ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

新明解の副詞:なんとか

前回は「どうにか」をとりあげました。今回は「なんとか」です。

 

  (副)1 具体的な内容を明言することを避けて(ができなくて)、その代りに用いる語。「-言っていたっけ/-という会社に勤めている/-〔=『ばか』と言うのをはばかって言う表現〕とはさみは使いよう」
   2-する どんな手段を尽くしてでもやりとげる(やりとげようとする)様子。「-して解決したい/十万円今すぐ-ならないか」
   3 具体的に明示することは出来ないが、(好ましい)結果が出る様子。「そんなに無理しなくても-なるだろう/あまり上出来とは言えないが一応-形になった」
   [なんとかかんとか]種種の方法・手段を試みる様子。「-言って逃げまわっている/-してやりとげる」   新明解

 

用法の1は、今回とりあげません。用法の2と3は、例文を見ればわかるように「どうにか」とかなり近い用法です。(例文のすべてに「どうにか」を入れても、ほぼ同じような意味を表すと思われます。)

前回の「どうにか」の項目をもう一度見てみましょう。

 

  (副) 1 手段・方法を尽くして最低限の成果を得るにいたる様子。「-工面してみよう/-してやりとげます/命だけは-取りとめた」
    2 満足できる状態ではないが、最低限のレベルは確保している様子。〔強調表現は「どうにかこうにか」〕「おかげ様で-やっています/- まにあう」  新明解

 

これらの例文も、「なんとか」を入れてすべて成り立ち、ほぼ同じ意味を表すと言えるでしょう。

 

それぞれの語釈と例文を並べてみます。

  2-する どんな手段を尽くしてでもやりとげる(やりとげようとする)様子。
  1 手段・方法を尽くして最低限の成果を得るにいたる様子。
     「-して解決したい/十万円今すぐ-ならないか」
     「-工面してみよう/-してやりとげます/命だけは-取りとめた」
  3 具体的に明示することは出来ないが、(好ましい)結果が出る様子。
  2 満足できる状態ではないが、最低限のレベルは確保している様子。
     「そんなに無理しなくても-なるだろう/あまり上出来とは言えないが一応-形になった」
     「おかげ様で-やっています/- まにあう」

 

どの例がどちらの語釈の例なのか、わからなくなってきます。

結局、これらの用法に関しては、「なんとか」と「どうにか」はほとんど同じと言っていいのじゃないか。

 

でも、それぞれの語釈はけっこう違っています。

「なんとか」には、「どうにか」にある「最低限の成果を得る」「最低限のレベルを確保する」という語釈は不要なのか。(前回の記事で書いたように、「最低限の成果」というのがそもそも適切か、という問題もあります。)

「なんとか」の「そんなに無理しなくてもなんとかなるだろう」は確かに「好ましい結果」だけれども、見方によっては「満足できる状態ではないが、最低限のレベル」ともみなせるのではないか。

「どうにかまにあう」も、「なんとか」の「好ましい結果」とは言えないのか。

どうも微妙なところです。

 

また、「なんとか」では「-する」、つまりサ変動詞としての用法を認めていますが、「どうにか」では認めていません。「どうにかして」「どうにかしましょう」などと言えるのですが。(「どうにか」を入れるか、「どうにかして」とするかで例文の自然さが違ってくるものもあります。)

 

明鏡国語辞典を見てみましょう。

 

   副 1 《「なんとかする」「なんとかなる」の形で》不都合を排し、現状をより好ましい状態にするさま。また、そうなるさま。どうにか。どうとか。「そこの車、━してくれ」「例の件、━ならない?」

     2 かろうじて目標や条件にかなうさま。どうにか。「━目標を達成する」「走れば━終電に間に合う」

     3手段を尽くして目標や希望を満たすさま。何としても。どうしても。「大会は━成功させたい」

     4《多く「━頼む」「━お願いする」の形で》無理を承知で懇願する意を表す。「ご無理でしょうが、━そこを頼みます」  明鏡

 

用法の1は新明解の3に対応しています。

用法の2は「どうにか」の2と同じです。

用法の3は、語釈を見ると「どうにか」の1にほぼ対応しますが、「どうにか」の「努力する」に対して「満たす」ところが違います。

 

明鏡の「どうにか」を見てみましょう。

 

  どうにか 1何らかの手段を尽くして努力するさま。なんとか。「━会えないものか」
       2かろうじて望みや条件などにかなうさま。何とか。まがりなりにも。「━作品の形にはなっている」  明鏡

 

用法の1と2のどちらも「なんとか」を類義表現としてあげています。

明鏡は、「どうにか」の2つの用法に「なんとか」をあげ、「なんとか」のほうでは用法の1と2だけに「どうにか」をあげています。つまり、用法の3と4は「どうにか」とは違う、と言っているようです。これがいいのかどうか。

「なんとか」の3の用例「大会はなんとか成功させたい」を「大会はどうにか成功させたい」とすると、私にはちょっと引っかかりますが、「大会はどうにかして成功させたい」とするとよく感じられます。この辺の違いは何なのでしょうか。

(「なんとか」は「成功」をばくぜんと願うだけで、「どうにかして」はより具体的な努力・方法を示唆するようにも思いますが、こういう「語感」にあまり頼るのも問題です。)
  
用法の4が「どうにか」にはなかったものです。この「なんとか」を「どうにか」で置き換えて、

   ご無理でしょうが、どうにかそこを頼みます

とするとなんとなく落ち着きません。

   ご無理でしょうが、そこをどうにか、頼みますよ

くらいに変えると、かなり良くなってきますが。

 

ふーむ、なかなか微妙です。

私の感覚では、「どうにか」と「なんとか」はかなり近いものです。その両者の語釈、用例を調整して、違いがあるならそれをはっきりわかるような形で示さなければなりません。かなり難しい問題だと思います。

新明解がこの2語の共通点と相違点をどうとらえているのかよくわかりません。その語釈と用例の対応も、私にはすっきり理解できません。

明解の狙いはある程度分かるのですが、それがうまくいっているとはあまり思えません。

他の辞典もいくつか見てみたのですが、この説明がすっきりしている、というものは見つけられませんでした。

もちろん、自分でもいろいろ考えてみたのですが、うまい説明はできません。こういう副詞はなかなか難しいです。