ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

勝つ・負ける

新明解国語辞典第八版の項目を検討します。このブログで以前とりあげたものです。
(「2015-07-19 勝つ・負ける」)

「勝つ」です。第八版で語釈を少し書き替えたのですが、相変わらずおかしな語釈だと私は思います。

 

 【勝つ】(自五)(だれ・なにニ-) 実力の違いを認めさせて、それ以上対抗することを断念させる。「テニスの試合に-/強い者が―とは限らない/議論では彼に勝てない/善は悪に―/勝てば官軍〔=戦いに勝った方が結果的には善い者とされる〕」  新明解第七版

  対抗する相手に、実力の点で自分のほうがまさっていることを認めさせ、それ以上優劣を競うことを断念させる。(例略)  第八版

           
ゲームでもスポーツでも、一勝負終わった後で、負けたほうが「もう一回やろう。今度は勝つぞ」というのはごくごく普通のことだと思うのですが。

また、野球の日本シリーズや将棋などで「七番勝負」というのがよくありますが、その第一戦に負けたら、もう「断念」しちゃうんでしょうか。

いったいどういう経験から「それ以上…断念させる」などという語釈が出てくるのでしょうか。卓球やテニスで、相手に一点も(一ゲームも)取らせずに勝つ、というような状況でもないと、「断念」はしないでしょう。

 

「負ける」も同じ考え方です。八版での改訂はありません。

 

 【負ける】(自下一)(だれ・なにニ-)相手の強い力に立ち向かうことが出来ず自分の優位が保てなくなる(抵抗する気力を失う)。「戦争(圧力)に-/試合に-/訴訟に-/誘惑(雰囲気)に-/腕力では彼に負けない〔=劣らない〕/きょうのところは負けて〔=相手に従って〕おく/負けずにやり返す/暑さに-/-が勝ち」   新明解第七版・八版

 

じゃんけんで勝ったり負けたりするときに、こんな気持になるものでしょうか。

ただ、新明解のいいところは、「語釈の堂々めぐり」を避けて何とか説明しようとする努力が見られることです。

悪い例として明鏡国語辞典を見てみると、(用例など略)

 

   勝つ  争いごとや試合などで相手を負かす。勝ちを収める。
   負かす  相手を負けさせる。~に勝つ。   
   負ける  相手と争って屈する。敗北する。敗れる。  
   屈する  負けて服従する。屈服する。
   敗れる  試合・勝負などで、相手(との戦い)に負ける。敗北する。  明鏡

 

「勝つ」ことは「負けさせる」ことで、「負ける」ことは、結局、どういうことかわかりません。

わかり切った言葉だから、他の語で言い換えておけばよく、それ以上の説明は要らないという判断でしょうか。明鏡以外の辞書にもあるパターンです。

 

岩波国語辞典の七版と八版。語釈の表現を少し変えています。

 

  七版

   勝つ  戦争・試合などで、相手を負かす。競争で、先を越す。(以下略)

   負かす  負けさせる。勝つ。 

   負ける  戦ってうちくずされる。相手より劣っていて、対抗できなくなる。

   八版

    勝つ   戦争・試合などで、相手を負かす。競争で、相手・他を上回る。(以下略)

   負かす  負けさせる。勝つ。  

   負ける  戦った結果、力量が下になる。相手より劣っていて、対抗できなくなる。

 

新明解に似た感覚のようです。「負ける」で似たような語釈になっています。

「試合で負ける」と「対抗できなくなる」のかどうか。上に述べたように、例えば野球の日本シリーズの第一戦で「負け」ても、第二戦で勝とうと思うのじゃないでしょうか。

八版で書き直された語釈の「戦った結果、力量が下になる。」という表現もよくわかりません。

「力量が下」である結果、「戦って負ける」のではないでしょうか。
「戦った結果、力量が下だとみなされる」と言いたいのでしょうか。

 

三省堂国語辞典も見てみましょう。すっきりしています。

 

   勝つ 相手と争って、自分のほうが強いという結果にする。(例略)
   負ける 相手と争って、自分のほうが弱いという結果になる。  三国

 

意識的に語釈の形をそろえているようです。

わかりやすい語釈でとてもいいと思いますが、「勝つ」の「~結果にする」というところ、どうにもこなれない表現です。「~結果を得る」ではどうでしょうか。
「負ける」の「~結果になる」はいいと思うのですが。

 

新明解のような書き方になってしまうのは、勝ち負けというと、戦争のような、負けるとしばらくは戦えなくなるようなことが頭に浮かぶからでしょうか。

三国の語釈でも「強い:弱い」という表現を使っていますが、例えばきょうだいで折り紙の上手さを競って、「僕の勝ちだね」という時、「強い」という表現が適当かどうか。「うまい」「優れている」あたりでしょう。

また、裁判で「勝った」という時、「自分のほうが強いという結果」というのもなんだか。これは「優れている」というのもぴったりしません。何と言ったらいいのでしょうか。「自分のほうが正しいという結果」を得た、のでしょうか。

日常的な勝ち負けというのは、あるルール(約束事)の中でゲーム・試合のようなことをして競い、その結果、「その時は」どちらがより優れていたか(「正しいか」?)を、対戦者が(審判・観戦者を含めて)(一回ごとに)認め合うことでしょう。

ただし、以上のようなことを、語釈で短く、うまく書けるかどうかは別の問題で、とても難しいことだとは思います。

とりあえずは、三国の語釈を元にして、もう少し広く適用できるような表現にすればいいのではないかと思います。