ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(3)乗り越える・乗り越す・乗り過ごす

前回の続きです。国語辞典の自動詞・他動詞の認定について。

 

「乗り越える」と「乗り越す」を見ます。

「乗り越す」には、これまで出てきた動詞とはまったく違った用法があります。交通機関に関係するその用法は別にして、「乗り越える」とほぼ同じ用法をまず問題にします。

記述の一例として新明解の項目を。

 

  乗(り)越える(自下一)1 物の上(乗り物)に乗って向こう側へ行く。「塀を-」
    2 障害を克服して、今まで以上に良い状態へ向かう。「危機(幾多の困難・
     障害)を-/先人を-〔=先人の上に出る〕」   

  乗(り)越す(自五)1 乗り越える。2〔電車・バスなどで〕降りるつもりの行き先
     よりも遠くまで乗る。[名]乗越し「-の精算」   新明解                  

 

この1の用法ですね。

では、10冊の辞書の自他表示を。

 

        乗り越える 乗り越す

  新明解8   自     自   
  明鏡3    自     自   
  三国7    自      他 
  岩波8    自      他 
  学研新6   自     自   
  三現新6   自      他 
  小学日     他    自   
  集英社3   自     自   
  旺文社11    他     他 
  新選9     他     他

 

「乗り越える」を自動詞とする辞書が7冊、他動詞とするのが3冊。

「飛び越える」とそれぞれの冊数は同じですが、一部入れ替えがあります。

小学館日本語新辞典は「乗り越える」を他動詞とします。これまでの4語はすべて自動詞としていました。「ハードルを跳び越える」は自動詞で、「塀を乗り越える」は他動詞とします。

「乗り越える」には、「危機・困難を」「悲しみを」などの例があり、これらを「移動の通過点」と考えるのは無理があります。「乗り越える」「対象」と考えるほうが妥当でしょう。

そう考えると、小学館日本語新の「他動詞」説は理解できます。

ただし、「塀を乗り越える」も他動詞としていいかどうか。「飛び越える・飛び越す」を自動詞とするならば、これも自動詞でしょう。そうすると、「他」ではなく、「自他」になります。どうでしょうか。

一方、「飛び越える」を他動詞とした三省堂現代新は「乗り越える」を自動詞とします。
どうしてそういう判断になるのか、私にはわかりません。

新明解・明鏡・学研新は安定して「自」路線です。

集英社は「越す」を他動詞としたほかは自動詞にしています。なぜ「越す」だけ他動詞なんでしょう。

岩波は「越す」が付けば他動詞。これはこれで一貫しています。その根拠は私には理解できませんが。

旺文社と新選は、複合動詞は他動詞とすることで一致しています。移動動詞ではないという判断でしょう。

 

「乗り越す」の自他の判断には、「乗り越える」とほぼ同じ用法の外に、もう一つの用法のことを考えなければなりません。

「乗り越す」のもう一つの用法を見ます。新明解と岩波を。

 

  乗(り)越す(自五)1 乗り越える。2〔電車・バスなどで〕降りるつもりの行き先
     よりも遠くまで乗る。[名]乗越し「-の精算」   新明解                  

   〘五他〙①(鉄道・バスなどで予定していた目的地よりも)先まで乗る。
      「一駅―」▽目的地を変更し意図的に先まで乗る場合にも、意図せず
      乗り過ごす場合にも使う。
     ②→のりこえる①                   岩波

 

まず、新明解の語釈は不正確です。「降りるつもりの行き先」でない場合があるからです。

岩波の注釈にもあるとおり、「意図的に先まで行く」場合があります。ただし、「目的地を変更」したとも限りません。

私も時々やったことがありますが、ある駅までの(通学・通勤)定期券があり、さらにその先の駅に用があるとき、定期券を使って電車に乗り、降りるときに「乗り越しの精算」をします。その場合は、「降りるつもりの行き先よりも遠くまで」乗ったわけではありませんし、「目的地を変更」したわけでもありません。

 

こういう鉄道関係の語の解説は、新潮国語辞典が正確だという話があります。編者の一人がかなりの鉄道マニアだったそうで、詳しく、信頼できるそうです。

 

  乗り越す 4「乗り越し2」をする。

  乗り越し 2運輸機関の旅客が、所持する乗車券類の区間よりも遠い駅まで、
     継続して乗車すること。   新潮国語辞典

 

「降りるつもり」とか「目的地を変更」とかはこの語の要件ではなく、「乗車券類の区間よりも遠い駅まで」行くことなのですね。

新潮現代(同じ編者)だと、もう少しかんたんになります。

 

  乗り越す 2電車などで、乗車券の区間よりも先まで乗る。→乗り過ごす 
  乗り過ごす 気づかずに目的地より先まで乗って行ってしまう。→乗り越す
                                                                          新潮現代

 

新明解の書き方だと、この「乗り過ごす」の語釈になってしまいます。(新明解には、なぜか「乗り過ごす」はありません。)

 

三国はどう書いているでしょうか。

 

  乗り越す(他五)1〔乗車券の〕目的地<の先まで/を越えて>行く。
     2乗り越える。[名]乗り越し。「乗車券の-(の)精算」   三国

 

「乗車券の」がちゃんと入っていますね。「の先まで/を越えて」の並記はどういう意図でしょうか。ちょっとわかりません。

 

さて、各辞書の自他の判定をもう一度見てみましょう。「乗り越える」と「乗り過ごす」も並べます。

 

        乗り越える 乗り越す 乗り過ごす 

  新明解8   自     自    なし   
  明鏡3    自     自    自    
  三国7    自      他    他   
  岩波8    自      他   自    
  学研新6   自     自    自    
  三現新6   自      他   自    
  小学日     他    自    自    
  集英社3   自     自    自    
  旺文社11    他     他     他   
  新選9     他     他   自

    

「電車を乗り越す」「駅を乗り越す」などの「名詞+を」をどう考えるかですが、見事に分かれています。元々の「自動詞派」と「他動詞派」はそれぞれ一貫しています。

小学館日本語新が自動詞としているのが目を引きます。

「電車を乗り越す」の「電車を」は、どう考えても「通過点」などではないでしょうから、他動詞と考えるのがいいのではないかと私は思うのですが。

 

「乗り過ごす」のほうは、他動詞派が少なくなっています。三国と旺文社だけです。
こちらも、「電車を/駅を 乗り過ごす」という例は多くあるので、その場合は他動詞と考えるのは自然なことだと思うのですが。

いや、「~を」を言わないことも多い、「乗り過ごす」自体に「(降りる)駅を」の意味が含まれているのだ、と考えるならば、「自他」となるのでしょう。

 

 ・電車を乗り過ごして車庫まで行ってしまったことがある!
 ・別に何かを考えているわけでもないんですけどただボーっとしていて・・・
  気づいたら電車を乗り過ごしていたということがたびたびあります。
 ・前にも媛子が話に夢中になって、目的の駅を乗り過ごしかけたことがあったのだ。
 ・いそいそと返信していたら降りる駅を乗り過ごしました。
                     (NINJAL-LWP for TWCから)

 

このような例が多くあることを知りながら、それでも自動詞(だけ)だとするなら、もう私にはなんだかわかりません。

 

「乗り過ごす」には、自他の判定とは別に、もう一つ問題があります。

これは、私も今回初めて知ったことです。

「Webデータに基づく複合動詞用例データベース」という別のデータベースで実例を見てみたら、意外な使われ方をしていることがわかりました。(複合動詞に関しては、いつものNINJAL-LWP for TWCよりこちらの方が例が豊富です。)

 

 ・15時30分の電車に乗るんだが、この電車を乗り過ごすと次は3時間後・・・
 ・まあ普通ならば大丈夫な時間であったが戸塚駅で時間を食ってしまい11時半前の
  電車を乗り過ごす。
 ・なんと前夜のミスに続いて、振出から時間を間違えて2分差で予定の電車を
  乗り過ごす。
 ・そこで帰りの電車を調べるとどうやら館山発17時過ぎが特急の最終らしく、
  これに乗り過ごすと各駅停車で帰らなければならない予感がします。
 ・岩泉駅で朝8時1分の電車を乗り過ごすと、次は17時20分
 ・ショッピングに夢中になって、電車を乗り過ごすということがないようにして
  くださいね(笑)。
 ・一本電車を    乗り過ごすと本数が少ないので一時間は時間が変わる。。
 ・電車を一本    乗り過ごすと20分は待たなきゃいけないのです

 

「電車を乗り過ごす」という110例の中から選んだものですが、これらは「気づかずに目的地より先まで乗って行ってしまう」(新潮現代)という用法ではありません。

「電車に 乗り遅れる/乗り損ねる」という意味で使われています。

「バスを乗り過ごす」という例では、ほとんどが「乗り遅れる」意味で使われています。

 

 ・朝10時のバスを乗り過ごすと、午後3時まで待たなくてはならない。
 ・折返し運転のバスを乗り過ごすと、次は4時過ぎまでバスがないんですもん。
 ・なんとなれば帰りの15時1分のバスを乗り過ごすと、24時間次のバスが
  無いので、
 ・寝坊でもないんですが、一日3本しかないバスを乗り過ごしてしまうとは痛い
  ミスですね
 ・ラーメンは5分で食える自信はあるが、このバスを乗り過ごすと更に1時間待ち
  になるので諦めて帰宅。
 ・というのも、児島エリアは1時間に1本しかバスがなく、目当てのバスを乗り
  過ごすと、1時間も時間をロスしてしまうからです。

 

「終電を乗り過ごす」という例も多くあります。

 

 ・昨日会社の飲み会で、帰りが遅くなり終電を乗り過ごし、タクシーで帰ったの
 ・気づくのがあと数十分遅れていたら、終電を乗り過ごすところでした。
 ・この店では飲んでいても、終電を乗り過ごす危険性も少ないので、
 ・駅ちかのお店なので、終電を乗り過ごす心配もなし!

 

「飛行機を乗り過ごす」という例もあります。

 

 ・あと30秒遅かったらまたもや飛行機を乗り過ごすところだった。
 ・私の友人に毎回遅刻して飛行機を乗り過ごす人がいるのですが、

 

飛行機では、「うっかりしていて、次の駅まで…」ということはありません。

 

この用法を記述している国語辞典は、私の見た中にはありませんでした。新しい用法が広まっているのでしょうか。