ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

木星(の衛星の数)

木星の衛星の数、といういささか変わった話です。

太陽系の惑星の衛星というのは、観測の精度が上がることによって新たに発見され、その数が増えていくもののようです。

そこで、それが国語辞典の記述にきちんと反映されているか、という問題が生まれます。改訂の時にきちんと書き直しているか。

 

そもそも、国語辞典で木星の衛星の数を調べるものだろうか、という疑問もありますが、書く以上は最新の科学的知見を書くのがよろしいでしょう。

 

まず、新明解から。七版と八版で大きく違います。

 

  木星 太陽系の惑星で、五番目に太陽に近いもの。十七個の衛星を持つ。約十一・九年で太陽を一周する。  新明解第七版(2012)

     太陽系の惑星で、五番目に太陽に近いもの。判明しているだけでも七十個以上の惑星を持つ。(略)   第八版(2020)

 

「十七個」から「七十個以上」と急激に増えています。何があったのかと思います。

八版は最新の知見に基づいている(であろう)という意味ではけっこうなことなのですが、七版の2012年ではどうだったのか。その時点で最新の情報だったのでしょうか。

 

三省堂国語辞典を見てみます。衛星以外の語釈は省略します。

 

  木星 六十七個の衛星を持つ。  三国第七版(2014)
     六十三個の衛星を持つ。    第六版(2008)
     十六個の衛星を持つ。     第五版(2001)

 

三国は第五版から六版に改訂されたとき、数が大きく増えています。そして七版では(四個も増えているんですが)微増です。

ここで注目すべきは、三国の六版と新明解の七版との前後関係です。三国のほうが先なのです。

三国が六版(2008)で「六十三個」と書いたのに、新明解七版(2012)は「十七個」としています。情報が更新されていません。

 

後発の明鏡国語辞典はどうだったでしょうか。

 

  木星 太陽系の、内側から五番目にある惑星。太陽系最大の惑星。六〇個以上の衛星を持つ。ジュピター。   明鏡第二版(2010)・第三版(2021)

     三十九個の衛星を持つ。  明鏡初版(2002)

 

明鏡の初版は2002年。この時すでに「三十九個」です。新明解七版(2012)の10年前です。二版で「六〇個以上」。三版は同じです。

 

新明解と三国の前の版も一応調べてみました。明鏡とともに、見やすいように表の形にします。

ついでに、私がただ一冊持っている広辞苑第五版も並べておきます。

 

                     明鏡初版2002  二版2010  三版2021

                        39     60       60

新明解 二版1974 三版1981 四版1989 五版1997 六版2005 七版2012 八版2020

     12    12    16    16    17    17    70以上

三国  二版1974        四版1992 五版2001 六版2008 七版2014
     12           16    16    63     67

広辞苑                 五版1998
                     16以上

 

こう並べてみると、いかにも新明解の遅れが目立ちます。また、明鏡初版が特徴的です。しかし、三版では見直されていないようです。

他の(小型)国語辞典は、木星の衛星の数は書いていないものが多いです。国語辞典として書く必要はないという判断でしょう。私も、むりに書かなくてもいいと思います。

ただ、初めにも書いたように、書く以上は、出版の時点での最新情報を書くべきでしょう。

 

なお、「コトバンク」で大辞泉、百科事典などを見てみると、次のように書かれています。

  大辞泉  70個以上の衛星と、3本の淡い環をもつ。

  知恵蔵  これまでに63個の衛星が確認され、

  ブリタニカ  衛星は 66個。

  wikipedia  2018年7月現在、木星には衛星が79個発見されている。

 

意外に違うものです。

それぞれの出版年などは書いていないので、(wiki以外は)いつの時点の知見なのかはわかりません。