ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

パオズ・マントー

新明解国語辞典第八版の項目を検討します。
外来語の意味の問題です。

 

   パオズ 〔中国 包子〕小麦粉の皮に豚の挽肉(ヒキニク)や野菜を包んで蒸した、中華風の肉まんじゅう。  新明解第七版・八版(中国語の漢字の字体が違うことは問題にしません)

 

新明解は「肉まんじゅう」だと言っています。

「包子」は中国語で baozi (声調符号は略します)で、「標準中国語辞典」(白帝社)によると、

 

   baozi 〔肉・野菜・あんなどの入った〕まんじゅう。
    rou baozi(肉~)肉まんじゅう

 

です。「肉まんじゅう」だけではなくて、あんが入ったものも言い、特に「肉まんじゅう」を指す場合は rou(肉)を前につけて言います。

外国語が日本語に入って「外来語」となるときに意味が多少、あるいは大きく変わることはよくあることですが、この「パオズ」もそういう例の一つなのか。

 
   パオズ〔中国語〕中華まんじゅう。小麦粉で作った皮の中に、ひき肉やあんなどを包んでむしたもの。  三国

 

三省堂国語辞典は「あん」も書いていて、中国語と同じものと考えているようです。

 

新明解と同じく「肉まんじゅう」とする辞書。

 

   豚のひき肉と刻んだ野菜を小麦粉でできた皮に包んで蒸したもの。肉まんじゅう。ポーズ。  集英社

   ぶた肉・野菜などを包んでむした中国料理のまんじゅう。肉まんじゅう。  新選

 

三国のように「あん」のものもあるとする辞書。

 

   中に肉や餡などを入れた中華風のまんじゅう。▽中国語から。  現代例解

   小麦粉をこねてイーストを加えた皮に、肉・野菜または油で練ったあんを包んで蒸した、まんじゅう。▽中国 bao-zi  学研現代

 

学研現代は「油で練ったあん」と詳しいです。確かに、中国の「あんまん」のあんは日本のあんとは違って、独特の味です。

 

さて、外来語としての「パオズ」は「肉まんじゅう」だけを指すのか、それとも中国語と同じように「肉まん・あんまん」どちらも指すのでしょうか。

私は、後者だろうと思います。前者だとする辞典の編集者は、単に中国語での意味を正確に知らないだけなのじゃないか、と。

 そう考えるのは、次の「マントー」の解釈も関係します。

 

   マントー 〔中国・饅頭〕→中華まんじゅう 

   中華まんじゅう 〔中華風の〕皮が厚くて白い大形の蒸し饅頭。 新明解第七版
          〔中華風の〕皮が厚くて白い大形の蒸し饅頭。マントー。 第八版

   まんじゅう 小麦粉をこね、中にあんを包み入れて蒸した菓子。丸いアイスクリーム形のものが普通。「肉-・ 焼(ヤキ)- ・ 葬式-」  新明解第七版
         小麦粉をこね、中にあんを包み入れて蒸した菓子。半球形のものが普通。 八版

 

新明解によれば、「マントー」とは「中華まんじゅう」で、「中華まんじゅう」とは「〔中華風の〕蒸しまんじゅう」で、「まんじゅう」とは「中にあんを包み入れて蒸した菓子」ですが、用例の中に「肉まんじゅう」があり、肉が入ったものは特にそう言うのだ、ということがわかります。

つまり、「マントー」は中にあんまたは肉が入ったものを言うことになります。

すると、「パオズ」と「マントー」は同じようなものを指すことになります。それではおかしいだろう、と思うのです。

要するに、中国語での違いを知らない。だから、日本語で同じように考えてしまう。


   mantou 小麦粉で作った蒸しパン状の食品;なかにあんが入っていない。マントウ。☆日本語の「まんじゅう」は baozi   標準中国語辞典

 

中国語を勉強した人には、baozi と mantou の違いは常識と言っていいと思いますが、さて、日本語に入って、「外来語」となったとき、その意味が変化したと考えるべきなのかどうか。

 

   マントー 中国ふうの皮のあついまんじゅう。  新選
        小麦粉などを練って蒸した、丸くパンに似た食品。中華風蒸し菓子。 集英社 

 

新選は「皮のあつい」と言っています。「皮」という以上、中に何か入っていそうです。

集英社は「パンに似た」と言うのですが、中には何も入っていないような…。
 

むろん、問題は中国語での意味ではなく、日本で「外来語」としてどのように使われているか。日本人が実際にどう使っているか、です。

 

日本で「パオズ」「マントー」を売っている店では、どういうものを売っているのか。

横浜中華街のような専門的な店では、中国語と同じだと思いますが、そうでない店は「マントー」と言って「肉まんじゅう」を売っているか。まあ、「肉まん(じゅう)」と言うのでしょうね。

「パオズ」として、あんの入ったまんじゅうを(も)売っているのでしょうか。やはり、「あんまん」なのでしょう。

この件に関する実態調査は難しそうです。新明解、三国の編集者はどういう根拠に基づいて、それぞれの語釈を考えたのでしょうか。

 

余談その一。(「本文」自体が「余談」みたいなものだ、と言われると、まあ、そうなんですが。)

新明解七版の「まんじゅう」の項、「丸いアイスクリーム形のものが普通」というのはちょっと笑ってしまいました。どうしてここで「アイスクリーム」が出てくるのか。まあ、どういう形を指すのかはわかりますが。(いや、「まんじゅう」の形を知らない人は、「コーンアイスクリーム」のまん丸い形(球形)を想像するかもしれません。)

調べてみたら、第二版からずっとそうでした。(おそらく、初版から)

第八版では、「半球形」という常識的な表現になっていて、安心しました。

 

余談その二。

新明解の中国語に関する知識はあまり信用できないところがあります。

第三版(1981)の「愛人」の項には、

 

   愛人 (略)〔現代中国語で、この字面では「妻」を指す〕  新明解三版・四版

 

という、国語辞典としては不要の(?)豆知識が書いてありました。第四版も同じです。(第二版にはありません。)

しかし、これは誤りです。

 

   愛人 (略)〔現代中国語で、この字面では「妻・夫」を指す〕  新明解第五版・六版

 

16年後の第五版(1997)で正しい情報に書き換えられました。第六版にもそのままありましたが、第七版(1912)になって、この部分は削除されました。「不要な知識」とみなされたのでしょう。

誤った情報が書かれていたのが16年、正しい情報になってから15年。前者のほうが少し長かったのです。(四版の途中の「刷り」によって変えられたかもしれません。そこは私にはわかりません。)

「愛人 airen」は中国語の初級で習う単語ですが、新明解の三版で上のことを書き加えた人は、どこかで聞きかじってきた(間違った)知識を早速辞書に書き込むだけで、中国語の辞書を引かなかったようです。そして、そのあと、長い間見過ごされていたのです。

「パオズ」「マントー」はどうでしょうか。

それらの項の執筆者は、中国語の意味そのままのつもりで書いているのでしょうか、日本語としては「意味が変化した」と考えて書いているのでしょうか。