陰険
多くの辞書の語釈が用例とうまく合っていないと思われる項目です。
陰険 うわべはふつうに見せておきながら、心に悪意のあるようす。「-な人物・-な態度」 三国
「陰険な態度」というのは、「うわべはふつうに見せておきながら、心に悪意のある態度」だというのですが、「心の悪意」が「ふつうに見せるうわべ」から感じられるてしまうということでしょうか。まあ、その芝居がうまく行っていないということですか。ドラマなら、役者さんのうまさが測られるところですね。
表面はふつうそうにふるまっているが、本当は悪心をもっているようす。「-な人物・-な目つきをしている」[類]腹黒 三省堂現代
三国の例はまだよかったのですが、こちらの「陰険な目つき」だと、どうも変です。どういう「目つき」なのでしょうか。
「ふつうそうにふるまっている」のですが、「本当は悪心をもっている」ような「目つき」。
テレビドラマでやったら、役者さんが困りそうですね。軽い冗談を言いながら「目が笑っていない」といったところでしょうか。それでも「悪心」までは表現できない。
他の辞書も、この「陰険な目つき」の例が好きです。
うわべはよさそうにしているが、じつは悪意をもっていて、影ではひどいことをしている。[用例]陰険な男。陰険な目つき。 例解新
うわべはよく見せかけているが、内心は腹黒く、悪意を持っているさま。「やり口が-だ」「-な目つき」 旺文社
表面には出さずに、心の内で悪意を抱いているさま。また、陰で卑劣、悪辣なことをすること。[例]陰険な目つき/陰険な手口。 小学館日本語新
「人物・男・やり口・手口」が「陰険」なのはわかるのですが、「目つき」はどうも語釈とぴったり来ません。
〔表面は優しそうに見えながら〕心に悪意をいだき、人をおとしいれようとすること。「やり方が-だ」「-な目つき」[類語]腹黒。 学研現代
これでは「陰険な目つき」がたんに「優しそうな目つき」にならないでしょうか。「心の悪意」が目つきに出てしまったら「優しそうに見え」ないのでは?
表面の「ふつうさ・よさ・やさしさ」に触れない辞書もあります。
内にわるい心があるようす。悪巧みをするようなようす。「-なやり方」 新選
内の「わるい心・悪巧み」はどうやって知られるのでしょうか。表面に出ている?出ていない?
わるだくみをするような性質・やりかたであること。暗い感じで意地わるそうな様子。「-な目つき」 岩波
見るからに「暗い感じで意地わるそう」で、「わるだくみをする」。「ふつうさ」はぜんぜんありません。辞書によって「陰険」の解釈がずいぶん違います。
以上の二つの用法を分けている辞書もあります。私はこれがいいのだろうと思います。
1 誠実そうに装いながら、心の内に悪意を抱いているさま。「やり口が━だ」
2 暗くて、意地悪そうなさま。「━な目つき」 明鏡
1 表面はよく見せかけて、陰でこっそりあくどいことをする様子。「やり方が-だ/-な手を用いる」
2 見るからに意地悪そう(邪悪)な感じを与える様子。「-な目つき」 新明解
1 表面はよく見せかけて、心の内には悪意を抱いているさま。「陰険なやり口」
2意地悪そうにみえるさま。「陰険な目つき」 現代例解
明鏡・新明解・現代例解は解釈が共通です。「やり口・やり方」は表面と内心の違いで、「目つき」は見かけの悪さの例としています。
表面は何気なく装いながら、陰で悪事をはたらくさま。また、暗く意地悪そうなさま。「やり方が-だ」「-な人」 集英社
集英社は「また」で二つの用法を分けていますが、「陰険な人」はどちらの例でしょうか。「暗く意地悪そうな人」の例だとすると、「表面は何気なく装いながら、陰で悪事をはたらく人」のことを言いたい場合はどうすればいいのでしょうか。やはり「陰険な人」になってしまうと、どちらの意味かわかりません。「陰険なやり方をする人」とでも言えばいいのでしょうか。
先ほど、明鏡などのように二つの用法を分けるのがいいだろうと書きましたが、それらの分析では、「陰険な人」はどちらの用法とされるのでしょうか。どちらにでもなりえ、文脈次第、ということになるのでしょうか。
皆さんは、「陰険な人」ということばからどんな人を思いうかべますか?