新明解国語辞典のいいところを。
まず、普通の例として明鏡国語辞典から。(表記の注記などは省略)
千 数の名で、百の一〇倍。▽数の多い意も表す。「━に一つの誤りもない」「━客万来・━変万化」「一騎当━」「海━山━」
万 数の名で、千の十倍。「━の単位」「百━・巨━」「━一・━病」▽非常に数が多い意も表す。
億 数の単位。一万の一万倍。「五━の人口」▽数がきわめて多い意も表す。「━万」「巨━」
兆 数の名。億の一万倍。「三━円」▽きわめて数の多い意も表す。 [明鏡国語辞典 第三版]
ざっと読んでみて、特に問題があるようには感じません。
細かいことを言うと、「千」で「数の多い意」とあるのが、「万」になると「非常に数が多い意」になり、「億」では「数がきわめて多い意」と変わっていくのはよくわかるのですが、では、「兆」は、と見ると、「きわめて数の多い意」とあって、ん?と思います。
「億:数がきわめて多い」が「兆:きわめて数の多い」になった? どう違う?
閑話休題。
新明解を見ると、重要な指摘があります。
千 百の十倍を表わす数詞。「一-〔=千の強調表現〕・ 三-(ゼン)世界」〔十の三乗に等しい〕 新明解第八版
まず、「一千」(いっせん)という形があること。「強調表現」と言っています。
「十」や「百」の場合は、「一十」とか「一百」とは言わないわけですね。当たり前ですが。いくら「強調」しても、「大きなダイヤが一十個ある」とは言わない。
なぜか「千」は「一千」とも言える。「ダイヤが千個/一千個」どちらでもいいんですね。これは日本語教育では触れておく必要があり、日本語教師としては基本的な知識です。
もう一つ、「三千」では「ぜん」と発音すること。これも基本的な知識です。
万 千の十倍を表わす数詞。十の四乗に等しい。「一-円〔この場合の『一』は、千円・百円・十円の場合と異なり、省略できない〕」 新明解
そして、「万」では必ず「一万」ということ。「百・二百」に対して、「一万・二万」なのです。「万・二万」はだめ。「花を万本植えた」とは言えず、「一万本」と言わなければいけない。
普通の日本人は、こんな違いに気付いていないでしょう。無意識に、そう言っている。
「億・兆」も同じ。
億 一万の一万倍を表わす数詞。〔十の八乗に等しい〕「日本の人口は約一-を超えている/一-円〔この場合の『一』は、千円・百円・十円の場合と異なり、省略できない〕」
兆 一億の一万倍を表わす数詞。〔十の十二乗に等しい〕「負債が三-円を超えて経営が行き詰まった/一-円〔この場合の『一』は、千円・百円・十円の場合と異なり、省略できない〕」⇒京ケイ 新明解
いちいち、「~省略できない」を繰り返しているところ、なかなか律儀です。
「兆」の最後にある参照指示の「京ケイ」も見てみましょう。
京 一兆の一万倍を表わす数詞。きょう。〔十の十六乗に等しい〕
さすがに、「~省略できない」という説明はありませんでした。まあ、なくてもいいでしょう。実際の場面で「一京円」ということはなさそうですし。
ついでに明鏡も見てみると、、、おやおや、「京 けい」はありません。なんとしたことでしょう。
スーパーコンピュータの名前として、一時有名になったんですけどね。「一京回」の演算を短い時間にする、とか何とかいう話でしたっけ。(ここ、いい加減です。)
日常で使うことばではありませんが、国語辞典としてはあってしかるべき項目でしょう。
また、「京」が「きょう」ではなく、多少特別な「けい」という読み方になること、さらには、「京浜・京阪」で「京」が指す都市が違うという点でも、日本語教育ではちょっと注意が必要な「京 けい」という読み方なんですけど。
明鏡は「京 けい」を造語成分の項目としても立てていないんですね。
「京阪」「京浜」は項目として立ててあるのに。
明鏡の「造語成分の項目」というのは、例えば次のようなものです。
けい【形】(造)もののかたち。ありさま。また、かたちづくる。かたちにあらわす。「━象・━状」「原━・固━」 明鏡第三版
これと同様に、「けい【京】(造)」という項目が必要です。
新明解を見ると、
けい【京】(造語成分)
二(略) 1東京。「京浜(ヒン)・ 京葉(ヨウ)」
2京都。「京阪神(ハンシン)」 新明解
ここでも新明解はきちんと書いています。
というわけで、今回は新明解をほめ、明鏡の欠点を書きました。