前々回の続きです。
新明解以外の辞書が「食べ物・食物・食品」をどう説明しているか見てみましょう。
まずは岩波国語辞典。
食べ物 食用にするものの総称。しょくもつ。
食物 たべもの。食品。▽広くは飲物も含む。
食品 食べ物にする品。広くは、飲食物の総称。「-衛生法」 岩波第八版
みな同じ、ということでしょうか。あまり細かいことは気にしない岩波。
「食物」の、「たべもの。食品。」という書き方は、いかにも岩波、という感じがします。
古き良き時代(?)の国語辞典の雰囲気を漂わせています。
次は明鏡国語辞典。
食べ物 食用にするものの総称。くいもの。しょくもつ。「━が豊富な時代」「━屋」
食物 食べ物。「栄養のある━」▽飲み物を含めていうこともある。
食品 人が日常食用にする飲食物の総称。食料品。「生鮮[冷凍・インスタント]━」 明鏡第三版
こちらもみな同じです。「食品」に「日常食用にする」とありますが、「日常」以外の「食用」を特に考える必要はないでしょう。「食料品」という別の語が出てきました。
もう一つ、「人が」という食べる主体が現れています。
動物の場合はどう考えるのか。「食べ物」「食物」は人以外でもいい?
そこまで考えているなら、それをはっきり書くべきです。
岩波は、そういうことはまったく考えない。鷹揚な辞書です。
鷹揚 ゆったりとしてこせこせしないさま。おっとりとして上品なさま。 岩波
三省堂国語辞典は「食品」が少し違います。
食べ物 〔生きていくために〕食べるもの。しょくもつ。「明日の-にも困る」
食物 〔成長し、健康を保つために〕食べるもの。たべもの。〔広くは、飲物もふくむ〕
食品 食物となる品物。〔広くは、飲物もふくむ〕「-衛生」 三国第七版
「食べ物」と「食物」は同じ。「生きていくために」と「成長し、健康を保つために」の違いは何でしょうか。両方に共通でしょう。
「食品」は「品物」だと言っています。
品物 2 商品。 三国第七版
「食品」は「商品」なのですね。自宅の畑でとれた野菜は「食品」とは言いにくい。「食品」は店で売っているもの、買ってきて食べる物、ということのようです。
三国も、食べる主体のことは考えていません。
類語辞典から。
「食べ物」は口にして食べる物で、普通は穀物・肉・魚・野菜などを食べられるように料理した物や、そのまま食べられる果物などを指す。「食料」は料理する以前の穀物・魚肉・野菜類や果物類の総称。「食料品」は主食となる穀物類は含まない。「食糧」と書いて、「三日分の食糧・食糧事情・食糧年度」など、計画に基づいて計られる主食となる穀物を指す文章語。「食品」は食料品と同じ物を指すか、食料品に調味料・飲み物を加える場合がある。「食物」は硬い文章語で、体内に栄養として吸収されるという面から見た食料。また生態系の中で連鎖する食料を指す場合もある。
類義語使い分け辞典 研究社 p.719
「「食物」は硬い文章語」というのは賛成です。他の辞書がそのことを書いていないのが不思議です。私にとって、「食べ物」と「食物」のいちばんの違いは文体差です。
小学館日本語新辞典はこれらの語を詳しく扱っています。まず、それぞれの項目を。
食べ物 人や動物が生きるために食べるもの。食用にするもの。[例]食べ物に好き嫌いのある人/近ごろの子は食べ物を粗末に扱う傾向がある/戦争中は食べ物にも困ったものだ。
食物 「食べ物」のやや硬い言い方で、飲み物を含めることもある。[例]栄養価の高い食物を十分とることが大切だ/食物連鎖〔=生物界の食物関係をその動物の食性によって系列として表したもの)〕
食品 食物となる品物。多く、加工・販売されている食べ物をいい、飲み物を含めることもある。[例]食品の検査を行う。/食品加工/食品添加物/冷凍食品/インスタント食品。 小学館日本語新
「食べ物」は一般的な用語。「食物」は「やや硬い言い方」。「食品」は「食物となる品物。多く、加工・販売されている食べ物」です。
そして、「食べ物」の項の後で、類義語の「異同」を説明します。
小学館日本語新辞典 「食べ物」「食料」「食糧」「食品」の異同(「食べ物」の項)
この四語は、人の食べるものをいう点で共通する。「食べ物」は最も広く使われる日常語、「食料」は主に副食物、「食品」は主に加工した食物をいう。「食糧」は、主食をさすのが普通だから、「冷凍した-」のような場合は使いにくい。
「一週間分の-を用意する」のように、ある人数のある期間の食物の意では、「食糧」が適当だが、「食べ物」「食料」も広い意味をもつので使える。「食品」は主食を含まない感じが強いので使いにくい。
「犬に-をやる」のように、動物の場合は「食糧」「食品」は使えない。ただし、「ペット食品」のように、商品としての食物をいう場合は「食品」も用いることがある。「食料」も使えるが、やや不自然。最も日常的な「食べ物」が最適。
「-に好き嫌いがある」のように、食用となるもの一般を表す場合は、「食べ物」以外は使いにくい。
「「食べ物」は最も広く使われる日常語」をまず言っておく必要があります。
「犬に-をやる」の例でまず頭に浮かぶのは「えさ」でしょうが、それは別とします。
全体によい説明だと思いますが、なぜか「食物」が比較対象とされず、説明の中に出てきてしまうのはまずいと思います。「食物」の項を見れば、「食べ物」とほぼ同じ(文体差)と見なしていることがわかるのですが。
さて、こうやっていろいろ見てきた後で、(前々回にとりあげた)新明解の説明をもう一度見てみると、
食物 食品をそのまま(数種類組み合わせて)食用に適するように調理・加工したもの。食べ物。例、米・みそ・ダイコンは食品、御飯・みそ汁は食物。〔広義では、飲み物を含む〕 新明解第八版
考える出発点で、何か方向を間違ってしまったのではないかと思います。
余談:
「調味料」ということばが出てきて、ちょっと考えました。
例えば、「コショウ」は「食べ物・食物」か。
「食品」ではあるのでしょう。たぶん。
「しょうゆ」は? 液体ですが、「飲み物」ではない。「食べ物」でもない。
でも、やはり「食品」あるいは「食料品」ではあるのでしょう。
これも「食べ物」と「食品」の違いの一つなのか。