国語辞典の「自動詞・他動詞」(10):勝つ・抜く・競う
動作者一人の行動でなく、他の人が関わるような動詞を見てみます。
まず、「勝つ」「勝ち抜く」。この2語は三省堂国語辞典のみが自動詞のほかに他動詞用法を認めています。
他の辞書は自動詞のみ。「敵に勝つ・試合に/で勝つ」(三国)などが自動詞の用法の代表例です。
三国の「を」の用例は「菊花賞を勝つ」「最終予選を勝ち抜く」「激しい生存競争<を/に>勝ち抜く」です。確かに「を」の用例があると言えます。
「~を勝つ」の例を書きことばコーパスで見てみると、競馬関係の例が多いのですが、
・残り試合を全部勝つつもりで戦うために
・次のステップはいま惜しい試合を勝つこと。
・ファイナルを制するための試合を確実に勝っていけばいい。
・目の前の1試合1試合をしっかりと勝って行くこと。
・負ければ即引退というシビアな試合を勝って残れたのは
「試合を勝つ」という形で他のスポーツの例も多くあります。
明鏡も新明解も岩波も、「勝ち抜く」には「を」の用例をあげながら、自動詞としています。
明鏡は「予選を勝ち抜き、本戦へ進む」「受験戦争[総裁選]を勝ち抜く」、新明解は「反ファシズムを勝ち抜いたイギリス」、岩波は「予選を―」です。
小学館日本語新も集英社も旺文社も「を」の用例をあげながら、自動詞とします。
それぞれ、「予選を」「トーナメントを」「予選・企業間競争を」です。
これらの「~を」は対象ではない? 通過点、でしょうか。「勝ち抜く」は移動動詞でしょうか?
どうも「通過点」あるいは「通過の経路」の「を」というのは拡大解釈されているように思います。
「引き分ける」は多くの辞書が基本的に自動詞とします。「自他」とする場合の「他」は、「けんかをしている二人を引き分ける」という具体的な動作の場合で、勝敗がつかないという意味では自動詞とします。
ただ岩波だけが「引き分ける」を他動詞とします。用例は「二人を引き分ける」「勝負を引き分ける」です。
データベースを見ると、「を」の例は「~戦を」「試合を」などけっこうあります。
・初戦のルーマニア戦を0‐0で引き分けると続くオランダ戦では
・第1戦を2‐2で引き分けた浦和は、
・その中で福島がTOKIN戦を引き分け、勝点で並ぶ。
・直近4試合をすべて引き分けている北九州
・この「勝てる試合」を「1‐1」で引き分けてしまった。
・アウェイで苦しい試合を引き分けることができれば、
これらの例を見ると、「引き分ける」を他動詞とするほうがいいようです。
勝つ 勝ち抜く 引き分ける
新明解8 自 自 自他
明鏡3 自 自 なし
三国7 自他 自他 自他
岩波8 自 自 他
学研新6 自 自 なし
三現新6 自 自 自他
小学日 自 自 自
集英社3 自 自 自他
旺文社11 自 自 なし
新選9 自 なし 自他
「競う」と「競り合う」の自他を考えます。
「競う」は他動詞のみとするもの5冊、自他とするもの3冊、自動詞のみとするもの2冊です。
新明解・明鏡・三国・学研新・三現新などは「勝敗・優勝・速さ・技 を競う」などの例をあげ、他動詞とします。
岩波と集英社は「腕・開発 を競う」などの例をあげながら、自動詞とします。
この、自動詞の「を」はどういう用法でしょうか。「対象」ではなくて、何なのか。
競う 競り合う しのぐ 抜く
新明解8 他 自 他 自他
明鏡3 他 自他 自 自他
三国7 他 自 他 他
岩波8 自 他 他 他
学研新6 他 自他 他 他
三現新6 他 自他 他 他
小学日 自他 自他 他 他
集英社3 自 自 他 他
旺文社11 自他 自他 他 他
新選9 自他 自他 他 他
岩波の、自信に満ちた(?)自他の区別の論、
動詞は自動詞と他動詞とに分けられるが、国語の場合この区別は文法的なもの
というより意味上のものである。他動詞は動作・作用が他に影響を及ぼす意を
積極的に表した動詞、自動詞はそういう意を積極的には表していない動詞である。
他動詞は助詞「を」のついた文節によって修飾され得るが、逆にそういう連用
修飾語を伴えば必ず他動詞かというと、そうとは限らない。「山を越える」
「空を飛ぶ」「席を立つ」などの「越える」「飛ぶ」「たつ」は皆、自動詞
である。これらの動作の影響が他に全く及んでいないわけではないが、表現の
重点がそこになく、この助詞「を」は動作の基準点・通過点を示すものである
から、これらは自動詞ということになる。「山を越える」と「山を越す」を
比べてみるとよい。「越す」は他動詞である。 岩波「語類解説」から
この論からすると、「腕を競う」の「腕を」はどう位置づけられるのでしょうか。
「争う」は他動詞ですが、「首席を争う」と「腕を競う」で、前者を「対象」とし、後者をそうでないとするには、どのような論理があるのでしょうか。
その岩波は「選手権を競り合う」は他動詞とします。そこの論理は?
集英社は「一等賞を競り合う」を(「競う」と同じく)自動詞とします。
一方、「競う」を他動詞とした新明解と三国は「競り合う」を自動詞とします。「を」をとらないと考えるのか、「を」をとっても、それは「対象」ではないと考えるのか。
複合動詞のデータベースを見ると、
・残り2議席を民主・男性現、公明・竹谷、共産現で激しく競り合う状況に
・高知市議選は34議席を50人で競り合う大混戦。
・東京選挙区の議席を競り合う上位候補に全く紹介されなかった
・生産量はここ数年、鹿児島県と愛知県がトップを競り合う状態で
・男子小学5年500メートル3組でトップを競り合う安田君(右)と佐竹君
・特にヘッドホンの業界ではSONYとトップを競り合うような企業
数は多くないですが、「を競り合う」の例は確かにあるようです。
「しのぐ」では、明鏡だけが自動詞とします。
しのぐ(自五)1つらいことになんとか対処して切り抜ける。乗り切る。乗り切る。
「水を飲んで飢えを━」「応急処置で急場を━」「粘り強い投球で敵の猛攻
を━」「今年の夏は涼しくて━・ぎやすい」
2能力や程度が他を越えてそれ以上になる。こえる。凌駕する。「彼女の実力は
師を━」「壮者を━体力」「一方には空を━ほどの高い樹が聳えていた〈漱
石〉」 明鏡
多くの「を」があるのですが、自動詞とします。なぜかはわかりません。
明鏡は巻末の付録に「品詞解説」をのせていて、動詞などを詳しく解説しています。その自動詞・他動詞の論を見てみましょう。
明鏡国語辞典 第三版「品詞解説」(p.1816)より
自動詞・他動詞は、以下のように区別する。
(ア)「割れる/割る」のように、形態的な対と「~が/~を」の格の対応がある
ものは、「~が」を取るものを自動詞、「~を」を取るものを他動詞とする。
「夜を明かす」のように、「~を」への働きかけは希薄でも、「夜が明ける」
のような対を持つものは、他動詞とする。
(イ)対を持たないが、「~を」を取る動詞のうち、「ご飯を食べる」「石を蹴る」
のように意味的に「~を」への働きかけの強いものは、他動詞とする。
(ウ)「道を歩く」や「幸福な人生を送る」など、移動や時間の経過を表す動詞
で、対もなく、「~を」への働きかけも認めにくいのは、自動詞とする。
(エ)「人にかみつく」のように、対象への働きかけはあるが、「~を」にはなら
ないものも、自動詞とする。
(オ)「ダンスを踊る」「マラソンを走る」のように、対がなく、しかも動詞と意味
的に近接した名詞(いわゆる「同族目的語」)だけが「~を」で現れるものは、
項目の品詞表示では自動詞とするが、[語法]で他動詞としての用法があること
を注記する。
この説明の一つ一つはわかりやすいものだと思いますが、これを読んでも、「しのぐ」がなぜ自動詞なのかはわかりません。
明鏡の語釈には「何とか難局を切り抜ける。乗り切る。」とありますが、明鏡で「切り抜ける」「乗り切る」を引くと、「ピンチ[不況]を切り抜ける」は他動詞で、「なんとか難局を乗り切る」は自動詞です。この辺の自他の判定はかなり揺れているのじゃないでしょうか。
「抜く」では、新明解と明鏡が自動詞の用法を認めます。(「歯を抜く」の類はもちろん他動詞です。)
問題になるのは、「先進国を抜く」(新明解)、「先頭の走者を抜く」(明鏡)のような例と、「センターの頭上を抜く」(新明解)、「打球が右中間を抜く」(明鏡)のような例をどう考えるかです。
新明解はどちらも自動詞とします。明鏡は前者を他動詞とし、後者を自動詞とします。
他の辞書ではどれも他動詞の例とされるようです。
「右中間を抜く」は、確かに「通過」の感じがしますが、「先頭の走者」は対象ではないでしょうか。
新明解も「追い抜く」は他動詞としています。
「先進国を抜く」は自動詞で、「先進国を追い抜く」は他動詞。これでいいでしょうか。
調べれば調べるほど、各辞書の編集者の自他判定基準がわからなくなります。