おかあさん
基本的なことばの基本的な用法が国語辞典にきちんと記述されているかどうかを見ていきます。
おかあさん 子どもが、自分の母親を親しんで、また、うやまって呼ぶことば。
〔夫が妻を呼ぶときなどにも使う〕[類]かあさん・(お)かあさま・(お)かあ
ちゃん・おふくろ・ママ [対]お父さん [注意]他人に対していうときは、「母」
という。 三省堂現代新
子供が自分の母親を敬い親しんで呼びかける語。[参考]他人に対して言う場合
は「母」を使うが、親しい間柄では「うちのお母さん」などと使われる。[対]
お父さん。 学研現代新
三省堂のほうで、「夫が妻を呼ぶときなどにも使う」というのは、子供がある場合に限られますが、それは常識的にわかるでしょ、というのでしょうか。
学研は「呼びかける語」としていますが、そうでない場合もいろいろあるのでは?
(「親しい間柄では~」の指摘はいいと思います。)
他の辞書と比べるとはっきりしますが、この2冊はいろいろと足りません。
上の2冊は高校生向けの学習辞典の性格が強いものですが、中学生向けをうたう辞書を。
おかあさん 子どもなどが、親しみをこめて母親をよぶことば。[対]お父さん。
[類]お母さま。母さん。ママ。おふくろ。母上。→囲み記事29(765ページ)
例解新第九版
本文項目はこれだけですが、参照指示の「囲み記事」が詳しいです。
父と母
(1)謙遜したことばとしての「父」「母」
自分の父親・母親を「父」「母」というときは、比較的あらたまった場面での
謙遜したことばづかいになる。たとえば「きょうの父母会には父がまいります」
「あす、母は家におりません」のように言う。「父」「母」は子どもが親によび
かけるときには使えない。よびかけには「とうさん」「おとうさん」「かあさ
ん」「おかあさん」がよく使われる。男の子は青年になるとよく「おやじ」「お
やじさん」「おふくろ」「おふくろさん」などという。話している相手の親のこ
とについては、相手が友だちであれば「おとうさん」「おかあさん」という。
ていねいにいう場合は「おとうさま」「(お)父上」「おかあさま」「(お)母上」
「ご母堂(様)」などが使われる。話しことばで、自分の父母のことを他人に
いうとき「おとうさん」「おかあさん」というのは子どもの言いかたで、「父」
「母」を使うのが正式である。(以下略 以上で半分強) 例解新p.765
国語教科書の解説記事のようですね。相手の母親について使えることが、上の2冊にはありませんでした。当たり前すぎて書くのを忘れたのでしょうか。
「「父」「母」は子どもが親によびかけるときには使えない。」というあたりは、いかにもわかりきった話ですが、日本語教師としてはここまで書いてあるとうれしいところです。(逆に、「話している相手」に「ご母堂」と言うことがまだあるんだろうかとも思います。)
しかし、これだけ詳しく書いてあっても、まだ足りないところがあります。
もう少し短く、うまくまとめてある三省堂国語辞典から。
おかあさん 1自分の母に、敬意と親しみを持って呼びかけることば。〔家族が
子どもの母を、また、母が自分自身をさしても言う。義母のことも言う〕
[区別]改まった場で自分の母を人に言うときは、「お母さん」は子どもっぽ
く、「母」が礼儀正しい。改まりすぎるのをきらって、「母親」と言う人も
いるが、他人のような呼び方でもある。(男性は)親しい人の前では「おふ
くろ」とも。[表記]義母は「お:義母さん」とも。2<相手/他人>の母を
尊敬して言うことば。「-はお元気ですか」3子どものいる女性をさすことば。
「若い-がた」4動物の母。「-パンダ」▽かあさん。(お)かあちゃん。〔俗〕。
〔「(お)かあさま。」は、より敬意の高い言い方〕(⇔お父さん) 三国
「家族が子どもの母を」言うこと。例えば、おばあさんが孫に「お母さんには内緒だよ」とか。
「自分自身をさしても言う」こと。(ただし場面が限られます。)
「他人の母」についても使えること。そして、3の、一般的に母親を指すことがあること。
一通り、基本的な使い方がおさえられています。
三省堂現代新は、三国と兄弟辞書みたいなものだと思うのですが、どうしてこんなに違うのか。
新明解も三国とだいたい同じような内容です。
〔もと、「母」の意の幼児語「かか」に基づく「御(オ)かか様」の変化「御かあ様」の
口語形。口頭語形は、「おかあちゃん ・おっかさん」〕「母」の尊敬語。自分の
母親に呼びかける(を指して言う)語。また、相手や話題にしている第三者の
母親を指して言う。⇔お父(トウ)さん ⇒付表「母さん」
[運用](1)他人に対して自分の母親を言う場合は「はは」が普通だが、親しい
間柄では「うちのお母さん」のように言うこともある。(2)子供のある夫婦の
間で、夫が妻に呼びかけるのにも用いられる。(3)母親の立場にある女性に
呼びかける(を指して言う)のにも用いられる。例、「そこのお母さん/全国の
お母さんがたの願い」〔(1)(2)は「母さん」とも〕 新明解
おや、自分を指す用法がありませんね。学研現代新にもありましたが、「親しい間柄」では「母/お母さん」の使い分けが弱くなるという指摘は貴重です。「子供のある夫婦」で「夫が妻に呼びかける」場合。また、[運用]の(3)を丁寧に書いていていいと思います。
明鏡も見てみます。
母親を親しんで、また、高めて呼ぶ語。⇔お父さん [使い方](1)「かあさん」と
も。より丁寧な言い方は「おかあさま」。くだけた言い方は「(お)かあちゃん」。
(2)子供のいる夫婦などで、夫が妻を呼ぶのに使うこともある。[注意]他人に対
して、自分の母親を「お母さん」というのは不適切。「×お母さん(→○母)が
そう言ってました」 明鏡
おやおや、これは最初の2冊並ですね。
岩波。
①母親に対する普通の言い方。▽もっと丁寧には「お母さま」等。他人に対して
自分の母親を言うときは「はは」と言うのが普通。「おかあさん」は明治時代に
国定教科書を編むに当たっての新造と言われる。もとの東京語では「母上」や
「おっかさん」「かあちゃん」など。「おっかあ」はよほど下層でなければ使わ
なかった。②広く、大人の女性に呼びかける時に使う語。 岩波
これはまた。岩波は、歴史的な語誌についていろいろ書きたがるわりに、現代の細かい用法については雑なところがある、という印象があります。(「2019-12-04 愛人・情夫・情婦」の「愛人」がそうでした。)
「おっかあ」はよほど下層でなければ使わなかった」という部分は、何か前とのつながりが変です。元の文章を切りつめたか何かしたのでしょうか。
②の「広く、大人の女性に呼びかける時に使う」というのも相当雑な説明です。現在の岩波第八版の編集者は三人の女性です。この人たちは「お母さん」と広く「呼びかけ」られても変に思わないのでしょうか。
こういう雑な語釈と、新明解の「母親の立場にある女性」という言い方、「全国のお母さんがたの願い」という用例のうまさを比べてみてください。
この語に関しては、三国・新明解と比べて、明鏡・岩波ははっきり劣ると言えます。
用例をきちんとあげてある辞書を見ましょう。少し大きな辞書になりますが。
学研現代新の「親辞書」と言っていい学研大。
おかあさん {明治末期以後、「お父さん」とともに国定教科書にとりあげられ、
一般化した語}子供が自分の母親を敬い親しんで、それに呼びかけるとき、
また指示するときに用いる語。〔子供以外の人が母親の立場にある人を敬い
親しんで、それに呼びかけるとき、また指示するときにも使うことができる。
また、母親が子供に対して自らを指して言うこともある〕[参]口語では、
母親の意を表す類語の中で、最も標準的な言い方とされる。自分の母親を
指して、対外的に用いる時は「母」がより標準的な言い方とされる。「(子
ガ母親ニ)-、ごめんなさい」「(子ガ)-は私にはいつも優しかった」「(子
ノ友達ガ)彼の-、病気なんですって」「(夫ガ妻ニ)-、もう一本つけて
おくれ」「(母ガ子ニ)-の言うことをよく聞くのよ」[類]お母さま。母さん。
母ちゃん。おっか(さん)。ママ。母。母上。おふくろ(さん)。[対]お父さん。
よく書いていますね。用例の出し方がいい。学研現代新はなぜこのように書かないのでしょうか。(多少は簡略化するにしても)
(それにしても、若い人は「もう一本つける」が何のことかわかるのかしら?)
もう一冊、小学館日本語新。
おかあさん (明治末期以後、国定教科書により、それまでの「おっかさん」など
に代わって広く一般に用いられるようになった語。⇔お父さん)1(ア)子が自
分の母親を敬い親しんで、呼びかける時に用いる語。[例]お母さん、ちょっと
来て。(イ)子が家族内で話すとき、母親をさしていう語。[例]お兄ちゃん、お
母さんは?◆子が他人に対し自分の母親をさしていうときは敬称を除いて「は
は(母)」というのが礼儀とされたが、現在は子供の言い方では、「お母さん」と
いうことも多い。(ウ)子のいる家庭で、子以外の者が母親の役割にある人を敬い
親しんで呼びかけたり、その人をさしていったりする語。[例]お母さんにやっ
てもらいなさい。(エ)母親自身が子に対して、自らをさしていう語。[例]お母さ
んが娘の時分にはね。 2相手や他人の母親を敬い親しんでいう語。[例]お母さ
んにお礼を申し上げておいてください/A君のお母さん。◆1・2とも改まった
言い方で「お母さま」が用いられることもある。→「母」の[類語]
よく整理されています。◆の「母/お母さん」の使い分けに関する注がいいと思います。個人的な意見ですが、「お母さんと言うのはよくない、母と言え」という規範にはなんとなく抵抗を感じていました。その人の年齢と、その場面の改まりの程度によるでしょう。
また、参照指示の「「母」の[類語]」というのがなかなかのもので、本文の28行分を使って、「「母」を表す類語の使い方の一覧」というのが表の形で掲げられています。