ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

ホットケーキ・パンケーキ

前回の「ホットドッグ」と「ホット」つながりで「ホットケーキ」を。
これも新明解が独自路線です。まずは三国の記述から。

 

  〔米hot cake〕小麦粉・たまご・砂糖・ベーキングパウダー・牛乳をまぜあわせ、円形に焼いたもの。バターやシロップをそえて食べる。  三国

 

それに対して新明解。

 

  〔hot cake〕小麦粉・卵・砂糖にふくらし粉を加えて水でとき、鉄板で平たく丸く焼いたもの。みつ・バターをつけて食べる。              新明解

 

牛乳ではなく、「水」でといています。どちらでもいいんでしょうか。「ベーキングパウダー」と「ふくらし粉」は同じものでしょう。(それによって牛乳か水かが違ってくる、ということはないでしょう。)

ホットケーキに似たものに、「パンケーキ」があります。そちらを見てみます。

 

  パンケーキ  ホットケーキのようにうすく焼いた菓子。  三国

 

ずいぶんかんたんです。ホットケーキと同じようなものだから、ということでしょう。

しかし、この記述にはあいまいなところがあります。「Aのようにうすく焼いたB」というとき、「A」も「B」も「うすい」のか。あるいは、「Aのように焼いたB」だけれども「B」は「Aと違ってうすい」のか、という点です。

さて、新明解はどうでしょうか。

 

  小麦粉に牛乳や卵を入れ、フライパンや鉄板で焼いた、ホットケーキに似た、薄い菓子。  新明解

 

「ホットケーキに似た」菓子なのですが、「牛乳」を使っています。そこがホットケーキとの違い?

この記述も、「ホットケーキ」が「薄い菓子」なのかどうかという点で、あいまいです。(小さなことですが、パンケーキのほうは「フライパン」でもいいようです。)

  
他の辞書を見てみます。「ホットケーキ」「パンケーキ」の順で並べます。材料など、三国の記述と同じようなところは省略します。「牛乳」か「水」かという点では、みな「牛乳」です。

 

  フライパンでひらたく焼いたもの。パンケーキ。  例解新 
  →ホットケーキ                 

  フライパンまたは鉄板で円形に焼いた菓子。    現代例解       
  フライパンで薄い円形に焼いた菓子。ホットケーキ。   

  洋風菓子の一種。(略)熱い鉄板で平たく丸形に焼いたもの。   岩波 
  フライパンで薄く焼いたもの。特に朝食時、熱いうちにバターや蜂蜜などをかけて食べる。ホットケーキ。   

  鉄板で円形に焼いた菓子。              三省堂現代
  フライパンや鉄板で焼く、ホットケーキのような、うすい菓子。  

  鉄板で円形に焼いた菓子。              学研現代
  平鍋などでうすく丸い形にのばして焼いた菓子。    

  平たく円形に焼いた菓子。      旺文社
  フライパンで薄く焼いたケーキ。         

  まるく焼いた菓子。               新選
  うすく焼いた菓子。  

  鉄板でやや厚めの円形に焼いた菓子。       明鏡
  薄い円形に焼いた菓子。   

  鉄板で円形に平たく焼いた菓子。→パンケーキ。      集英社
  フライパンや鉄板で薄く焼いた菓子。ホットケーキより薄いものをいう。

 

例解新は両者を同じものとします。ホットケーキのほうを一般的な言い方として。
現代例解はパンケーキのほうに「薄い」という形容がありますが、結局同じものとしているようです。つまり、ホットケーキも薄い?(ホットケーキの材料に「塩などを加え」という個所があり、他の辞書と違っています。)

岩波はパンケーキのほうにだけ、「特に朝食時」うんぬんとあり、菓子というより(パンの代わりに)食事として食べる、としていますが、最後に「ホットケーキ」と書いているので、結局同じものだと考えているのでしょうか。(ホットケーキも朝食時に食べるのでしょうか?)

岩波の書き方は、違いを述べているようで、結局同じなのかともとれる書き方です。
「薄い」かどうかの点でも違うものだとすると、「菓子」として厚いほうを食べ、「朝食時」に薄いほうを食べることになります。そういうものでしょうか。

そうではなく、「朝食時」の話もすべて共通するのならば、例解新のような書き方がいちばん明快でしょう。

(なお、「鉄板」と「フライパン」で対立している、という違いもあります。)

 

このような、語釈の最後に同じような意味を表す語を置くのは、「(ほぼ)同義語」として言い換え可能な語と考えているのか、あるいは「類義語」として参照するためのものなのか、各辞書の方針はそれぞれどういうものでしょうか。
「→」で示すのも、その項全体の場合と、語釈のあとに置くのとは意味合いが違ってくるでしょう。(三国は矢印に二種類あり、工夫しています。) 

 

さて、三省堂現代から新選までは、パンケーキのほうに「うすい/うすく」がある点で共通しています。
ただし、三省堂現代は「~のような、うすい菓子」があいまいである点、三国や新明解と同じです。

明鏡はホットケーキのほうに「やや厚め」と特記しています。「薄い」のはパンケーキだけであることがはっきりします。

集英社は「ホットケーキより薄いものをいう」と明確に書いています。(もちろん、これが正確な記述かどうかはまた別の問題です。)

 

英語の辞典を見てみると、pancakeがもともとの英語で、hotcakeはアメリカでの言い方のようです。つまりは同じものです。

では、日本では同じものと考えられているのか、違いがあるものなのか。牛乳か水かの違いは新明解だけのもので、おそらくは新明解の誤りでしょう。

「薄さ」の点では、集英社の記述が正しいのなら、これがいちばん明快な書き方です。

もう一つ、「鉄板」と「フライパン」かで、微妙にかたよりがあります。
ホットケーキに「鉄板」、パンケーキのほうに「フライパン」がやや多いのは何か理由があるのでしょうか。また、鉄板とフライパンでは、作り方に違いが出てくるのでしょうか。

学研現代は「鉄板」対「平鍋」と個性的です。