ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

新明解第八版:上

新明解国語辞典第八版の項目を検討します。このブログで以前とりあげたものです。(2017-11-18 上)

niwasaburoo.hatenablog.com

 新明解から。第七版も八版も同じです。

 

    上 1 高い(方にある)こと(所)。 (用例略)
     2〔地位・能力・数量などの程度が〕高いこと。まさっていること。
     3 外に現われている所。表面。         新明解第七版・八版

 

一つの問題は、語釈が堂々巡りになっていることです。

 

   高い 基準とする位置から上の方向への隔たりが比較の対象とする

      (一般に予測される)ものより大きいと認められる状態だ。

                            新明解第七版・八版

 

「上」の説明に「高い」が使われ、「高い」の説明に「上の方向」が使われています。

ただし、これは他の辞書も同様なので、新明解だけの問題ではありません。

まあ、「上」や「高い」の(基本的)意味がわからなくて辞書を引く人はあまりいないでしょうから、大きな問題ではありません。

(よく話題となる、「「右」「左」をどう定義するか」に比べて、「「上」「下」をどう定義するか」が話題にならないのはなぜなのでしょうか。)

 

もう一つの問題。こちらは国語辞典として重要な問題です。

他のいくつかの辞書で扱われている「上」のある用法が、新明解では扱われていないことです。

新明解自身の他の項目で、その用法で「上」が使われている例をみつけました。

 

   上述 -する (他サ)  上(前)に述べたこと。  新明解第八版

 

この「上(前)に述べた」の「うえ」の用法は、上(!)の新明解の語釈123のどれにも当てはまりません。「高い」わけでも、「外に現われている」わけでもありません。

明鏡の説明を前回の記事から。次の⑤が「上述」の「上」ですね。

 

    ③平面上の位置関係で、中心部や基準とする所よりも視線が上がる所。

     「写真の中央から二センチほど-に変な影が写っている」「-から

     三つ目の文字は誤植だ」

    ⑤文章で、既述された部分。以上。「-に述べたように」[表現]横書

     きでは「上」、縦書きでは「右」と使い分ける場合もある。   明鏡

 

この説明に対する前回のコメントも引用しておきます。

 

   「視線が上がる」から「上」ということでしょうか。そもそも「視線が上がる」理由は何なのか、が説明すべきことなのでは?

   また、文章で「上に述べた」というのはなぜなのか。「以上」という類義表現を加えたのはうまいと思いますが、なぜ「(以)上」なんでしょうね。日本語(中国語も)はもともと縦書きだったわけですから、「右」のほうが自然な気もしますが。

   [表現]の欄で「横書きで(上):縦書きで(右)」の違いに触れているのもなかなか細かくていいと思います。(ただし、③のほうの例文で「上から三つ目の文字」は縦書きの場合でしょう。1行の中での話と、2行以上にまたがる「文章」での既述部分の話とでは、[上]か[右]かが違ってくるわけです。なかなか難しい。)


前回は、他の辞書(旺文社・現代例解・大辞林小学館日本語新)の説明もいくつかあげて、いろいろ議論しました。
なかなか話は複雑で面白いのですが、新明解はこの用法について何も書いていません。

なお、三国・岩波にもこれらの用法についての記述はありません。

ごく普通に使われる用法が説明されていないのは、国語辞典としてよろしくないでしょう。