ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

三国第八版:なおかつ・なおさら・おいかける・おいうち

三省堂国語辞典第八版が第七版からどう変わったか、このブログでこれまでにとりあげてきた項目を見てみます。

 

前回、用例が増えてよくなった例として「傾向」をとりあげました。

今回は、まず「なおかつ・なおさら」をとりあげます。

次の記事は、岩波の問題点をとりあげたものですが、三国を「もっと悪い例」として引き合いに出しました。

niwasaburoo.hatenablog.com

次のように書きました。

 

  岩波が他の辞書と比べて特に悪いというわけではありません。もっと悪い
  例もあります。

    なおかつ(副)〔文〕なおその上に。
    なおさら(副)ますます。いっそう。  三国第七版

  これで何がわかるのでしょうか。50年以上前の三国初版の頃ならともかく、
  現在の国語辞典がこれでは情けない話です。(「なおかつ」を〔文〕として、
  その文体的な特徴を示したのはよいと思います。)

 

第八版ではずっとよくなりました。


  なおかつ〔文〕1〔一つの条件を満たして〕さらにそれ以外に。「自分にほこりを
    持ち、-他人を尊重する」2それなのに、やっぱり。「挫折をくり返して、
    -挑戦する」

  なおさら 〔ただでさえ大変なのに〕ますます。いっそう。「そんな手紙を出した
    ら、-おこらせるだけだ」   三国第八版

 

こうでなくっちゃ、という「改訂」の例です。これらの語釈・用例でも、まだ改良すべき点はあるだろうと思いますが、とにかく、第七版と比べると格段の改良です。

 

「追いかける」も第七版ではずいぶんかんたんな言い換えだけでした。

niwasaburoo.hatenablog.com

 

  追いかける あとから追う。おっかける。   三国第七版

  追いかける 〔先に行くものを〕追う。おっかける。「犯人を-・ボールを-・
    アイドル(の公演)を-・英語を聞きながら追いかけて発音する」 第八版

 

第八版で格段に良くなりました。

前回参考にした明鏡の記述を。

 

  1先を行くもの、求めるものなどに追いつこう(追いついてつかまえよう)として、
   後から追う。追っかける。「逃げる犯人[先頭の走者]を━」「ファンが歌手を
   ━」

  2目標や理想とするものに向かって進む。追い求める。また、取り逃がさないよう
   に密着して追う。「流行[理想]を━」「記者が年金問題を━」「一日の動きを
   カメラで━」
  3同じような物事が引き続いて起こる。追っかける。「それを━ようにして次の事件
   が起こった」                                明鏡国語辞典第二版

 

こう比べてみると、まだ明鏡のほうがいいでしょうか。用例も多く、特に用法3を設けているところなど。

ただし、これは明鏡の第二版で、第三版では「記者が年金問題を━」の例が削除されています。改訂で用例を増やすというのはわかるのですが、明鏡の第三版は第二版より用例が少なくなっていることがよくあります。いったいどういう考えなのでしょうか。


次は、用例だけでなく、用法が新しく加えられた例です。
「おいうち」を。

niwasaburoo.hatenablog.com

 

  おいうち [追い打ち・追い撃ち](名・他サ)追いかけてうつこと。追撃。「-を
    かける」  三国第七版

 

「追いかけてうつ」の「うつ」の意味がはっきりしません。「追い打ち・追い撃ち」という漢字表記を見ると、「打つ」か「撃つ」かと思います。

 

  おいうち [追い討ち・追い打ち(追い撃ち)] 1逃げる者を追いかけて討ち取る
    こと。追撃。「敵に-をかける」2打撃を受けて弱っているところに、さら
    に打撃を与えること。「被災地に感染症の蔓延が-をかけた」  明鏡

 

明鏡は「討ち取る」ことだとしています。

さらに重要なことは、明鏡には2つ目の用法が書かれていることです。現在ではこの使い方が多いのではないでしょうか。

 

この項目は、三国第八版では大きく改訂されて、

 

  おいうち [追い打ち・追い討ち・追い撃ち]1苦しい状態を悪化させるできごと。
    「暑さに-をかける(かの)ようにエアコンが故障」2(名・他サ)〔1の
    由来〕追いかけてうつこと。追撃。「-をかける」   三国第八版

 

となりました。

第七版の用法は、第八版では用法2とされ、1のほうに現代的な用法が置かれています。これでいいと思います。表記も「追い討ち」が追加されました。


以上のように、今回とりあげた項目は第八版で大きく改良されています。

それはいいのですが、逆に言えば、どうして第七版まで、あのような、手抜きと言われてもしかたがないような記述が見過ごされてきたのか、と思います。(特に、「なおかつ・なおさら」)

まったく、辞書を作るというのは大変なことですが、それをさらに数年ごとに改訂するなどというのもまた、終わりのない、大変な作業なのだなあと思います。