ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

中年・壮年・老年など:三国

前回は新明解の「中年・壮年・老年など」の項目の「改訂」ぶりを見てみました。

比較のため、三省堂国語辞典の第二版と第七版の記述を見てみます。

 


三国第二版 (六版までほぼ同じ)

  少年  十歳前後から十七、八歳ぐらいまでの男の子。「-犯罪」(⇔少女) 

  青年  人を年齢によって分けた区分の一つ。〔主として結婚前の〕二十代(の人)。

  中年  人を年齢によって分けた区分の一つ。四十歳ぐらいから五十歳のなかばぐらいまで。「-期」

  壮年  人を年齢によって分けた区分の一つ。結婚して社会で活動する、からだも精神もさかんに活動している年ごろ。三十代から五十代まで。「-体力テスト」

  老年  人を年齢によって分けた区分の一つ。六十代以上。としより。老齢。

  初老  老年に近づいてからだがおとろえかける時期。五十代。「-の紳士」
 

第七版 

  少年  1 五歳前後から十五、六歳ぐらいまでの男の子。「少年よ、大志を抱け〔明治時代の札幌農学校の教頭クラークのことば〕(⇔少女)2 年少の者。〔少年法では二十歳未満の男女〕「-犯罪」 

  青年  人を年齢によって分けた区分の一つ。〔主として結婚前の〕二十代から三十代なかばぐらい(の人)。

  中年  人を年齢によって分けた区分の一つ。四十歳ぐらいから五十歳のなかばぐらいまで。「-期・-ぶとり」

  壮年  人を年齢によって分けた区分の一つ。社会で活動する、からだも精神もさかんな年ごろ。〔およそ四十代から五十代ぐらいまで〕「-体力テスト」

  老年  人を年齢によって分けた区分の一つ。肉体・精神のおとろえが目立つ(六十代以上の)人。年寄り。老齢。「-期」

  初老  老年に近づいてからだがおとろえかける時期。おもに六十代。「-の紳士」

 

「少年」と「青年」については、多少の問題を感じますが、「中年」「壮年」「老年」については、納得できる年齢区分です。第七版では、「中年」と「壮年」はほぼ重なっています。

 

前回の「比較表」も作って比較しましょう。

 

    高校生 20    30    40    50    60    70
三国
第二版(1974)  ←青年 →     ←  中年  →  ← 老年    →
             ←     壮年      →
                        ←初老 →

第七版(2014)  ←   青年 →  ←  中年  →  ← 老年    →
                  ←  壮年    → ←初老 →

    高校生 20    30    40    50    60    70
新明解
第二版  ←  青年  →      ← 中年 →     ←  老年   →
(1974)          ←   壮年      →
                       初老

第三版(1981)  ←   青年   → ←  中年  →     ← 老年  →
                  ←  壮年    →
                            初老

第四版(1989)  ← 青年 →?          ← 中年  →← 老年  →
                ← 壮年  →     初老

 

三国の二版・七版は、それぞれ新明解の二版・三版に近いことがわかります。

新明解の初版は、三国の初版と二版の資料をかなり参考にしているようなので、似ているのは当然なのでしょう。

その後、三国は現在の第七版でもだいたい同じ記述になっているのですが、新明解は第四版でなぜか大きく変え、それを現在の第八版まで維持しています。私はどう考えても奇妙な記述だと思うのですが。

 

その他の補足を少し。

まず、「青年」について。

例えば、「門のところに一人の青年が立っていた」という文で、この「青年」が女性であるということはまずないでしょう。「青年男女」とか「青年女性」という言い方はありますが、単に「青年」というと男性を指すことが多いのは明らかです。

新明解と三国にはそのことが書いてありません。やはり注記が必要でしょう。

 

  明鏡  [表現]単独で使う場合は男性をさすことが多い。

  岩波  青春期の人、特に男性。

  小学館新 青春期にある人。10代後半から30代はじめぐらいまでの人。特に男性をさしていうことが多い。

  集英社  青春期にある男女。若者。特に、男子。

  旺文社  年の若い男女。二〇歳前後から二〇代後半ぐらいの者をさしていうことが多い。多く男性をさしていう。

 

旺文社は、三十歳は青年に入れていません。もっと限定している辞書もあります。

 

  新選 年のわかい人。十四、五歳から二十四、五歳ごろの若者。若人。

  学研現代 青春期にある男女。十四、五歳から二十四、五歳ごろの人。若人。若者。

 

これはちょっと狭すぎるように思いますが、どうでしょうか。


三国の記述について一言。

三国第七版の「少年」で、札幌農学校のクラークの有名な言葉を用例としていますが、これは不適切です。

Wikipedia によれば、札幌農学校の前身である「開拓使仮学校」の生徒たちは、

 

   初年度全生徒数は120名(官費生60、私費生60)で、年齢により普通学初級(14歳以上20歳未満)と普通学2級(20歳以上25歳未満)に割り振り、後に専門の科に進ませた。   Wikipedia札幌農学校

 

で、今で言えば専門学校生あるいは大学生です。

ここで「少年」と訳されているのは「Boys」ですが、自分より年少の男性に呼びかけた言葉で、本来は「青年」あるいは「若者」と訳すべきところでしょう。

それを「五歳前後から十五、六歳ぐらいまでの男の子」という語釈の例とするのは無理があります。

もう一つ。「青年」につけた〔主として結婚前の〕という注記は面白いと思いました。

結婚すると「青年」とは言いにくくなるでしょうか。まして、赤ちゃんを抱いている若い父親・母親は「青年」らしくないか。一般の日本人の言語感覚ではどうでしょうか。