ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(14):サボる・休む・避ける

 

「サボる・休む」などを。これらの動詞も、なぜか自他の判定が辞書によって大きく違います。

 

       サボる 怠ける おこたる 休む

  新明解8   他  自   自他  自他
  明鏡3   自    他   他  自他
  三国7   自   自他  自   自
  岩波8   自他  自他  自   自他
  学研新6  自   自    他  自   
  三現新6  自他  自他  自   自
  小学日    他  自他   他  自(他) 
  集英社3  自    他   他  自  
  旺文社11   他  自他   他  自他  
  新選9    他  自    他  自  

 

私の感覚では、「仕事を サボる/怠ける/おこたる/休む」で、すべて他動詞の用法があり、自動詞の用法があるかどうかをそれぞれ考える、で問題なしなのですが、どうもそうではないようです。

まず、「サボる」。自動詞が4冊、他動詞が4冊、自他が2冊です。

 

  サボる(自五)〔俗〕怠ける。怠けて休む。「学校を━」▽「サボタージュ」の略の
    「サボ」を動詞化した語。   明鏡

  サボる(他五)〔「サボタージュ」を動詞化したもの〕義務・責任としてしなければな
    らないことをなまける。     新明解

  サボる〘五自他〙〔俗〕サボタージュをする。また、なまける。「授業を―」 岩波

 

「学校をサボる」は他動詞ではない、と明鏡は考えます。岩波の「授業をサボる」は自他どちらの例なのでしょうか。新明解は他動詞としますが、用例をあげることをサボっています。

 

「怠ける」。明鏡は他動詞とします。新明解は自動詞とします。なんと。
集英社も明鏡と同じく「サボる:自」-「怠ける:他」で、新選は新明解と同じく「サボる:他」-「怠ける:自」です。なんと。

集英社は「授業をサボる」「勉強を怠ける」という例をあげています。

新選の用例は「学校をサボる」だけです。

 

  怠ける(自下一)それをする時間的余裕が有るのに、本来すべき事をしないで
     むだに過ごす。サボる。ずるける。     新明解
  怠ける(他下一)労力を惜しんですべきことをしないですます。ずるける。「レッ
    スンを━」「ぐうたらぐうたら━・けていないで少しは仕事をしなさい」 明鏡
  怠ける〘下一自他〙課せられた仕事や勉強など、すべきことを(まじめに)し
    ないでいる。おこたる。「作業を-・けて読書をする」    岩波

 

新明解は相変わらず用例をあげることを怠けています。明鏡の「レッスンを怠ける」が他動詞で、上の「学校をサボる」が自動詞だという考え方は私には理解できません。岩波の「作業を怠けて」は自他どちらの例でしょうか。

 

「おこたる」。「注意をおこたる」という同じ用例が、岩波・三国・三現新では自動詞の用例として、学研新・集英社・旺文社では他動詞の用例として使われています。新明解は「自他」としていて、「注意をおこたる」などがどちらの用例かわかりません。おそらく、他動詞だと思うのですが。

 

  おこたる〘五自〙しなければいけない事を、なまける。「仕事を―」「注意を―」
                        岩波

  おこたる(他五)なまけたりさぼったりして、なすべきことをしない。「義務[練習
    ・調査の報告]━」「努力を━(=惜しむ)」「警戒[最終的なつめ]を━
    (=おろそかにする・いい加減にする)」⇔勤しむ     明鏡

  おこたる(自他五) (なにヲ-)すべき事をしない状態でいる。なまける。「義務
     (注意・準備・対策・努力)を-」        新明解

 

「休む」。
三国はすべての用法を自動詞とします。用例には「を」のものはありません。
岩波と新明解は「自他」とし、用法を分けます。

 

  休む〘五自他〙①働きを一時やめて安らぐ。㋐休息する。休養を取る。「少し
    -・んで、また始めよう」㋑寝床にはいる。「今夜はもう-・もう」
   ②活動を中断する、または中断した状態を呈する。「日曜も-・まず働く」「店が
    -・んでいる」。欠席・欠勤する。「会社を―」
    ▽①は自動詞として、②は主に他動詞として使う。  岩波

  休む(自他五)1仕事(活動)を一時やめて、心身を楽にする。「ツバメが電線に
     休んでいる〔=とまっている〕/しばらく-〔=休憩する〕か」
    2 睡眠をとるために寝る。「もう遅いから、休もう」
    3((なにデ)なにヲ-)個人の都合で、本来その日にしなくてはならない
     通勤(通学)をやめたり 仕事をしなかったり する。「学校(会社)を-/
     病気で-/日曜も休まずに勤めに出る」
    4 (なにヲ-)組織体の申合せにより、その日の業務は行なわないことにする。
     「週に二日-会社」   新明解

 

岩波の①と新明解の1・2、岩波の②と新明解の3・4は対応しています。
休息・就寝は自動詞、欠席・欠勤・活動(業務)の中断は他動詞です。(この「中断」というのはあまり適切だと思えませんが。)
岩波は「主に」という言い方で、含みを残しています。

 

以上のような「を」の例を、三国が自動詞と見なすのはどういう根拠によるのでしょうか。「直接に影響を及ぼす対象」でないと考えるのでしょうか。三国の外にも、4冊の辞書が「休む」を自動詞としています。どのような理由でそうするのか。

小学館日本語新は、基本的には自動詞とし、「学校・店・会議を休む」など「を」をとる場合は他動詞だとしています。つまりは岩波などと同じです。


明鏡も岩波・新明解と同じく「自他」とするのですが、その用法の分け方はよくわかりません。

 

  休む1(自五)① 心身の疲れをとるために仕事や活動を中断する。休憩する。
     休息する。「昼食後、横になって一時間ほど━」「━・まないで働く」
    ② 眠るために床につく。寝る。「毎晩十時に━」
    ③ 仕事や勉強のためにいつも通っている場所に行かないで(家にいたままで)
     すます。「会社[学校・舞台]を━」
   2(他五)① いつもしている仕事・業務を(例外的に)しないですます。休みに
    する。〔個人についても組織についてもいう〕「昨日は風邪で仕事を━・んだ」
    「都合により診療を━」
    ② 恒常的・習慣的にしている行動や活動を一時的にやめる。休みにする。
      「体調を崩してジョギングを━」        明鏡

 

休息と就寝を自動詞とすることは、岩波・新明解と同じですが、「会社[学校・舞台]を休む」も自動詞とします。
そのこと自体は(三国と同じで)一つの考え方だと思いますが、わからないのは他動詞のほうに「昨日は風邪で仕事を休んだ」があることです。「昨日は風邪で会社を休んだ」とすると、自動詞なのでしょうか。
他動詞の「都合により診療を休む」と、自動詞の「舞台を休む」とがどう違うのかもわかりません。


明鏡の用法の分け方がわからない別の例として、「避ける」「よける」があります。

 

       避ける よける

  新明解8   他   他
  明鏡3   自他  自他   
  三国7    他   他 
  岩波8    他   他 
  学研新6  自他   他 
  三現新6   他   他 
  小学日    他   他 
  集英社3   他   他 
  旺文社11   他   他 
  新選9    他   他 

 

多くの辞書が他動詞とする中で、明鏡は自動詞の用法があるとします。それ自体は一つの解釈だと思いますが、他動詞の用法との区別のしかたがわかりません。

 

  避ける 1(自下一)遠ざかったり身をかわしたりして、迫りくる危険や不都合など
    とかかわりを持たないようにする。~から身をよける。「嵐[ラッシュ時]
    を━」「人目を━・けて会う」「あの人は最近私を━・けている」「━・けて
    通れる問題ではない」[使い方]「敵の攻撃から身を━」など、~ヲに〈対象〉
    をとる他動詞用法もある。
    2(他下一)① 事前に手を打って、危険や混乱などの不都合が起こらないよう
    にする。回避する。「最悪の事態[混乱]を━」② 混乱・摩擦などを防ぐため
    に、都合の悪い行動を控える。差し控える。慎む。「結婚式では忌み言葉を━」
    「常温での保存を━」「明言を━」    明鏡

  よける 1(自他下一)〖避〗行き当たらないようにわきに寄る。また、ぶつから
    ないように身をかわしてさける。「ぬかるみを━・けて通る」「バックして
    くる車を━」
    2(他下一)①〖避〗害を受けないように前もって防ぐ。さける。「囲いをして
    風を━」②〖除〗取り除いて別にしておく。のける。「不良品を━」  明鏡

 

「さける」の他動詞の例の中に「最悪の事態[混乱]を避ける」がありますが、「嵐[ラッシュ時]を避ける」は自動詞とします。
自動詞の説明の後の「使い方」では、「敵の攻撃から身を避ける」は他動詞用法であり、この「身を」は「対象」であるとします。私には「嵐」が「対象」とされない理由がわかりません。

「よける」では、1の用法を「自他」としているので、「ぬかるみ・車を よける」が自動詞の例なのか他動詞の例なのかわかりません。「風をよける」は他動詞だとします。

以上の明鏡の自他の区別、「対象」の考え方は私にはわかりません。


明鏡と同じく「さける」を「自他」とする学研現代新は、3つの用法で5つの用例を
あげていますが、すべて「を」をとる用法です。
どれが自動詞の用法で、どれが他動詞の用法かはまったくわかりません。

  さける(自他)1「台風を避ける」「人目を避ける」2「食事時を避けて会う」
    3「対決を避ける」「明言を避ける」   学研新


どちらも他動詞とする例として、岩波の項目をのせておきます。

 

  さける〘下一他〙好ましくない物・事から離れた位置をとる。
    ㋐触れないようによける。「自動車を―」「人目を―」
    ㋑同じ時にならないよう時をずらす。「ラッシュアワーを―」
    ㋒関係することをきらう。「いざこざを―」
    ㋓ある言動をとらないようにする。遠慮する。「乱暴な言葉を―」
    ▽「裂く」と同語源。              岩波

  よける〘下一他〙出会わないように、わきへ退く。さける。「水たまりを-・けて
    通る」。(その場から)退ける。「邪魔な机をわきへ―」。のがれる。防ぐ。
    「雷を―」「霜を―」               岩波

 

これは、私にはわかりやすいものです。

 

前に引用した明鏡の「品詞解説」の自動詞・他動詞の説明をもう一度。

 

 明鏡国語辞典 第三版「品詞解説」(p.1816)より       

  自動詞・他動詞は、以下のように区別する。 
  (ア)「割れる/割る」のように、形態的な対と「~が/~を」の格の対応がある
    ものは、「~が」を取るものを自動詞、「~を」を取るものを他動詞とする。
    「夜を明かす」のように、「~を」への働きかけは希薄でも、「夜が明ける」
    のような対を持つものは、他動詞とする。 
  (イ)対を持たないが、「~を」を取る動詞のうち、「ご飯を食べる」「石を蹴る」
    のように意味的に「~を」への働きかけの強いものは、他動詞とする。  
  (ウ)「道を歩く」や「幸福な人生を送る」など、移動や時間の経過を表す動詞
    で、対もなく、「~を」への働きかけも認めにくいのは、自動詞とする。 
  (エ)「人にかみつく」のように、対象への働きかけはあるが、「~を」にはなら
    ないものも、自動詞とする。  
  (オ)「ダンスを踊る」「マラソンを走る」のように、対がなく、しかも動詞と意味
    的に近接した名詞(いわゆる「同族目的語」)だけが「~を」で現れるもの
    は、項目の品詞表示では自動詞とするが、[語法]で他動詞としての用法がある
    ことを注記する。

 

この中で「サボる」を自動詞とする根拠となりそうなものは「対象への働きかけ」が弱い、というようなことでしょうか。

「休む」や「避ける」の自動詞用法とされる「を」はどうなのでしょうか。

「嵐を避け」ても、「最悪の事態を避け」ても、「対象への働きかけ」がないことは同じだと思うのですが。(前者は自動詞、後者は他動詞の用例)

 

明鏡の分析が、理論的に筋の通ったものであるという可能性は否定しませんが、その根拠がわかるような「品詞解説」を書いておいてほしいものだと思います。