ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

トゥ:続き

「トゥ」という外来語の表記についての話を続けます。  

前回、「コゥ」という表記をもし発音するなら、「こ」を強く、「ぅ」を弱く発音する英語の二重母音のようになるだろうということを書きました。
   
しかし、「トゥ」はそのようには発音せず、[tu] と発音することになっている、ということも。

どうしてそう読むことになっているのか。
日本語の外来語表記の基準として、内閣告示「外来語の表記」というものがあり、公文書や出版物は基本的にそれによっているのです。(この「外来語の表記」は、国語辞典の付録として「現代仮名遣い」「送り仮名の付け方」などと共に載せられることがあります。明鏡と集英社にはあります。)
それによれば、「トゥ」の発音は、[tu] である、ということです。(実は、[tu] と書いてあるわけではありませんが、そう解釈できます。)

ところが、あちこち見ていたら、「トゥ」を [tou] と発音する場合が見つかりました。三省堂国語辞典の中にありました。

 

  トウシューズ〔toeshoes〕〔toe=足の指〕バレエで、つま先で立っておどれるように、先がかたくたいらになったくつ。トゥシューズ。トーシューズ。   三国

 

終わりのほうにある「トゥシューズ」は、[tu] でなくて、[tou] と発音するのでしょう。(英語の toe の発音は [tou] です。)
そうすると、

  two     トゥー
  toe(shoes)  トゥ

で、同じ表記なのに読み方が違っていることになります。これをどう考えたらいいか。

これは、三国の執筆者、編集者の不注意ではなく、実際に社会でそう使われているからです。
インターネットで「トウシューズ/トーシューズ」の広告を探すと、「トゥシューズ」という書き方をしているサイトがよくあります。そのほうが、英語の発音により近いという感覚があるのでしょう。

toe の英語の発音を知らない小学生がこの「トゥシューズ」というカタカナ表記を見た時、どう発音するのでしょうか。

いや、小学生はそもそも two を「トゥー」と書くことを知らないでしょうか。

フランスの地名に「トゥールーズ」というのがあり、それが上記の内閣告示「外来語の表記」の中で「トゥ」の例としてあげられているのですが、小学生や中学生はこれをどう読むのか。(この地名は「ツールーズ」と書かれることもあります。[tu:]なのですね。)

おとなでも、こういう表記になれていない人はけっこういるでしょう。

 

 

もう一つ考えたことは、「トゥ」の「ト」は何を表しているのか、ということです。

two [tu:] を「トゥー」で表すということは、「ト」を [t] の音を表すのに使っていることになります。
同じように、tea [ti:] を「ティー」で表すのは、「テ」を [t] の音として使っているわけです。どうして「ト」だったり「テ」だったりするのでしょうか。これらの表記をを考え出した人はどう考えたのか。(なにか、漢字音の説明をする時の「反切」というのに似ていますね。)


こういうことは、誰か研究して本か論文になったりしているのでしょうか。なっていたら、ぜひ読んでみたいものです。

 

漢字はいろいろな読み方があって当たり前だというのは、日本人のふつうの感覚ですが、発音を表すはずのカタカナで、読み方が二つあるというのは知りませんでした。(ひらがなでは「は」と「へ」がありますね。)

また、こういうことは、国語辞典のどこかに説明があるべきことなのだろうか、とも考えました。