ハ調・ラ
三省堂現代新国語辞典第六版の検討を続けます。
前回、巻末の「ABC略語集」の話をしました。その「A」に、「音名。ハ調のラ。」という説明がありました。「E」にも「音名。ハ調のミ。」とありました。
では、「ハ調」「ラ/ミ」のきちんとした説明は、この辞書にあるでしょうか。言い換えれば、これらは項目として立てられ、その説明を読めば「ハ調のラ」とはどういうことかわかるでしょうか。
残念ながらこれらの項目はありません。「ハ調」の「ハ」だけを見てもありません。
「調」のほうはありました。
調 [音楽で]特定の音を土台として作られる音階。キー。「ハ-・-が変わる」 三省堂現代新
ある「特定の音を土台として作られる音階」を「調」という。
「ハ調」というのは、おそらく「ハ」がその「特定の音」なのだろうと思いますが、では「音階」とは。
音階 [音楽で]音を高低の順にならべたもの。 三省堂現代新
これはまたずいぶんざっくりした説明ですね。「音を並べる」と言っても、どういう音なのか。音の高さ自体は連続的なものですから、まずその中のある高さの音を取り出さないと、並べようがありません。
「ハ調のラ」の追及はここで行き止まりです。
「音名」を見てみましょう。
音名 [音楽で]音の絶対的な高さをあらわす名前。日本では、ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・イ・ロの七つ。[対] 階名 三省堂現代新
「音の絶対的な高さ」ですか。「ハ」はその中の一つです。でも、どんな高さなのかはわかりません。
「ハ調」というのは、上にも述べたように、「特定の音(=ハ)を土台として作られる音階」ということなのだろうと思いますが、具体的にどういうものなのかはわかりません。「音階」の定義があまりにもぼんやりしていますから。
そして、その「ラ」というのはどの音なのか。
(ん? 「ハニホヘトイロ」と並べられていますが、ふつうは「イロハニホヘト」と言いますね。何か理由があるのでしょう。)
対義語の「階名」も見てみましょう。
階名 [音楽で]音階の中の一つ一つの音の名前。音の相対的な高さをあらわす。「ド」「レ」「ミ」など。[対] 音名 三省堂現代新
「ド・レ・ミ」という、親しみのあることばが出てきました。「相対的な高さ」です。その中に「ラ」があることは、辞典の使用者の知識に依存しています。
でも、これでは結局「ハ調のラ」がどういう高さの音なのかはまったくわかりません。絶対的な音の高さをあらわす「ハ」と、相対的な高さを表す「ラ」との関係はどうなっているのでしょうか。
わからないことばかりです。
以上、三省堂現代新で音楽用語を調べてもほとんど何もわからない、という結論です。
以前、三省堂国語辞典で同じようなことを調べたことがあります。
その時は、「A」ではなく、「イ」が始まりでした。けっこう長い話になりました。(「2017-07-02 イ」の記事)
い イ (名)〔音〕長音階のハ調のラに当たる音(オン)。A音。 三国
三国には「ハ調」「ラ」という項目があります。
ハ調 「ハ」から始まる音階の調子。
ラ 〔イla〕〔音〕ソの一つ上の音(オン)の名。 三国
「ソ」から一つずつ下がっていくと、
ド〔イdo〕〔音〕長音階の、第一の音の名。 三国
となり、音階の初めの音に行き着きます。
「音階」の説明も、理論的なものです。
音階 一オクターブの楽音を高さの順に配列したもの。
オクターブ ①ある音から、半音でかぞえて、十二音だけ高い音。ある音に対して二倍の振動数を持つ。②半音で十二音ぶんの、音のはば。一オクターブ。 三国
「音階」とは「オクターブ」の楽音の配列で、「二倍の振動数を持つ」という話になって、なかなかわかりやすい話ではありませんが、一応理論的なところをごまかさずに説明しようとしています。
他にもいろいろと音楽用語を調べて、(最終的に納得できたかどうかは別として)三国がずいぶんがんばっているのはよくわかりました。
それに比べると、三省堂現代新は音楽用語に関してはずいぶん手抜きだなあ、と思わざるをえません。