ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(9):持ち越す・持ち寄る・かみつく

1冊の辞書だけが他の9冊と違うものを集めてみました。主に新明解です。

 

       持ち越す 持ち寄る 稼ぐ

  新明解8   他   自   自他      
  明鏡3   自     他  自他      
  三国7    他    他  自他
  岩波8    他    他  自
  学研新6   他    他  自他
  三現新6   他    他  自他
  小学日    他    他  自他
  集英社3   他    他  自他
  旺文社11   他    他  自他
  新選9    他    他  自他

 

「持ち越す」は明鏡だけが自動詞とし、他の辞書は他動詞とします。

 

  持ち越す(自五)物事を決着のつかない状態のまま次の時期・段階へ送る。
    「勝負を━」「結論を次回に━」  明鏡

  持ち越す(他五)解決がつかないままの状態で次の時期へ送る。「次回に-/解決
    (結論)を-」   新明解

 

「勝負を」「結論を」など、「~を」をとることは明らかですが、それを「対象」と見なすかどうか。

語釈にある「次の時期へ送る」の「送る」は他動詞ですが、その意味の「持ち越す」を自動詞と見なす明鏡の論理はどういうものなのでしょうか。
「持って越す」から?(明鏡は「越す」「飛び越す」「乗り越す」を自動詞とします。)

 

「持ち寄る」は新明解だけが自動詞とし、他の辞書は他動詞とします。

 

  持ち寄る (自五)〔事前に集めたり 前もって準備したり するのに支障があって〕
    各人がそれぞれの所有のものを持って寄り集まる。「資料を-/意見を-/
    各人がごちそうを持ち寄ってパーティーを開く」   新明解

  持ち寄る(他五)めいめいが持って寄り集まる。「案を━・って検討する」 明鏡

 

「寄り集まる」は自動詞ですね。しかし、「資料・意見・案 を持ち寄る」で、対象の「を」があるとは考えないのか。

 

「稼ぐ」では岩波だけが「自」で他動詞の用法を認めず、他の辞書は「自他」です。
「自他」の「自」は、

 

  稼ぐ(自五)〔やや古風な言い方で〕仕事に精を出して働く。「━に追いつく貧乏
    なし(=懸命に働けば貧乏することはないということ)」  明鏡

  稼ぐ (自五)その家業などに精を出して励む。「-に追い付く貧乏無し」  新明解

 

このことわざのように、「(金を)得る・儲ける」という意味合いの薄い用法です。
他の、「金を稼ぐ」「学費・利ざや・点数・距離・視聴率・ポイント・時間 を稼ぐ」(明鏡用例から)などはみな他動詞とされます。

岩波は、これらすべてを自動詞の用法とします。その根拠はわかりません。

 

  稼ぐ〘五自〙①精出して働く。一心に働く。働いて金を得る。「生活費を―」
    ②もうける。「点を―」「時を―」(有利な事態になるのを待って、当面の
    困難を持ちこたえようとする)  岩波

 

岩波は「越す」を他動詞とします。その項目の「その動作や作用をもたらす意」という説明は、「生活費を稼ぐ」の「稼ぐ」にまさに該当するのではないでしょうか。

 

次の3語はどれも新明解が他の辞書と違います。

 

       振りかぶる 降り込める かみつく

  新明解8  自     自      他
  明鏡3    他     他    自        
  三国7    他     他    自
  岩波8    他     他    自       
  学研新6   他     他    自
  三現新6   他     他    自
  小学日    他     他    自
  集英社3   他     他    自
  旺文社11   他     他    自
  新選9    他     他    自

 

「振りかぶる」。岩波の「刀を」の例で他動詞と考えるのが妥当でしょう。どう見ても「対象」です。

 

  振りかぶる(自五)〔刀などを〕頭の上に高く振り上げて打ちおろそうとする。
    「大上段に-」   新明解

  振りかぶる〘五他〙頭の上に大きくふり上げる。「刀を大上段に―」  岩波

 

「降りこめる」。例は受身になります。

 

  降りこめる(自下一)外出が出来ないほど、雨や雪が強く降る。「一日中降りこめ
    られた」                     新明解

  降り込める(他下一)雨や雪がしきりに降って外へ出られないようにする。
    「終日、雨に━・められる」▽多く受身の形で使う。  明鏡

  降りこめる〘下一他〙《多く受身の形で》外出できないほど、雨や雪が降って、
    人を屋内にとじこめる。「大雪にめられて困った」   岩波

 

明鏡・岩波の「外へ出られないようにする」「人を屋内にとじこめる」という他動詞的な語釈に対して、新明解は「強く降る」それだけだと主張しているようです。
「こめる」は「籠る・籠める」の意でしょうから、他動詞的ですね。

 

「かみつく」は、この自他の話の最初の回、自他の定義のところでもとりあげました。
岩波の「他動詞は動作・作用が他に影響を及ぼす意を積極的に表した動詞」にぴったりの動詞です。

新明解だけが他動詞とします。

 

  かみつく(他五)攻撃目標に食いついて、ひどい傷を与える。「上役に-〔=食って
    かかる〕   新明解

  かみつく〘五自〙①かんで取りつく。「足に―」
    ②反抗的な意見や文句を言う。くってかかる。「議論の相手に―」  岩波

 

意味の点からは新明解の処置がいいようですが、対象の「~を」をとらない動詞を他動詞とするか。

同じように「~に」をとり、「他に影響を及ぼす意」の「殴りこむ」を新明解が自動詞としていることはすでにとりあげました。意味を重視するというわけでもないのですね。

 

参考までに学研現代新の解説から「かみつく」に触れているところを引用しておきます。

 

 学研現代新国語辞典 第六版「現代日本語の文法」より(p.1579)

  自動詞・他動詞は、「結果が残っている」ことを言い表すときの違いによって区別
  することもできる。「戸が開いている」「戸が開けてある」のように、「ている」の
  ついたものが自動詞、「てある」のついたものが他動詞であるが、この方法はすべ
  ての動詞に適用できないという弱点がある。
  また、「犬が人をかむ→人が犬にかまれる」のように、直接的な受け身を作るかど
  うかも自他動詞の弁別のために使われるが、「犬が人にかみつく」のように「~に」
  をとるものも直接的な受け身を作ったり(人が犬にかみつかれる)、「私は右手を骨
  折した」などでは純然たる他動詞でありながら受け身を作らなかったりするので、
  これも自他動詞弁別の有効な手段とはならない。あくまで、<対象>の「を」を
  とるかどうかで他動詞と自動詞の区別がつけられることに注意したい。

 

しかし、新明解は「を」をとらない「かみつく」を他動詞としています。

新明解は、自他の判定についてどういう基準を重視しているのでしょうか。