ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

ウエスト

エストポーチからウエスト本体の話へ。

三省堂国語辞典から。

 

  ウエスト(名)〔waist〕〔服〕①胸と腰の間の細くなっている部分(の寸法)。胴まわり。〔Wで示す〕②〔女性の衣服で〕「ウエスト①」の部分。「-ライン」

 

三国によれば、ウエストとは「胸と腰の間」です。すなわち、「胴」のまわり。新明解も同じです。

 

  新明解  胸と腰の間の一番細くくびれた所(の太さ)。〔狭義では、婦人服のその部分を指す〕

 

「細くくびれた所」です。そこで、いわゆる「スリーサイズ」の一つになるわけでしょう。

しかし、岩波ははっきり違います。

 

  岩波  腰。衣服の胴部。

 

エストは「腰」です。「胸と腰の間」ではありません。しかし、衣服では「胴部」で、三国・新明解と同じです。さて、これはいったいどういうことか。

大辞泉を見てみます。

 

 大辞泉 腰部。肋骨(ろっこつ)と骨盤の間のくびれた部分。

 

おや? 「腰部」とはつまり「腰」ですよね。でも、「くびれた」部分。「腰」とは「くびれた部分」ということになって、新明解の「胸と腰の間の一番細くくびれた所」と対立します。 

三国と新明解は、ウエストとは「胸と腰の間」と言っているのですが、複合語になると少し違ってきます。

 

  ・-ニッパー 女性の下着の一種。腰のまわりをしめつけて、すらりと見せる。(三国)

 

新明解も同じです。でも、「腰のまわり」をしめつけてどうするのか。「ウエストニッパー」なのだから、三国・新明解の言う「胸と腰の間」つまり「ウエスト」をしめつけないと。(しつこくてすみません)

 

  新選  女性用下着の一つ。ウエストの部分を締めて細く見せるためのもの。

 

新選は、「ウエストの部分」を締めています。当然でしょう。

腰のまわりかウエストか。そもそも「腰」とはどこなのか、です。

 

  腰 足が胴体につながったところで、からだを回したり、曲げたりする部分。「-を締める・-をかがめる・-をおろす」     (三国)

 

どうも今一つはっきりしません。「足が胴体につながったところ」では漠然としすぎていないでしょうか。
「締める」のは、上で見たように、ウエストでしょう。「おろす」のはむしろ尻です。

結局、「腰」がきっちり決められないから、「ウエスト」と「腰」の関係がはっきりしないのでしょう。

 

新明解の「腰」。 

  新明解 腰 胴体の下部で、上体と下肢をつなぐ部分。直立する・すわる・屈曲するなどの軸となる重要な部位。輪郭のくびれている部分をウエストと言い、骨盤の両側で大腿(ダイタイ)の上端に当たる部分をヒップと言う。

 

新明解はウエスト・ヒップどちらも「腰」とします。それはそれで一つの解釈でしょうが、そうすると「ウエスト」の「胸と腰の間の細くなっている部分」と矛盾します。執筆者・編集者はこの矛盾に気付いていないのでしょうか。

 

明鏡の「腰」。 

     明鏡 腰 ①胴体の下部で、脊椎が骨盤と連絡している部分。上半身を曲げたり回したりするときの基点になる。腰部。「━が曲がる」「━をおろす」
   ② ①の周り。ウエスト。「細い━」

 

明鏡は②で「腰」の周りはウエストだとしています。でも、明鏡で「ウエスト」を見ると、

 

  明鏡 ウエスト 腰と胸の間のくびれて細くなった部分。胴回り。また、衣服の胴回り。略号W 

 

で、やはり「腰と胸の間」です。「腰の周り」ではありません。明鏡は明鏡で、矛盾しています。

さて、それぞれの「ヒップ」を引いてみると、

 

    ヒップ

    [hip] 尻しり。また、尻回り(の寸法)。[明鏡]
      〔hip=尻(シリ)〕腰回り(の寸法)。 [新明解]

 

となります。新明解は「尻」の回りを「腰」回りと言っていることになります。

明鏡は、「胴回り」と「尻回り」で、「腰回り」は使いません。

三国はというと、

 

  ヒップ ①(女性の)尻。「みごとな-」②〔服〕尻のまわり(の寸法)。腰回り。〔Hで示す〕「-サイズ」 (三国)

 

こちらははっきり「尻のまわり」を「腰回り」とも言っています。(①の用例は、こういうのを出していいのかなあ、と思いますが)

 

大辞林の「腰」。

 

     大辞林 人体で、脊柱の下部から骨盤のあたり。体の後ろ側で胴のくびれているあたりから、一番張っているあたりまでを漠然とさす。上体を曲げたり回したりするときの軸になり、体を動かしたり姿勢を保ったりするときに重要なところ。人間以外の動物にもこれをあてて言うことがある。「-を下ろす」


 「漠然とさす」というのが正直なところでしょうか。「体の後ろ側」というのも他にない言い方です。(では、前側は何と言うのでしょうか。)

 

世界大百科事典 第2版の解説を見てみます。


   こし【腰】一般に背骨の下部,上半身を曲げたりひねったりすることのできる部位を指す語。解剖学的には腰部の範囲は狭小だが,日常語としての〈こし〉が指す部分はあいまいで広い。〈こしぼね〉には寛骨や仙椎も含まれ,〈こしをかける〉とは実は尻をかけることである。柔道で相手を臀部に乗せて回し投げる技を腰車という。武士は腰刀を側腹部に差していた。くびれた腰の線とは側腹部を後ろから見た輪郭のことである。このようなあいまいさは他の言語にもある。

 

「日常語としての〈こし〉が指す部分はあいまいで広い。」というのはいいのですが、最後の、「このようなあいまいさは他の言語にもある」というのは、確かにそうでしょうが、ここで言うことかなあ、とも思います。

 

さて、私なりの結論は、「腰」があいまいなのはしかたないとして、「ウエスト」の語釈に「胸と腰の間」と書くのはよくないだろう、ということです。

「腰の上部の細くなったところ」(「細くなっ」ているかどうかは人にもよるのだけれど、と我が身を省みて思うところです)とでもするのがいいのではないでしょうか。