ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

岩波八版:会話・あいだ・蹴る・営業

以前岩波の旧版で触れた語をもう一度振り返ります。今回の改訂でも変わらなかったところと、変わったところと。

まずは変わっていないところから。

 

・会話
ずいぶん前にとりあげた語で「会話」を。(2013-07-06 「会話する」)

 

  会話 向かいあって話しあうこと。また、その話のやりとり。「英-」  岩波

 

改訂の際に、こういう項目を読んで、おかしさを感じないのでしょうか。
なぜ「向かいあって」なのか。友だちあるいは恋人とベンチで並んで話したら「会話」ではないのか。電車の中でもいいです。

その場合、「おしゃべり」と「会話」の違いが問題になるかもしれません。でも、「向かいあって」いるかどうかは別のことでしょう。

3人以上だったら?「テレビを見ながらの家族の会話」とか。必ずしも向かいあっていません。

また、二人以上の人間がある問題の処理について「話し合って」いる時、「会話をしている」とはちょっといいにくい感じがします。

「会話」というのはもう少し気楽な感じです。「問題解決のための話し合い」はいいけれど、「問題解決のための会話」というのは私にはちょっと不自然に感じられます。「問題解決のための対話」ならより自然です。

用例の「英会話」も向かいあってするものなのでしょうか。

 

  対話 向かい合って話すこと。また、その話。「複数のユーザーと-する」「-体の文章」  岩波

 

「対話」なら、「向かいあう」感じがしますね。この「対話」のイメージなのでしょうか。

 

・間
「あいだ」の語釈は、面白い例として出したことがあります。(「2016-03-16  あいだ」)

 

  あいだ 1これとそれとに挟まれたところ。(略)ア並ぶ(並べて考える)これとそれとが挟む位置の部分。「大阪と広島(と)の-の都市」「今日から三日の-安売りをする」「nとn² との-にある素数」。(略)  岩波

 

なんで「これとそれ」なんでしょうか。「これとこれ」じゃだめ?

「nとn² 」だと、「n」が「これ」で、「n² 」が「それ」ですか??

「(心理的または空間的・時間的に)自分にもっとも近いものを指し示す語」(これ)と「(心理的または空間的・時間的に)自分から少し離れたものを指し示す語」(それ)と言うより、たんに「二つのものに挟まれたところ」と言ってもいいのじゃないかと思いますが、だめなのでしょうか。
まあ、「これとそれ」のほうが語釈としては面白いですが。

また、「今日から三日の間安売りをする」の場合、例えば今日が「20日」だとすると「20日、21日、22日の三日間、安売りをする」というのが私の理解ですが、「20日」が「これ」で「22日」が「それ」、「挟まれたところ」は「21日」になってしまうのではないでしょうか。

この例は「これとそれとに挟まれたところ」の例として適当でしょうか。私が何か誤解をしているのでしょうか?

岩波は、その語釈にぴったりする例よりも、いわば「応用例」のようなものを出したがるところがありますが、それにしてもこの例は「これとそれ」から離れすぎているのではないでしょうか。

 

・蹴る
これは今回気づいたことですが、「蹴る」の語釈と用例の問題です。(上の「応用例」に関係します。)

 

  蹴る 1足の先で強く物を突いて動かす、また、はね飛ばす。「ボールを-」「席を-・って立ち去る」(略)  岩波

 

まず、語釈の不充分さですが、「足の先で」だけではありません。「足の甲」でも「足の内側」でも蹴ります。踵でも。「膝蹴り」などというのもあります。

また、対象となる「物」は必ずしも「動か」されるわけではありません。壁を蹴ったり、地面を蹴ったりもします。

それと「席を蹴って立つ」という、ひゆ的な言い方が用例になっていますが、本当に蹴る(足の先で!)わけではないので、何らかの説明が必要です。(応用的な例です。)

三国・新明解の「蹴る」の用例から。

 

  「席を蹴って〔=ひどくおこって〕退場する」  三国
  「席を蹴って立つ〔=怒って、その場を立ち去る〕  新明解

 

このくらいの説明が必要でしょう。岩波は、こういうところで手を抜きがちです。

(岩波を使うぐらいの人は「席を蹴って」の意味ぐらい知っているさ、という下手な言い訳をするなら、そもそも語釈が要らないし、この項自体が要りません。その言い訳は辞書の自殺行為です。)

 

・営業
以前、「営業」の新明解と明鏡の語釈を比較して、

 

    名 1 自他サ変(営利を目的として)事業を営むこと。特に、店や窓口を開いて客を相手とする仕事を行うこと。「飲食店を━する」「この店は四時まで━している」「━妨害」「深夜━」
     2 会社などで、販売関係の仕事。また、その部署。「総務から━に移る」「その件は━に報告させます」  明鏡

  新明解には明鏡の2の用法がありません。ごく普通の用法です。

 

という指摘をしました。そして、三国と現代例解のこの用法の部分を紹介し、

 

  他の辞書でこの用法をのせているのは、三省堂現代新、旺文社など。
  この用法がないのが、岩波、学研現代新、新選、集英社でした。

 

と書きました。(「2019-11-10  営業」)

岩波の七版にはこの用法の記述がなかったのですが、八版でこの用法が書き加えられました。

 

  2販売促進のための業務・活動。  岩波八版

 

こういう風に「改訂」すると、改訂の意味があり、改訂のたびに買う側としても、納得します。用例があればなおよかったのですが。