ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

新明解第八版:ぬるい・なまぬるい

「ぬるい」の説明がどうも不十分、という話です。
新明解と、それに似たような語釈の辞書を。

 

   ぬるい 〔お茶・風呂などが〕望ましい熱さになっていない状態だ。「ぬるくなった茶/生-」⇔熱い  新明解第八版

    ちょうどよい温度より少し低い温度である。あまり熱くない。「-風呂」  旺文社

   ちょうどいい温度より低い。「-お茶」「ふろが-」  集英社

 

「熱くなければならないものがそうでない」という点で共通しています。お茶と風呂も共通。

 

   熱くはなく、少しあたたかいさま、また、温度が少し低いさまである。「ぬるいふろが好きだ」「お茶がぬるくなった」  現代例解

 

いや、「温度が少し低い」だけで、それがいい場合もある、と。「ぬるいふろ」がいい。
(でも、それならなぜ「少し低い」と言うのか。何と比べているのか。)

 

岩波は、そのまま読むとまったくおかしな話になります。

 

   (液体が)冷たくはないが十分温かくない。適度な温度ではない。「茶が-・くなる」「-ふろ」「ビールが-」  岩波八版

 

「ビールが十分温かくない」とはどういうことなんでしょう。どういうビールが好きなのか。

おそらく、語釈と用例が次のように対応するというつもりなのでしょう。

   (液体が)冷たくはないが十分温かくない。「茶が-・くなる」「-ふろ」
    適度な温度ではない。「ビールが-」

つまり、この語釈を読む人が、そもそもこの語の意味を知っていることを前提にしています。

そうだとしても、「ぬるいふろ」も「適度な温度ではない」わけで、説明のしかたとしてやっぱり不適切です。

次のようにすればいいのでしょうか。

   (液体が)適度な温度ではない。

    冷たくはないが十分温かくない。「茶が-・くなる」「-ふろ」
    温かくはないが、十分冷たくない。「ビールが-」

 

新明解などは、この「ぬるいビール」のことを考えに入れていません。

「ぬるい」には、「十分冷たくない」という語釈も必要なのです。

「水ぬるむ」と言えば、冷たかった水が少し温かくなったことです。

 

   ぬるむ 温くなる。「水-〔=春になって水の温度が上がる〕」  新明解第八版

 

もちろん、冷たいものについても書いている辞書はちゃんとあります。

 

   ふろや、温かい飲み物などが、ちょうどいい温度よりも少し低い。また、冷やして飲む飲み物が、十分に冷えていない。[用例]ぬるいふろ。お茶がぬるい。  例解新

 

この語釈と用例の順だと、「お茶」は「冷やして飲む飲み物」ともとれますね。もう一つ、ビールの例があったほうがいいでしょう。

 

   飲み物、ふろなど、主に液体の温度が期待する度合になっていない。適温よりやや低かったり高かったりして、不十分な温度である。[例]ふろがぬるい。/ぬるくなったみそ汁を火にかける/ぬるくてまずいビール。  小学館

    液体の温度が冷めたり暖まったりして、適温から外れている。「━風呂に入る」「冷たいビールが━・くなった」[表現]「あたたかい」が体温より少し高く心地よい温感であるのに対し、「ぬるい」は適温から微妙に外れた不快な温感を表す。また、「あたたかい」は、固体・気体・液体のいずれにも使うが、「ぬるい」は液体が主で、まれに気体にも使う。「なまぬるい」は液体や気体の不快な温感に、さらに「なまあたたかい」は固体にも使う。「ぬくい」は方言的な言い方。  明鏡第三版

   期待していたほどの温度に達していない。「-風呂」「-ビール」  新選

 

小学館新の「不十分な温度」という表現は、なんとなくこなれていないように感じます。 

明鏡が「ぬるい」は液体、「なまぬるい」は液体や気体、と書いているのはなかなか細かいですね。どちらも「不快な温感」としています。

 新選はあっさり。これでもまあ一応わかります。風呂は熱いものだ、ビールは冷たいものだ、という常識に依存していますが。

 

だいたい上のようなことだと思いますが、「ちょうどいい温度」「適温」「期待していたほどの温度」でない、「不十分な温度」、「不快な温感」ということでいいのかどうか。

現代例解の「ぬるいふろが好きだ」というのをどう考えるか。この人にとっては、「ぬるいふろ」が「ちょうどいい温度」なのです。

 

   1湯などの温度が低めである。「-湯につけて解凍する」[類]なまぬるい 2温かさ・熱さ・冷たさが、じゅうぶんでない。「風呂がまだ-・-ジュース」[類]なまぬるい・生温かい  三省堂現代

 

三省堂現代は、たんに「温度が低め」である場合と、「適温」とを分けて考えています。

「-湯につけて解凍する」は、なかなか考えられた用例です。「熱い湯」では都合が悪い。この場合は「ぬるい」のが「適温」です。

あえてからむと、「ぬるいビール」が好きな人はいないのかなあ、と。あんまり冷たいとお腹が冷えてしまうので。「温度が高め」である場合もありうる、と。

 

私の考えを。

「ちょうどいい温度」とか「適温」とか、人の感覚を基準にするから複雑になるのでは。

「社会的通念として、そのものに想定される温度」がまずある。

   お茶・おふろ  熱い(ただし、それぞれの「熱さ」はかなり違う)

   ビール     冷たい

それに比べて少し温度が低い/高い場合に「ぬるい」と言う。

「ぬるい」とは、

   温かい湯・風呂などの温度が低めである。あるいは、冷たいビール・水などの温度が高めである。(それを好むかどうかは個人により、「ぬるいお茶/おふろ」は、ある人にとっては温度が低く、ある人にとっては適温になる。)

カッコの中は不要かもしれません。

 

「なまぬるい」も話の流れは同じです。「低い」ほうを考えていない辞書。

 

   望まれるほどには十分に熱くなっていない。  新明解第八版

   中途はんぱにあたたかい。なまあたたかい。「-・いコーヒー」  学研現代

 

十分に熱くない、という説明のみ。不十分な説明です。

 

   少しぬるい。中途半端に温かい。「-風」  旺文社

 

この「-風」はどういう意味でしょう? もっと温かいほうがいい? 冬にエアコンをつけた時の感じ?

でも、「-風」だけの用例で、状況は自分で考えろ、というのは不親切だと思います。

 

   中途半端にぬるい温度だ。「-水」  岩波八版 

 

こちらは、十分に冷たくない、ということでしょう。「熱くない」例も必要です。

「中途半端にぬるい」という言い方も、読み手がそもそも意味を知っていることを前提にしているようです。(「しっかり、適切にぬるい温度」があり得るような言い方です。)

 

   1あまりあたたかくない。「-湯」2変にあたたかい。「-風」  新選九版

 

「変にあたたかい」の意味がどうもわかりません。「正しく(?)あたたかい風」とはどういう風か。

春まだ寒い時に、「なまぬるい(変にあたたかい)風」が吹いてくる、ということでしょうか。それでも、「冷たい風」よりはいいんじゃないでしょうか。

私の、「なまぬるい」の語感は、例えば夏にエアコンをつけたら、「涼しい風」ではなくて「なまぬるい風」が吹いてきた、というような感じです。

あるいは、冬にファンヒーターをつけたら、「温かい風」ではなくて「なまぬるい風」が吹いてきた、とか。

「なまぬるい風」とは、いつ、どういう「風」を期待しているときに使うことばなのか、考えだすとわからなくなってきます。

 

   少しぬるい。少し暖かい。「生ぬるい湯」「生ぬるい風」  現代例解 

 

「少しぬるい」とは、「ぬるい」より温かいのか。「生ぬるい湯」と「ぬるい湯」ではどちらの温度が高いのでしょうか。

「風」は「暖かい」ほうがいいのか、「涼しい」ほうがいいのか。

語釈が不十分なので、用例の解釈がはっきりしません。

 

   「ぬるい」の強めた言い方。「-お茶」  三省堂現代

 

これだと、「ぬるい」より温度が低いようです。そうでしょうか。

 

   十分に熱くなっていない、または十分に冷えていないで、中途半端な温度だ。「-水」 集英社

   中途はんぱな温かさ、または、冷たさである。[例]お茶がさめて生ぬるくなる/生ぬるくなったまずいビール/湿った生ぬるい風が吹いてくる。  小学館

 

「熱い」ほうにも、「冷たい/涼しい」ほうにも不十分だ、ということ。

集英社は「ぬるい水」だけでなく、「ぬるいお茶」の例もあったほうがいいでしょう。

小学館新の「生ぬるい風」の例は、「涼しい風」を期待しているのでしょう。「ビール」の後ですから。
「お茶」は熱く、「ビール」は冷たいものだ、ということを前提にするのは、まあいいでしょう。

 

   液体や気体の温度が気温や体温に近づいて、不快な暖かさである。「━風」「ビールが━・くて飲めやしない」   明鏡 第三版

 

「体温に」近づく、というのがいったい何を言いたいのかわかりません。「ビールが体温に近づく」?

ああ、そうか。「風」の温度はそもそも気温と同じはずだから、「涼しい風」でないことを「体温に近づいて」で示しているのか。

   液体(ビール)の温度 → 気温に近づく
   気体(風)の温度   → 体温に近づく

それでも、語釈と用例の順が合っていませんね。もうちょっとわかりやすくしてほしいものです。

(「風」が大気の「風」なのか、エアコン・ファンヒーターなどの、周りの空気とは違う温度の「風」なのか、も考えないといけないでしょうか。)

 

さて、「ぬるい」と「なまぬるい」の違いは何でしょうか。

「ぬるい」は、それを好む人がいることを考えると、それ自体が常に悪いことではない。単に、温度が一般の想定と違うということ。(多くは「よくない」ことです。)

それに対して「なまぬるい」は、その語自体がマイナスイメージを持っている。つまり、「気持ち悪いような」という含みを持っている、と私は感じます。

 明鏡は、「ぬるい」も「なまぬるい」も「不快な温感」「不快な暖かさ」と言っています。

私は、「なまぬるい」のほうがはっきり「不快」で、「生々しい」感じがします。

 

追記:21.1.28

岩波第八版の「ぬるい」の語釈がうまくいっていないのは、第七版の語釈に不用意に書き足しをしたためです。

 

   (液体が)冷たくはないが十分な温度にも及んでいない。「茶が-・くなる」「-ふろ」  岩波第七版

   (液体が)冷たくはないが十分温かくない。適度な温度ではない。「茶が-・くなる」「-ふろ」「ビールが-」  岩波第八版

 

「ビールがぬるい」という用例、つまり「温かくない」のではなくて「冷たくない」という例を付け足すために、「適度な温度ではない。」という説明を付け加えればいいと考えたのでしょうが、上のような書き方だと、「冷たくはないが十分温かくない。」の単なる言い換えに過ぎないようにとられてしまいます。

「改訂」するつもりで、中途半端に書き直したためにかえって悪くなってしまったという例です。(と、私は解釈するのですが、何かひどい誤解をしているでしょうか。)