ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

アート

「アート」もわからないことばです。

 

  三国  アート 芸術。美術。「-デザイナー」

 

「芸術」と「美術」は、どう考えても意味範囲の違う語ですから、このようにただ並べてはいけません。芸術のほうが美術より広いので、広義と狭義ということでしょうか。なぜ「①芸術。②美術。」としないのか。

同じような書き方の辞書がいくつかあり、新明解では順番が逆になります。

 

  岩波  芸術。美術。「モダン-」

  現代国語例解  芸術。美術。「アートシアター」「モダンアート」「アブストラクトアート」

  明鏡  芸術。特に、美術。「モダン-・ポップ-」

  学研現代新 (造語)「芸術(特に美術)に関する」の意を表す。「モダン-」「ポップ-」 

  新明解  美術。芸術。「-デザイナー・モダンー」

 

さて、「モダンアート」とは「現代芸術」なのか、「現代美術」なのか。それはどのようにしてわかるのか。上の辞典の編集者たちはどう考えているのでしょうか。

三国には、「モダン」の項に「モダンアート」が例としてあげられています。

 

  三国  モダン ①近代の。現代の。「-アート(=現代美術)・(以下略)

 

明鏡には「モダンアート」という項目があり、「近代絵画。現代絵画。」と説明されています。

「アート」は、ある場合は「芸術」であり、ある場合は「美術(絵画)」なのでしょう。それなら、そういう語をいくつか例としてあげ、それぞれ分類して示すべきでしょう。

そういう辞書はないのでしょうか。

 

アーティスト

三省堂国語辞典の外来語の語釈は、単に訳語を当てるだけのときがあります。その外来語をわざわざ使う意味合いを解説してほしいのですが。

 

 アーティスト ①芸術家。「フラワー-」②歌手。演奏家。「ソロ-」△アーチスト。

 

これでいいと考えているとすると、ちょっと語感が疑われます。「アーティスト」は単なる「歌手」ではありません。

 

  明鏡 芸術家。特に、美術家。近年、歌手・演奏家の意で使うことも多い。

  岩波 アーチスト 芸術家。特に、美術家・(ジャズやポピュラー音楽の)演奏家。アーティスト。

  例解新 芸術家。とくに、芸術の新しい分野で活躍する人や、ポピュラー音楽の歌手・演奏家など。

 

明鏡は三国に近い説明です。岩波は「演奏家」に限定を加えています。例解新の「芸術の新しい分野」とは何かが問題ですが、ともかく、ただ訳語で置き換えるだけでなく、それぞれ情報を付け加えて、より正確に説明しようとしています。

日本語の「芸術家」「演奏家」などにはない、何か別の意味合いが加わるからこそ、「アーティスト」という外来語が使われるのでしょう。単に、ことばとしての目新しさだけではないはずです。

 

い(位)

三省堂国語辞典から。

 

  -い 位(接尾) ①くらい。順位。「第一-・三段-」②死んだ人の霊(レイ)をかぞえる尊敬語。「英霊百-」③体位。「正常-」

 

①の語釈についても、細かく言うといろいろ言いたいことはあるのですが、それは今回は言わないことにして、この③の用例です。

「正常位」とだけ、例を示して、その意味が利用者にすぐわかるのか。今時の中学生は、こんなことばは当然知っているだろうと編者は考えているのでしょうか。

かりに、わからない人がいたら、「せいじょうい」という項目があるかどうか引いてみるのでしょうが、そういう項目はありません。

では、「体位」を引いてみるとどうなるでしょうか。

 

  たいい 体位(名) ①体格・健康・運動能力などをまとめて言うことば。「-の向上」②からだの位置・姿勢。「〔介護を受ける人の〕-変換」

 

この①の語釈で考えると、「正常位」とは「正常(な)体格・健康・運動能力など」の意味になってしまいます。何の指定もなければ、基本的な①の意味用法だと考えるのが当然ですから。

そう解釈されないためには、上の「位」の③のところで、「体位(2)」とでもして、「体位」の②の意味だよ、と指定しておく必要があります。そうしておけば、「正常位」とは「正常なからだの位置・姿勢」という、より自然な意味として解釈されるでしょう。

しかし、それでもまだ「正常位」の一般的な意味にはたどりつきません。まったく、こう書いていて、少しアホらしくなってきます。

用例に出すことばは、その辞書の中できちんと意味が解釈できるようにすべきです。

「正常位」ということばは、まじめに、ふつうに使われることばですから、大きな辞書には当然あるだろうと思ったのですが、広辞苑大辞林にはありません。デジタル大辞泉にはありました。

 

  せいじょう‐い【正常位】性交の際、仰向けになった女性に男性がおおいかぶさるような体勢。

 

このように、まじめに記述をする辞書が、用例にこの語を使ってもいいのです。三省堂国語辞典の編者は、ちょっとふまじめなのではないでしょうか。

 

EU・EC

イギリスが離脱するという国民投票がずいぶん話題になりましたが、その「EU」を三省堂国語辞典で見てみると、

 

  イーユー EU ヨーロッパ連合欧州連合。EC〔=ヨーロッパ共同体〕から発展し、1993年に発足した。

 

まあ、これでいいんでしょうね。一応、EC も見てみると、

 

  イーシー EC  ヨーロッパ共同体。欧州共同体。政治的・経済的な統合を理念として、1967年に発足した。EUの中核組織。

 

ん? 「EUの中核組織」? これでは、今も EU の中にEC が存在しているかのように読めますが。「中核となった組織」の意味でしょうか。

しかし、そう読め、というのは無理があるように思います。 

これも、いつもながらの三国編集者のかんちがいでしょうか。

 

児童語

人に教えてもらった話なのですが、あまりにもわかりやすい話なので書いておきます。

三省堂国語辞典は、ことばの文体的な特徴を示すために、たとえば〔文〕〔話〕〔俗〕などの略語を使っています。この三つの例はそれぞれ、「文章語」「話しことば」「俗語」であることを示します。

表紙見返しの「略語表」の中に「文体」を示す略語の一覧があります。

そこに〔児〕というのがあり、「児童語」を示すということです。「児童語」とはどういう語なのでしょうか。凡例にあたる「この辞書のきまり」の中には特に説明がありません。

では、「児童語」という項目が辞書本文にあるのかというと、「児童」しかありません。

  児童 ①子ども。〔児童福祉法では、零歳から十八歳まで〕②小学校   

     に行って授業を受ける子ども。(←→生徒・学生)

ということは、「児童語」とは、「零歳から十八歳まで」または小学生の使うことば、なのでしょうか。まさか。

なぜ「児童」の項目の複合語として「児童語」がないのでしょうか。

似たようなことばとして、「赤ちゃん語」「幼児語」ということばもあるので、そちらを引いてみると、「幼児」の複合語として「幼児語」があります。

  幼児語  小さい子が話す、子どものときだけのことば。例、うまうま・ぶうぶう。

なるほど。これはよくわかります。「うまうま」「ぶうぶう」を引くと、それぞれ〔児〕という略語がつけられています。

  ぶうぶう 〔児〕①自動車。②ぶた。

しかし、「児童語」の略語として〔児〕を使っておきながら、辞書本文には「児童語」がなく、「幼児語」の項でその概念が説明されているというのは、、、どんなものでしょうか。

かんたんに言って、「ポカ」でしょう。

「児童語」はやめて、「幼児語」にし、略語は〔幼〕にする。そう直せばいいでしょう。

他の辞書も「幼児語」を使っています。(それで、三国はあえて「児童語」にした? しかしなぜ?)

 

  【幼児語】言語習得期にある幼児に対して養育者が、発音しやすいよ

    うにとの配慮から与える片言(カタコト)に似た表現。また、それを

    まねていう幼児の表現。「よしよし」を「ヨチヨチ」、「犬」を

    「ワンワン」と言うなど。

    〔広義では、小学校低中学年の児童の使う言葉をも指す〕

                 [新明解国語辞典第七版]

  あんよ ①「歩くこと」の意の幼児語。②「足」の意の幼児語

                 [新明解国語辞典第七版]

  ぶうぶう  幼児語で、自動車。  [明鏡国語辞典 第二版]

 

いいえ:否定疑問

新明解の「いいえ」の項にある「否定疑問」に対する答え方がおかしいように思うので。

まずはよいと思う例。明鏡国語辞典の解説を。

 

  明鏡 相手や自分のことばを打ち消したり反対の気持ちを表したり

    する語。いえ。いや。「『連休は旅行ですか?』『-、旅行に

    は行きません』」「『父はまだ来ませんか?』『-、とっくに

    お見えです』「『お世話になりました』『-、何のおかまいも

    できませんで…』」⇔はい・ええ △丁寧な言い方の口頭語。

     [語法] 否定疑問の「まだ終わりませんか?」などでは、「い

    いえ、もう終わりました」「はい、まだ終わりません」のよ

    うに、質問内容を否定するときは「いいえ」、肯定するとき

    は「はい」を使う。     

 

そして、何かかんちがいしているような新明解国語辞典

 

  新明解 相手が問いかけた事柄について打ち消すことを表わす。

    「『お好きですか』『-嫌いです』/『つまらなくはなかった』

    『-そんなことは有りません』」⇔はい

     [文法]「君は昨日は会社に来なかったか」と否定の形式の問い

    かけを受けた際に、聞き手が「来なかった」ことを予測した上

    での問いかけととらえれば「はい、来ませんでした」となる。

    また、聞き手が「来たこと」を予測した上での問いかけだと

    とらえれば「いいえ、来ました」となる。(新明解七版)

 

この最後のところ、「いいえ、来ませんでした」でなければおかしいのでは?

問いと答えを並べると、

    「会社に来なかったか?」(来なかったよね?)

      はい、来ませんでした / いいえ、来ました

    「会社に来なかったか?」(来たよね?)

      いいえ、来ませんでした / はい、来ました

こうなるはずですが。

 

かわいい・かわいらしい

前回は「愛らしい・愛くるしい」について考えたのですが、「どちらも「かわいらしい」にことに違いはないとして」などと書いてしまいました。では、「かわいらしい」とはどういう意味でしょうか。また、「かわいい」とは。

 

  かわいらしい 〔小さいものなどが〕ほほえましいようすだ。「-口・-しぐさ」

  かわいい  1〔子どもなどが〕大切で、守ってやりたい感じだ 2〔小さいものなどが〕愛情をいだかせるようすだ「-女の子・-花・-声」 (3~5省略)                             

                     (三省堂国語辞典)

「愛情をいだかせるようすだ」というのは「愛らしい」の語釈にもありました。三国の編者が好きな表現のようです。「ほほえましい」とはどういう様子を指すのでしょうか。

 

  ほほえましい  ほほえみたくなるように、好ましい。「-光景」

                     (三省堂国語辞典)

 

「小さいものなどが、ほほえみたくなるように、好ましい」。ふーむ。難しいですねえ。これ以上、どう言ったらいいのか。

「かわいい」の、「大切で、守ってやりたい感じだ」というのはいいですね。確かに、そういう気持ちを持ちます。

新明解を見てみましょう。こういう語は、頑張って書きたがる辞書です。まず、「かわいい」から。

  

  かわいい 〔文語「かははゆし」から来た「かはゆい」の変化と言われ、原義は、ほうっておけば悪い事態になるのをそのまま見過ごせない、の意〕

   1親が我が子にいだく心情のように、どんなことがあっても無事に過ごせるように守ってやらなければならないという気持に駆られる様子だ。「我が子を-と思わない親はいないだろう」

   2無心に親に甘える子供のように、表情やちょっとしたしぐさなどにほほえましさを感じ、いつまでも見守っていたいといった感情をいだく様子だ。「笑顔が-女の子」「口元がかわいく開いたペットの-子犬」「-声で歌う」「頑固そうなあの男にも、意外に-〔=心根のやさしい〕ところがある」

   3(a)小さくて頼りない(弱弱しい)感じがするところに親しみやすさをいだかせる様子だ。「-〔=小さいなりに観賞に堪える〕花」「髪に-リボンをつける」

   (b)同種の他のものと比べて小さい意。「掌に収まる-ラジオ」「邸どころか何とも-家」
                     [新明解国語辞典第七版]

 

頑張って書いていますね。1を特に別に書いたところに、この語への思い入れを感じます。では、「かわいらしい」は。

 

  かわいらしい  目にしたものがいかにも「かわいい23」といった印象を与える様子だ。「-笑顔を浮かべる少女」「かわいらしく挨拶(アイサツ)する子供」
                   [新明解国語辞典第七版]

 

こちらはあっさり書いています。「いかにもかわいい」つまり、より強調した言い方だ、ということでしょう。「かわいい」の1に当たる用法はないとしています。

次に、類語大辞典。

 

  かわいい  小さかったり、幼さや幼さを含みもつ美しさ、素直さなどが感じられて、愛さずにはいられない様子。「~女の子」「~顔」「~しぐさ」「~子犬」「~靴」「年のわりには~ことを言う」「だれでも自分が~」「~子には旅をさせよ(子供は世の中に出して苦労をさせるのがよい)」

  かわいらしい  小さくて、いかにもかわいいと感じられる様子。「お隣の息子さんと~お嬢ちゃんが駅前を歩いていたわよ」◇「かわいい」よりも心理的な傾斜が少なく、対象の様子を客観視するニュアンスがある。

 

用例が多いのはいいのですが、「自分がかわいい」のような、他の辞書ではかなり別の意味・用法として扱われているものまで一緒にしているのはちょっと感心しません。

また、「かわいらしい」は「かわいい」よりも「対象の様子を客観視」しているという注記には、ちょっと首をかしげてしまうのですが、どうでしょうか。

「かわいい」「かわいらしい」「あいらしい」「あいくるしい」の4語をどう説明するか。これはなかなか難しい問題のようです。