ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(8):向く・振り向く

これまでの自動詞・他動詞の定義がうまく当てはまりそうもない動詞「向く」を考えてみます。
「右・東・後ろを 向く」という「~を」をどう考えるか。

 

この連載(?)の最初の回の、自他の定義の話を振り返ります。

まず、三国の「動作が直接に影響をおよぼす対象を持つ」か「持たない」か、から考えると、「右を向く」という動作で「右」が何か影響を受けるということは考えられません。

明鏡の「動作・作用が直接他に及ぶ(及ばない)」という定義ならどうか。
「向く」という動作が「右」に及んでいるか。まあ、そうとも、そうでないとも…。「及ぶ」というより「目指している」ぐらいでしょうか。

新明解の詳しい他動詞の定義、

  その動作が動作主以外のものを対象として行われ、それに 
   変形・変質・位置の移動や(心理的な)摂取、
   知的・物質的な生産、現象の出現など、
  何らかの影響・変化を及ぼす動詞。
   
のどれにも合いません。「右」は影響も変化も受けません。「(心理的な)摂取」でもないでしょう。

 

逆に、自動詞の定義で、岩波の「動作の基準点・通過点を示すもの」、あるいは学研現代新の「離脱点や基準点や移動の場所などを表す」という「~を」も、この「右を」には当てはまりません。

 

では、各辞書は「向く」をどう扱っているでしょうか。

新明解は自動詞とします。用例に「前(後ろ)を-向く」があり、この「~を」は対象と考えないようです。

岩波も自動詞とします。用例に「右 を/に 向く」とあり、どちらでも自動詞扱いです。「基準点」でも「通過点」でもないのですが。

明鏡は「自他」です。「右を向く」は他動詞の用例として出ています。自動詞なのは「気が向く」「世界の目はアジアに向いている」「運が向く」「若者に向いた仕事」などです。

三国も同様で、「横を向く」は他動詞。「窓が西を向く」は自動詞。「気が向く」「営業職に向く」なども自動詞。
しつこいようですが、「横を向く」と、「横」は「直接に影響をおよぼ」されるんでしょうか。

自動詞とする辞書と、自・他両方の用法を認める辞書とに分かれます。

 

似た意味の「振り向く」「振り返る」と一緒に表にします。

 

        向く 振り向く 振り返る

  新明解8  自    他    他  
  明鏡3   自他  自他    他    
  三国7   自他  自     他 
  岩波8   自   自     他  
  学研新6  自他  自他    他 
  三現新6  自他  自     他 
  小学日   自   自    自他  
  集英社3  自   自     他  
  旺文社11  自   自     他 
  新選9   自   自    自    

 

「振り向く」は自動詞が多く、「振り返る」は他動詞が多くなっています。

まず新明解。
「向く」を自動詞とした新明解は、「振り向く」を他動詞とします。「~を」の用例はありません。
「後ろを振り向く」は他動詞なのでしょう。「後ろを向く」は自動詞なのに。
「振り返る」も他動詞です。用例は「思わず振り返る」「歴史を振り返る」。
「後ろを向く」を他動詞とすれば、筋が通るのだと思います。

 

明鏡は「後ろを振り返る」「学生時代を振り返る」は他動詞。「後ろを振り向く」も他動詞。
自動詞の「振り向く」は、「いくら訴えても誰も振り向かない」で、「関心を寄せない」という意味の場合です。
「右を向く」を他動詞としたのと対応しています。

 

三国はなかなか混乱しています。

 

  振り向く(自五)うしろを向く。ふり返る。

  振り返る(他五)1(うしろを)ふりむく。2〔過去のことを〕思い出す。
    「試合の経過を-」[名]振り返り。   三国

 

「振り向く」は自動詞で、「振り返る」は他動詞です。
「振り向く」の「うしろを向く」は他動詞のはずです。「ふり返る」も他動詞。語釈はどちらも他動詞なのに、その動詞を自動詞とするのはどうしてでしょうか。
そして、「振り返る」のほうには、「(うしろを)ふりむく。」という自動詞の語釈がある。

つじつまを合わせるには、「振り向く」を「他」とすればいいのでしょうが、そうはしない。
もしかして、誤植?

 

岩波国語辞典。

 

  向く〘五自〙まっすぐそちらに面する(ように動く)。(略)「右を/に―」
    「そっぽを―」(以下略)

  振り向く〘五自〙①顔を後ろに向ける。「声をかけられて―」
    ②注意を向けたり関心を示したりする。「今では誰も-・かない品」

  振り返る〘五他〙①顔を後ろに向けて見る。「声のした方を-・った」
    ②比喩的に、回顧する。「過去を―」  岩波          

 

こう並べてみて、なぜ「振り返る」が他動詞とされるのかわかりません。
「顔を後ろに向ける」と「顔を後ろに向けて見る」の差? まさか。

 

全部自動詞としている新選がいいのでしょうか。しかし、その根拠は?

 

他の辞書をじっくり見る気力がなくなりました。

ここまででやめておきます。