新明解国語辞典第八版の項目を検討します。
今回は「雌」です。
新明解の、一読して、これはおかしいと感じる語釈の例です。
めす 動物で、受精して子をはらむ方。⇔雄 新明解第八版(二版から同じ)
私は、残念ながら新明解の初版を持っていないのですが、おそらく初版も同じだろうと思われます。
どこがおかしいか。
「受精して子をはらむ」のは、「体内受精」をする動物に限られます。
多くの魚のように、雌が卵を産んだあと、雄がそれに精子をふりかけることによって受精が行われる場合、雌は「子をはら」みません。(「体外受精」)
テレビの動物番組で魚の産卵シーンを放送することがありますが、そういうものを見れば明らかなことです。
標準的な明鏡国語辞典の記述。
動物の性別で、卵巣をもち、妊娠・産卵をするほう。 明鏡
私の生物学の知識は極めて怪しいのですが、おそらく、これでいいのでしょう。
まず、「性別」の問題であることをはっきり示したほうがいいでしょう。新明解の「動物で~方」というのは、動物に「性」による区別があるという知識を前提にしています。それを明記したほうがいい。(「有性生殖」の動物に限った話ですし。)
魚の雌は「卵子」または「卵」を持っているわけですが、それを「子」と言っていいかどうか。「子持ちシシャモ」などとは言いますが、正確にはまだ「子」ではないでしょう。
三省堂国語辞典は、植物の「雌」についても記述しています。
1動物のうち、妊娠または産卵をするほう。(略)2めばなだけを持つ植物。 三国第七版
植物の「雌雄」というと、イチョウがよく知られていると思います。(新明解の「いちょう」の項目には「雌雄異株で」という記述があります。)
実は、三国の第二版は新明解と同じ書き方でした。(初版は持っていません。)
1動物のうち、受精して子をはらむほう。め。めん。2めばなだけを持つ植物。 三国第二版
元々三国と新明解は同じ編集者たちが作ったものなので、同じ語釈があるのは当然のことです。
二つの辞書の編集者が、ある事情によって分かれていったあと、三国の編集者は、後の改訂の際に、この語釈は問題がある、と考えて書き直したのでしょう。(四版では書き直されています。三版は持っていません。)
新明解はずっとそのままです。次の版では改訂してほしいものです。
ついでに、他の辞書で興味深かったものを紹介します。まず学研現代新国語辞典。
生物で雌性配偶子を生じる個体。特に、動物で、卵巣をもち卵を生じる方の称。 学研現代
なかなか学問的な香りがします。
しかし、「配偶子」とはどういうものか、を調べようとしても「配偶子」という項目はありません。「配偶」もありません。(「配偶者」はあります。)
また、「雄」のほうは、
動物のうち、精巣をもち、精子を形成するもの。 学研現代
となっていて、「雄性配偶子」は出てきません。
おそらく、「雌」の項の執筆者は、生物学に詳しいか、あるいは生物学事典などを調べて、上の記述をしたのに対して、「雄」の執筆者は、ふつうに他の辞書と同じような記述をした、ということではないかと思われます。(そして、編集者はその調整をしなかった。)
もう一つ。小学館新日本語辞典。
1動物のうち、受精して子供を産む能力をもつもの。⇔雄。[例]雌猫を飼う。2女性を軽蔑していう語。◆「めうし」「めんどり」などように「め」「めん」となることもある。 小学館新
1は新明解と同じで、書き直す必要がありますが、この2にはびっくりしました。確かにそういう使われ方はあります。いやな使われ方ですが。
特に、複合した「牝犬(雌犬)」という言い方が女性に対して使われます。
反対に、男に対して「このオス(イヌ)!」などということはあまりなさそうです。(「このケダモノ!」などというのが「対応」するでしょうか。場面によりますが。)
こういう使われ方もきちんと書いておくことは必要なことなのでしょう。