ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

新明解第八版:鉛分

新明解国語辞典第八版の項目を検討します。このブログで以前とりあげたものです。(2015-06-07 鉛分)

 

「鉛分」という項目。語釈がわかりにくい項目です。第七版、八版とも同じです。

 

   えんぶん 鉛分  鉛の成分。  新明解第七版・八版

 

「鉛分」とは「鉛の成分」だというのですが、「鉛の成分」と言ったら、「鉛」なのではないでしょうか。

 

   成分  その物を構成している個個の物質(元素)。  新明解

 

なのですから。

「鉛」を「構成している」物質とは、つまり「鉛」です。

あるものがいくつかの物質によって構成されているとき、そのそれぞれが「成分」と言われます。

その例としてぴったりなのが隣の項目です。

「鉛分」の隣の項目は、発音が同じ「塩分」です。

 

   えんぶん 塩分  海水や食品などに含まれている塩類(の量)。

 

こちらは、上の「成分」の語釈通りの説明です。「海水や食品を構成している」物質の一つとして「塩類」がある。それを「塩分」と言う。「塩分」はその量を指す場合もあります。

「~分」の他の例を新明解でさがすと、いろいろあります。

 

   灰分  その物の成分としての灰。  新明解(以下も同じ)

   金分  その金属の中に含まれている純金の割合。

   脂肪分  動植物の体内に含まれる脂肪としての成分(の分量)。脂質。

   水分  物の中に含まれている水(の量)。みずけ。
       液体。特に、果物・野菜に含まれる汁。

 

これらの項目では、「鉛分」とは違って、わかりやすく書かれています。

 

   鉄分  成分としての鉄。

 

これも、「何か他のものの中の成分」でしょう。そう書いたほうがいいのでは。

 

   糖分  糖類の成分。〔俗に、甘み(を含んだ菓子など)の意にも用いられる〕

 

ん? これも変ですね。

こういう語釈でいいと思ってしまうのは、もともと「糖分」の意味を知っているからです。

「糖分」の意味を知ろうと思って辞書を引いた人が、「糖類の成分」という説明で問題なくわかるのでしょうか。(「成分」の意味を上の語釈のように考えて。)

 

大辞林大辞泉を見てみます。

 

   鉄分  ある物質に含まれる鉄。成分としての鉄。「-の多い水」 大辞林

   鉄分  物に含まれる成分としての鉄。かなけ。「―の豊富な食品」 大辞泉

   糖分  ①糖類の成分。②甘み。  大辞林 

   糖分  あるものに含まれる、糖類の成分。また、甘み。「―を控える」 大辞泉

 

なるほど。「糖類の成分」というのは、大辞泉の「あるものに含まれる」というのを前につければ、引っかからない表現になるのですね。

最初の「鉛分」もそういうことなのでしょう。大辞林大辞泉の「鉛分」を。

 

   鉛分  鉛の成分。鉛の含有量。  大辞林 第三版

   鉛分  物の中に含まれている鉛の量。  デジタル大辞泉

 

大辞林は新明解と似ていますね。「鉛の含有量」というのもわかりにくい言い方です。

結局、最初に書いた違和感を解消するには、大辞泉の語釈にちょっと加えて、

   鉛分  物の中に含まれている鉛の成分(の量)。

ぐらいにすればわかりやすくていいんじゃないかと思うのですが。

 

「鉛の成分」という言い方のわかりにくさには、「鉛の成分」の「の」と、「ある物質の成分」の「の」の用法の違い、という問題があると思います。

   名詞+の+名詞

という名詞句の中の二つの名詞の関係にはいろいろな種類がありますが、一般的なものの一つが、「ある物質の成分」の「物質」と「成分」の関係です。

この場合、前者が「全体」で、後者が「部分」になっています。「家の屋根」とか「机の脚」とか、よくある関係です。

それに対して、「鉛の成分」の場合はそうではなくで、(あるものの)「成分」=「鉛」という関係です。言い換えれば、「あるものの(鉛である)成分」ですね。

これは、「弁護士の叔父」などの表現と同じです。ある「弁護士」がいて、それが同時に(私の)「叔父」である、場合です。(もう一つ、ある「弁護士」がいて、その弁護士の「叔父」がいる、場合がありえます。この表現は意味があいまいなわけです。)

「鉛の成分」の場合は、「鉛」の「成分」は鉛に決まっていますから、「全体:部分」の解釈は成り立たず、ある物質の中の「鉛である成分」でしかありえません。
だから、間違いようがないだろう、というのが、新明解の執筆者・編集者の考え方なのでしょう。

しかし、初めて「鉛分 鉛の成分」という語釈を見た時、私は「え?」と思いました。そう感じたのは、私の日本語解釈力が不足しているのでしょうか。

 

ちなみに、「鉛分」とは何の成分なのかをネットで検索してみると、「ガソリン中の鉛分」「水道水の鉛分」「ハンダの鉛分」「鉛ガラスの鉛分」などの形で使われています。

こういうものを用例として載せれば、「成分」であることがはっきりわかります。

   えんぶん 鉛分 鉛の成分。

だけだと、その行の下に十字分以上の空きがあります。「ガソリン中の鉛分」が十分入ります。

語釈を書き換えてしまうと、2行になってしまいますが、「ガソリン中の・水道水の・鉛ガラスの 鉛分」とでもすれば、情報量が多くなっていいでしょう。

「鉛の成分」だけでよしとするのは、辞書編集者として怠慢じゃないでしょうか。

「糖分」も書き換えてみると、

   糖分 食品の中に含まれる糖類(の量)。「糖分の少ない缶コーヒーを選ぶ」
     〔俗に、甘み(を含んだ菓子など)の意にも用いられる〕

ぐらいでしょうか。「甘み」の用例もほしいところです。

もう少し、わかりやすい、辞書を引いたかいがある項目にしてほしいと思います。