られる」   明鏡


明鏡や岩波は他動詞としますが、「を」の例をあげていません。「を」の例をあげているのは集英社で「人前で彼をののしる」です。

コーパスには「人・相手・(人の)こと・自分・私・彼 をののしる」など多くの例があります。

「自他」とする辞書も、それぞれの用法を区別して解説しているわけではありません。

 

以上の動詞については、多くの辞書が不十分だと思います。

 

言語に関する動詞をあと二つ見ておきます。


       言い返す 言い逃れる

  新明解8  自他    他
  明鏡3    他   自 
  三国7   自他   自他
  岩波8   自    自 
  学研新6   他    他
  三現新6  自他   自他  
  小学日    他    他  
  集英社3   他    他  
  旺文社11  自他    他   
  新選9   自他    他  

 

「言い返す」は岩波が自動詞とします。

 

  言い返す〘五自〙相手の言葉にたてつく。口答えする。「負けずに―」  岩波

 

これはこれでいいのですが、「言い返す」が「を」をとる例があります。

 

  言い返す(他五)1 さからってことばを返す。口答えする。「負けずに━」
    2 くり返して言う。「同じ話を何度も━」   明鏡

  言い返す(自他五)1 繰り返して言う。2 人の言葉に対して、こちらからも 
    ふさわしい返事をする。「機嫌よく-/こうも考えられると-〔=応酬する〕
    /負けずに-〔= a口答えする。b抗弁する〕   新明解

 

明鏡は他動詞とし、「繰り返して言う」という用法に「を」の例を出しています。
新明解は「自他」としていますが、「を」の例はありません。

データベースを見ると、次のような例が見つかります。

 ・相手のしゃべった言葉をそのまま言い返す。
 ・人から言われた言葉をそっくりそのまま言い返すことを
 ・日ごろ感じていることをこちらも言い返す形になりました。
 ・キッとにらんで気の効いた一言を言い返すくらいでいてほしい
 ・同じように失礼なことを言い返すのでは、自分もレベルが同じになりますね。

これらは他動詞としての用法です。

 

「言い逃れる」は岩波と明鏡が自動詞とします。多くの辞書が他動詞とします。

 

  言い逃れる〘下一自〙問いつめられた時うまく答えて、その場を逃げる。 岩波

  言い逃れる(自下一)うまく言いわけをして責任や罪を回避する。言い抜ける。
    「うそをついてその場を━」   明鏡

  言い逃れる(他下一)〔いろいろな口実をつくって〕自分だけは、罪や責任などを
    負わされることを回避する。    新明解

 

明鏡は「その場を言い逃れる」という例をあげていますが、自動詞とします。「その場を」は「対象」ではない、と考えるのでしょう。

データベースには「を」の例がありますが、あまり多くありません。

 ・いかに企業が人権に対する責任を言い逃れるかを示し、
 ・確かに親が責任を言い逃れるケースはあるけれど
 ・これを言い逃れる方法はいくらでもあります。
 ・さて、これをどのように言い逃れるかが、会話の後半部の楽しみである。
 ・平均値と実態が乖離していることをもっともらしく言い逃れる方法。
 ・事故後早々にデータを与えていたことをどのように言い逃れるのだろうか。
 ・景気回復に十分な成果を上げていないことを言い逃れるために、中国との貿易
  戦争を演出しようとしている

書きことばコーパスから。

 ・少なくとも、この場を言い逃れるための嘘や出任せではなさそうだ。
 ・詭弁を使って、その場その場を言い逃れながら、軍事拡大して行った
 ・経済問題解決の糸口を見つけられないことを言い逃れているにすぎない。
 ・負け惜しみが強く、自分の間違いを言い逃れるためこじつけて正当化すること。

どうでしょうか。これらの例は「言い逃れる」が他動詞であるという証拠にならないでしょうか。