ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

黄色人種

ちょっと微妙な話ですが。新明解から。

 

  おうしょく[黄色]「きいろ」の漢語的表現。こうしょく。-じんしゅ[-人種]〔白色人種・黒色人種に対して〕皮膚が黄色の人種。頭髪は黒い。日本人はこれに属する。  新明解

 

黄色人種」の説明として、「皮膚が黄色の人種」と言っています。

子供のころ、「黄色」って変だよなあ、と思いました。自分やまわりの人を見て、「黄色」じゃないよなあ、と。今でもそう思います。(何色かと言えば、その当時は「肌色」ということばが使われました。「肌色」は、今では逆に問題になっていますが。)

一つには、「yellow」と「黄色」の意味範囲、特に「黄色」と言われて典型的に思いうかべる色と、「yellow」が指しうる色(「黄色人種」の肌の色も?)の違いによるのだろうと思います。
(子供が絵を描くとき、欧米(?)では太陽を黄色く塗る、ということもこれにつながるのでしょうか。)

また、「日本人はこれに属する」ということをはっきり言っておくことも重要です。それを知らない人を前提にして辞書を作る。

 

  おうしょく[黄色]〔文〕きいろ。こうしょく。・-じんしゅ[黄色人種]はだの色が黄色がかったうす茶色をおびて、目とかみの毛は黒い人種。大部分は東洋に住む。モンゴロイド。おうしょくじんしゅ。⇒:人種・蒙古斑  三国

 

三国の編集者に、「黄色」に疑問を感じる人がいたようです。

「黄色がかったうす茶色」です。「うす茶色」かなあ。赤ちゃんの肌の色と、多少は日に焼けた大人の顔あたりの色と、どちらを「その人種の肌の色」と考えるか。

 

  おうしょくじんしゅ[黄色人種]人種の一つ。皮膚は黄色みがかったうす茶色で、目と髪の毛は黒い。モンゴロイド。こうしょくじんしゅ。[関連]-・黒色人種・白色人種  三省堂現代

 

こちらも同じです。影響というより、同じ人が書いているのでしょうか。ただ、「黒色人種・白色人種」は三国には欠けていました。

 

明鏡と岩波はあっさりです。

 

  おうしょく[黄色]きいろ。「-人種」  明鏡

  おうしょく[黄色]きいろ。「-人種」▽「こうしょく」とも言う。  岩波 
 
これだけで、「黄色人種」の項がないのは、それは社会科の知識だから、そちらで勉強してほしいということでしょう。

現代例解。

 

  おうしょく 黄色 きいろ。こうしょく。
  おうしょくじんしゅ 黄色人種 アジア大陸に大部分が分布する、皮膚の色が黄色である人種の総称。他の特徴として直毛、少ない体毛、短頭、平面的顔面などがある。  現代例解

 

「黄色」です。「短頭」ですか。「平面的顔面」などと言われると、「テルマエ・ロマエ」を思い出しますね。上戸彩がそう言われていたんでしたっけ。

他の辞書も似たようなものなので、省略します。皆「黄色」です。
集英社は「皮膚の色が黄色いとされるアジアの諸民族」と書いています。この「とされる」に多少のこだわりを感じます。)

例解新は「きいろみがかった皮膚」としていますが、「きいろみがかる」元の色、地の色をどう考えるのでしょうか。そこが問題でしょう。

 

人種差別のことは別として、「皮膚の色が黄色」という言い方に、ことばの問題として「ん?」と思わないかどうか。

しかし、どう書けばいいか。「黄色がかったうす茶色」も悪くはありませんが、何か違うように思います。

 私の代案はありません。「黄色人種」というのは、日本人以外に多くの「人種」を含み、けっこういろいろな色合いが含まれているのだろうと思います。

思うに、「白人」「黒人」(これらの概念も怪しいのですが)以外の人々をまとめて呼ぶための、かなりおおざっぱな言い方だったんじゃないか、と(不勉強なまま)思います。

 

そこで、「人種」ということば、その分け方の問題になります。

 

  人種 1人類を皮膚・髪の色など生物学的な特徴に基づいて大きく分けた種別。「-による差別を撤廃する」2俗に、生活環境・生活様式などによる、人の大まかな分類。「自分の利益をはかることしか考えられない-とはつきあえない/どちらかと言えば怠け者に属する-」  新明解

  人種 1体質・体格の共通な特徴によって分けた、(白色・黒色・黄色)人類の種別。「有色-・-のるつぼ〔=多くの人種が入りまじっている〕2共通の特徴をそなえたグループ。「山の手-」  三国

 


「人種」というのは、かなり難しい議論のあることばだと思いますが、肌の色を基準にして「白色・黒色・黄色」の三種に分けるのはおおざっぱすぎるでしょう。その他の「体質・体格」や遺伝学的な情報を入れると、そんなかんたんな話ではありません。「肌の色」とは違った分類のしかたが様々あり、その境界線は一致しません。

科学的な議論は別として、一般的な「人種による差別」を引き起こす単純な分類は「非科学的」として退けられるべきです。

 では、国語辞典としてはどう書けばいいか。

 

  人種 1皮膚の色、骨格、髪の毛など、形質的な特徴によって分類した人類の種別。▽その概念は、時代、社会によって異なっており、今日では、科学的に厳密な定義はできるものではないとされる。2〔俗〕生活習慣・気質などによって分けた人の種別。  明鏡

 

この明鏡の注記がいいと思います。国語辞典は、ある語に関する一般的な常識(意味・用法)を書くと同時に、その問題点も書いておくことが必要だと思います。