ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

不消化・消化

ひゆ的な用法をどう扱うかという話です。

まず、新明解国語辞典から。

 

  不消化 食物が胃腸の中でよくこなれないこと(様子)。「-を起こす・-な知識」    新明解

 

この項目を見て、この二つ目の用例は適切だろうか、と思いました。

「食物が胃腸の中でよくこなれない」ことから、ひゆ的に「不消化な知識」の意味を類推することは難しくないことかもしれませんが、国語辞典としてはちょっと不親切ではないでしょうか。

例えば、次の岩波のように書いたほうがいいでしょう。

 

  消化が悪いこと。比ゆ的に、とり入れはしても、十分には自分のものになっていないさま。「新理論の-な紹介」  岩波 

 

2つ目の用法として立てる辞書もあります。

 

  1食べ物が消化されないこと。よくこなれないこと。2 内容が十分に理解されていないこと。「━な知識を振りまわす」  明鏡
  

  1食べたものが栄養分として分解されないこと。[用例]不消化をおこす。2理解がたりず、知識が自分のものになっていないこと。  例解新 九版

 

この用法をそもそも無視している辞書があります。

 

  消化が悪いこと。「-物」  三国

 

これだけです。「新しい用法」あるいは「ひゆ的な用法」に注意深い三国としては珍しい。

 

ここまで書いてみて、問題は、そもそも「消化」でひゆ的用法をどう扱っているかだな、と思いました。

各国語辞典を見てみます。(「消化」のもともとの意味の説明は省略します。)

 

  消化 2<読んだ/聞いた>ことがらを完全に理解して自分のものとすること。3残さず処理すること。「予算を-する」  三国

 

三国もひゆ的な意味についてしっかり書いていますね。しかも二つに分けている。

そうすると、新明解や明鏡の「不消化な知識」以外に、「予算の不消化」という言い方もできるわけで、それも「不消化」の項で書いたほうがいいでしょう。

 

  2取り入れた知識や習俗の持つ意味を完全に理解して、身についたものとすること。〔商品を値崩れさせないで(仕事を余す所無く)処理することをも指す〕「未-の知識」  新明解

 

新明解。「習俗を消化する」というのは、ちょっとピンときませんが。

また、「商品を値崩れさせないで処理する」というのはずいぶん特殊な感じがします。「商品を消化する」ですか。「未消化」という言い方も出てきました。

 

  2十分よく理解して自分のものにすること。するべきことを十分に処理すること。「日程を-する」  岩波 

  2知識を十分身につけ応用できるようにすること。[用例]つめこみ主義の教育では、生徒が消化できない。3あたえられた仕事を、かたづけてしまうこと。[用例]ノルマを-する  例解新 九版

  2取り入れた知識などをよく理解して自分のものにすること。「理論をよく-しないままに振り回す」3残りが出ないように処理すること。  明鏡

 

岩波の「十分よく理解して」のところ、「何を」がほしいですね。あるいは、用例をつけるか。

また、「日程を消化する」に対して、「日程の不消化」ということも言えるでしょうから、「不消化」の項にそのような用法の記述、用例が必要です。

岩波の「不消化」の項の説明は「とり入れはしても、十分には自分のものになっていないさま」というものでしたから、「日程の不消化」には合いません。

例解新の用例「生徒が消化できない」も「何を」があったほうがいいと思います。「内容を」くらいでしょうか。

明鏡の「残りが出ないように処理する」というのは、「消化」とは少しずれるように思います。上の三国では「残さず処理すること」として、「予算を消化する」という例が挙げられていました。

しかし、例えば「廃棄物の処理」なども「残りが出ないように処理する」に当てはまってしまうのではないでしょうか。それは、もちろん「消化」ではありません。

「処理」ということばがうまく合わないのでしょうか。「予算」にしろ、岩波の「日程」にしろ、「処理」というよりは「使う」ことです。

より多くの例を調べて、この三つ目の用法をうまくとらえる必要があります。

ひゆ的な用法は、人によって使える範囲が多少ずれるものだろうと思います。それを過不足なくとらえた語釈をするのは難しいことでしょう。

それでも、以上みてきたような用法を各辞典の「不消化」の項目でも扱ったほうがいいように思います。