新明解の副詞:くたくた・ぐたぐた
新明解国語辞典の副詞「くたくた」と「ぐたぐた」の記述について、細かい話ですが。
まず「くたくた」から。明鏡国語辞典と岩波国語辞典の記述も並べます。
くたくたⅠ-な-に 1まともに立っていられないほど、くたびれきっている様子。
「朝から歩きどおしでもう-だ/-の からだをやっと起こす」
2〔布などが〕古くなって、張りを失っている様子。「-になった着物」
〔強調表現は「ぐたぐた」「ぐだぐだ」〕
Ⅱ(副)-と ぐたぐたⅠ。 新明解
副トニ 1使い古して張りがなくなったさま。「着古して━になったスーツ」
2疲労でぐったりしたさま。「━に疲れる」
3物がよく煮えて軟らかくなりすぎたさま。「野菜を━になるまで煮る」
明鏡
〘副[と]・ノダ〙①非常に疲れたさま。ぐたぐた。「通勤で―になる」「―と椅子に座り込む」
②形が崩れるほどになったさま。「着物が―になる」「―に豆を煮こむ」
岩波
まず品詞の問題から。
明鏡と岩波は「副詞」としていますが、新明解のⅠ「-な-に」とはどういう品詞でしょうか。国語辞典の品詞表示としては非常に特殊な感じを受けます。
前に「大層」をとりあげた時にも書いたことですが、新明解の品詞分類は一般の品詞分類とは違っています。(「2021-7-18 大層」)
新明解はいわゆる「形容動詞」を一つの品詞として認めていません。そのことは「編集方針」にはっきり書いてあります。
『新明解国語辞典 第八版』(2020、p.11)「編集方針」「細則」から
29名詞・副詞のうち、サ変動詞またはいわゆる形容動詞としての用法を併せ有する ものは次のごとく扱った。
-する 名詞のほかにサ変動詞の用法
-な-に 名詞のほかに連体形に「な」、連用形に「に」の用法
-な 右のうち、一般には連体形の用法だけのもの
-たる-と 名詞のほかに連体形に「たる」、連用形に「と」の用法
-と 右のうち、一般には連用形の用法だけのもの
-な-する 名詞のほかにダ活用形容動詞とサ変動詞の用法
-と-する 名詞のほかにタルト活用形容動詞とサ変動詞の用法
ただし、右の用法は雅馴と認められるものに限り、網羅を宗とはしなかった。
(原文縦書き。「右」とあるのはここでは「上」のこと)
一般の「学校文法」では、「形容動詞」は「名詞」「副詞」とは違う品詞ですが、ここでは「名詞・副詞のうち」とあるように、その中のあるものが「いわゆる形容動詞としての用法」を「併せ有するもの」と見なされているだけです。「用法」にすぎず、一つの「品詞」ではないのですね。
新明解の品詞表示は、副詞は(副)として示されますが、名詞の表示は省略されます。つまり、品詞表示が何もなければ名詞と見なされるわけです。
新明解の表紙の裏側に「記号・略語表」というものがあります。そこの「品詞略語」には、
無表記 名詞と、いわゆる連語・句
とあります。
例えば「きれい」は、
きれい -な-に
で、品詞名無表記、つまり名詞です。そして、「いわゆる形容動詞としての用法を併せ有するもの」です。(したがって、新明解は「学校文法」を習っている小学生・中学生には勧めにくい辞書です。)
なお、上の引用では「名詞・副詞のうち」と言いながら、名詞の場合しか説明していません。すべて「名詞のほかに~」ですね。
副詞の場合は、例えば「大層」「当然」「ゆっくり」だと、
たいそう(副)-な
とうぜん(副)-な-に
ゆっくり(副)-と-する
のようになります。
「たいそう」は、まず副詞で、「-な」という「いわゆる形容動詞」の連体修飾の形も「併せ有する」ということを示しています。
これらは、三省堂国語辞典だと、次のような品詞表示になります。
たいそうⅠ(形動ダ) Ⅱ(副)
とうぜん(副・形動ダ)
ゆっくり(副・自サ)
「大層」は、意味の違いにより、形容動詞と副詞に分けられます。「当然」「ゆっくり」は品詞による意味の違いはないとみなされ、違う品詞が一つにまとめられています。
さて、新明解の「くたくた」の話に戻ると、この「Ⅰ-な-に」とは、この用法では「名詞」であり、「いわゆる形容動詞」の連体形と連用形の用法も併せ有するということを示しています。
「くたくた」は名詞だそうです。「きれい」「はなやか」などが名詞だという説は昔からあるのですが、「くたくた」のような語も名詞としてしまうと、「名詞」という品詞が膨らみすぎるように思うのですが、どうなんでしょうか。名詞の中の下位分類が非常に複雑にならざるをえませんが、そこまでは考えていないのでしょう。
用法のⅡに移ります。
Ⅱ(副)-と ぐたぐたⅠ。 新明解
副詞としての用法で、「-と」の形をとります。「ぐたぐた」のⅠと同じだそうです。
新明解の「ぐたぐた」の項は、第七版と八版で違いがあります。
ぐたぐた (副)-と 1原形が損なわれるほど十分に煮込む様子。
2くだくだ。「-言っとったよ」 新明解第七版
ぐたぐた Ⅰ(副)-と 1原形が損なわれるほど十分に煮込む様子。
2くだくだ。「-言っとったよ」
Ⅱ -な-に 「ぐたぐたⅠ1」に同じ。「-になるまで煮ます」 新明解第八版
第七版では「(副)-と」の用法だけです。1の「煮込む」と、2の「くだくだ言う」の用法です。
第八版では、それに「-な-に」の用法が加わります。「いわゆる形容動詞」の用法ですね。
用例は「ぐたぐたに」の形をあげています。
(この用法の品詞は何かというと、「くたくた」と同じ名詞のようです。副詞の用法は、「Ⅰ(副)-と」あるように、Ⅰに限られます。したがって、無表記のⅡは名詞のはずです。)
さて、「くたくた」のⅡは「ぐたぐた」のⅠと同じ、ということは、省略せずに書くと次のようになるわけです。
くたくた Ⅱ(副)-と 1原形が損なわれるほど十分に煮込む様子。
2くだくだ。「-言っとったよ」
問題点が二つあります。
一つは、「くたくた」に2の「くだくだ」の意味があるか、ということです。
くだくだ (副)-と 取るに足らない事をとりとめもなく述べ続ける様子。ぐたぐた。くどくど。 新明解
例えば、
くたくた言っとったよ
こういう言い方があるでしょうか。私の語感ではだめですし、他の辞書の「くたくた」の項にはこの用法が書かれていません。
Yahooで検索すると16件ありましたが、これを一般的な言い方と言えるかどうか。(「くたくた言う」で検索。「くたくたと言う」とすると、「『くたくた(だ)』と言う」の意味でたくさん使われていますが、これは「くだくだ(と)言う」とは違います。)
もう一つは「煮る」場合の助詞の問題です。
新明解によれば、「くたくた(と)煮込む」という言い方をすることになりますが、明鏡と岩波は「に」の形の例をあげています。
物がよく煮えて軟らかくなりすぎたさま。「野菜を━になるまで煮る」 明鏡
②形が崩れるほどになったさま。「着物が―になる」「―に豆を煮こむ」 岩波
明鏡の例は、「煮る」にかかるのではなく「くたくたになる」ですが。
新明解の記述からは、「くたくたに(なるまで)煮る」という言い方は出てきません。ごくありふれた言い方です。この用法も書いておくべきでしょう。
ただ、「ぐたぐた」のⅡには「-になるまで煮ます」という用例があるのですね。このⅡは「-な-に」、つまり形容動詞としての用法です。
「くたくた」の「Ⅰ-な-に」にもこれと同じように書けばいいのです。
3原形が損なわれるほど十分に煮込む様子。「-になるまで煮ます」
そして、Ⅱには、
Ⅱ(副)-と 「くたくたⅠ3」に同じ。「-(と)煮る」
とすればいいわけです。「ぐたぐた」を参照しなくてもいい。
同じ項目の中で、品詞の違うものを参照項目とするということは、新明解はよくやっています。
例えば、
べと べと(副)-と-する Ⅰ表面がねばついたり 湿気を帯びたり したような状態になっていて、さわると不快に感じられる様子。「梅雨時は家中どこも-する」
Ⅱ-な-に 「べとべとⅠ」に同じ。「床が油で-になる」 新明解第八版
このⅡの用法は、「ぐたぐた」のⅡと同じように、第八版で加えられたものです。
べと べと(副)-と-する 表面がねばついたり 湿気を帯びたり したような状態になっていて、さわると不快に感じられる様子。「梅雨時は家中どこも-する」 新明解第七版
新明解の擬態語には、副詞とされて「-に」の用法が忘れられていたものがけっこうあったようです。
ざらざら(副)-と-する 肌ざわりや舌ざわりがなめらかでなく、細かなひっかかりが感じられる様子。「表面が-した紙/砂ぼこりで-の床(ユカ)」⇔すべすべ 新明解第七版
ざらざら⇔すべすべ Ⅰ(副)-と-する 肌ざわりや舌ざわりがなめらかでなく、細かなひっかかりが感じられる様子。「表面が-した紙/砂ぼこりで-した床(ユカ)」
Ⅱ-な-に「ざらざらⅠ」に同じ。「-の紙/手があれて-になる」 新明解第八版
第八版では、Ⅱとして、形容動詞の用法が書き加えられています。次も同様です。
かさかさ(副)-と-する 1(略) 2(略) 新明解第七版
かさかさ Ⅰ(副)-と-する 1(略) 2(略))
Ⅱ-な-に「かさかさⅠ1」に同じ。(略) 新明解第八版
「さらさら」「がさがさ」でも、第七版と第八版で同じような違いがあります。他にも同様の例がたくさんあるのでしょう。改訂で記述が改善された例です。
「くたくた」の場合は、以上のような改訂がどうもうまくいっていないようです。どうしたのでしょうか。
いつもとりあげる三省堂国語辞典をまだ見ていませんでした。
(形動ダ)1からだがひどくつかれて、力がぬけたようす。「働いて-になる」2形のくずれたようす。「-な背広・-になるまで煮る」 三国
三国は「くたくた」を形容動詞としています。しかし、そうすると、「くたくたと煮込む」という形が導けませんし、岩波の用例「―と椅子に座り込む」もはじかれてしまいます。
やはり、「くたくた」には「副詞-と」という品詞の用法を認めることが必要だと思います。
なお、三国と明鏡には「ぐたぐた」という項目はありません。これも、あったほうがいいと思います。(「くだくだ」と「ぐだぐだ」という形もあって、まったく面倒な話ですが。)