これまでの自動詞・他動詞の定義がうまく当てはまりそうもない動詞「向く」を考えてみます。
「右・東・後ろを 向く」という「~を」をどう考えるか。
この連載(?)の最初の回の、自他の定義の話を振り返ります。
まず、三国の「動作が直接に影響をおよぼす対象を持つ」か「持たない」か、から考えると、「右を向く」という動作で「右」が何か影響を受けるということは考えられません。
明鏡の「動作・作用が直接他に及ぶ(及ばない)」という定義ならどうか。
「向く」という動作が「右」に及んでいるか。まあ、そうとも、そうでないとも…。「及ぶ」というより「目指している」ぐらいでしょうか。
新明解の詳しい他動詞の定義、
その動作が動作主以外のものを対象として行われ、それに
変形・変質・位置の移動や(心理的な)摂取、
知的・物質的な生産、現象の出現など、
何らかの影響・変化を及ぼす動詞。
のどれにも合いません。「右」は影響も変化も受けません。「(心理的な)摂取」でもないでしょう。
逆に、自動詞の定義で、岩波の「動作の基準点・通過点を示すもの」、あるいは学研現代新の「離脱点や基準点や移動の場所などを表す」という「~を」も、この「右を」には当てはまりません。
では、各辞書は「向く」をどう扱っているでしょうか。
新明解は自動詞とします。用例に「前(後ろ)を-向く」があり、この「~を」は対象と考えないようです。
岩波も自動詞とします。用例に「右 を/に 向く」とあり、どちらでも自動詞扱いです。「基準点」でも「通過点」でもないのですが。
明鏡は「自他」です。「右を向く」は他動詞の用例として出ています。自動詞なのは「気が向く」「世界の目はアジアに向いている」「運が向く」「若者に向いた仕事」などです。
三国も同様で、「横を向く」は他動詞。「窓が西を向く」は自動詞。「気が向く」「営業職に向く」なども自動詞。
しつこいようですが、「横を向く」と、「横」は「直接に影響をおよぼ」されるんでしょうか。
自動詞とする辞書と、自・他両方の用法を認める辞書とに分かれます。
似た意味の「振り向く」「振り返る」と一緒に表にします。
向く 振り向く 振り返る
新明解8 自 他 他
明鏡3 自他 自他 他
三国7 自他 自 他
岩波8 自 自 他
学研新6 自他 自他 他
三現新6 自他 自 他
小学日 自 自 自他
集英社3 自 自 他
旺文社11 自 自 他
新選9 自 自 自
「振り向く」は自動詞が多く、「振り返る」は他動詞が多くなっています。
まず新明解。
「向く」を自動詞とした新明解は、「振り向く」を他動詞とします。「~を」の用例はありません。
「後ろを振り向く」は他動詞なのでしょう。「後ろを向く」は自動詞なのに。
「振り返る」も他動詞です。用例は「思わず振り返る」「歴史を振り返る」。
「後ろを向く」を他動詞とすれば、筋が通るのだと思います。
明鏡は「後ろを振り返る」「学生時代を振り返る」は他動詞。「後ろを振り向く」も他動詞。
自動詞の「振り向く」は、「いくら訴えても誰も振り向かない」で、「関心を寄せない」という意味の場合です。
「右を向く」を他動詞としたのと対応しています。
三国はなかなか混乱しています。
振り向く(自五)うしろを向く。ふり返る。
振り返る(他五)1(うしろを)ふりむく。2〔過去のことを〕思い出す。
「試合の経過を-」[名]振り返り。 三国
「振り向く」は自動詞で、「振り返る」は他動詞です。
「振り向く」の「うしろを向く」は他動詞のはずです。「ふり返る」も他動詞。語釈はどちらも他動詞なのに、その動詞を自動詞とするのはどうしてでしょうか。
そして、「振り返る」のほうには、「(うしろを)ふりむく。」という自動詞の語釈がある。
つじつまを合わせるには、「振り向く」を「他」とすればいいのでしょうが、そうはしない。
もしかして、誤植?
岩波国語辞典。
向く〘五自〙まっすぐそちらに面する(ように動く)。(略)「右を/に―」
「そっぽを―」(以下略)
振り向く〘五自〙①顔を後ろに向ける。「声をかけられて―」
②注意を向けたり関心を示したりする。「今では誰も-・かない品」
振り返る〘五他〙①顔を後ろに向けて見る。「声のした方を-・った」
②比喩的に、回顧する。「過去を―」 岩波
こう並べてみて、なぜ「振り返る」が他動詞とされるのかわかりません。
「顔を後ろに向ける」と「顔を後ろに向けて見る」の差? まさか。
全部自動詞としている新選がいいのでしょうか。しかし、その根拠は?
他の辞書をじっくり見る気力がなくなりました。
ここまででやめておきます。