ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

簡単

「かんたん」という語は、なかなか簡単ではありません。

岩波国語辞典の記述から。
 
  簡単 〘名・ダナ〙こみいっていないこと。取扱いがたやすく、手数がかから
    ないこと。⇔複雑。「―な試験」「―明瞭」    岩波

 

これだけ見ると、これでいいようにも思えますが、他の辞書は少し違います。

まず、新明解。

 

      -な-に ⇔複雑 1構造(筋道)がこみいっておらず、だれにでもすぐ分かる
     様子だ。「-に言えば」2時間(手数)をかけずに行なわれる様子だ。
     「だれにでも-に出来る料理」    新明解

 

用法を二つに分けています。「込み入っていない、すぐわかる」場合と、「時間・手数をかけない」場合。

なるほど、と思いますが、前者の例である「簡単に言えば」というのは、後者の例としても当てはまるのでは、と思います。「料理」の例も、「こみいっておらず、だれにでもすぐ分かる」から、「かんたんに出来る」のだ、と言えるでしょう。つまり、両者は連続している?

岩波はそういう考えなのでしょうか。

 

三国も二つに分けます。(用法の順序は違います)

 

    1〔わかったり、したりするのに〕手間がかからないようす。「-にできる・
     そう-な話ではない」
    2こみいっていないようす。「-な図面」(⇔複雑)  三国

 

新明解との違いは、反対語の「複雑」が用法の2に対応していることです。新明解では(岩波でも)、「簡単」の用法全体に「複雑」が反対語としてあげられています。(三国では、反対語などが用法1・2の両方に関係する場合は「▽」の記号を付けることになっています。「記号・略号表」参照。)

「かんたんにできる」の反対は「複雑」ではありません。

岩波の「かんたんな試験」も、一つの意味では「難しい試験」が反対語になるでしょう。

もう一つ、「かんたんにできる」と同じように、(試験を実施する側から見て)「手間・手数をかけずにできる(試験)」、という場合には、「本格的な・きちんとした」あたりが反対概念になるでしょうか。「複雑な試験」と言える場合もあるでしょうが、「かんたんな試験」の対になるものではないでしょう。

 

明鏡を見てみましょう。

 

      1物事が込み入ってなく、単純にできているさま。「━な作業」「━な作りの
     器械」「━に説明する」⇔複雑
   2行うのに手間のかからないさま。たやすい。容易。「説明するのは━だ」
     「飲むだけで━に治る」
   3本格的でなく、手軽なさま。簡略。「━な食事ですます」
     ◇もと「単簡」とも。                 明鏡

 

明鏡は用法を三つに分けます。

「込み入っていない・単純」と「手間がかからない」と、もう一つ、「本格的でなく手軽」です。

「手間がかからない」と「手軽」はかなり近いようにも思いますが、「本格的でない」というところが重要なのでしょう。本来はそうであるべきところを「手軽に」なのですね。

 

この「簡単な食事ですます」と同じような例を学研新があげています。ただし、「時間・手数などがかからない」という用法の例として。

 

   1こみいってなく、わかりやすいようす。「-な問題」「-な操作」[対]複雑。
   2時間・手数などがかからないようす。「-に説明する」「-に昼食をすます」
                            学研新

 

ふーむ。どうでしょうか。「簡単な食事」と「簡単に昼食を~」の違いがあるでしょうか。

明鏡は「簡単に説明する」を「込み入っていない」の例としていますが、学研新は「時間・手数がかからない」の例としています。そして、「簡単に昼食をすます」と一緒にしている…。

また、明鏡では「てまがかからない」のところに「たやすい・容易」とも書かれていました。
学研新では「込み入っていない」といっしょに「わかりやすい」があり、「簡単な問題」という例があります。

 

   明鏡  1 込み入ってなく、単純。       「簡単に説明する」 
       2 手間がかからない。たやすい。容易。 「説明するのは簡単だ」
       3 本格的でなく、手軽。        「簡単な食事ですます」

   学研新 1 込み入ってなく、わかりやすい。   「簡単な問題」
       2 時間・手数がかからない。      「簡単に説明する」
                           「簡単に昼食をすます」

 

「簡単な問題」というのは、「手間・手数がかからない」から簡単なのか、「込み入っていない」から簡単なのか。

「簡単な説明」というのは、「込み入っていない」から簡単なのでしょうね。でも、「説明するのは簡単だ」という場合は「手間がかからない。たやすい。容易。」だ、と。

なかなか難しいですね。これは、簡単な問題ではなく、簡単に説明できそうもない…。

 

もう一度、別の方向から考え直してみます。

考え方として、それぞれの用法の反対概念を考える、というのがあると思うのです。

一つは「込み入っていない」の反対で「複雑」。また、「たやすい・容易」の反対として「難しい」。

もう一つ、「手軽」に対して「本格的・きちんとした」。

「手間がかからない」に対するのは何でしょうか。「煩雑」?

 

ふーむ。どうもすっきりしません。やはり、基本に戻って、多くの実例を集めて、じっくり考え直すところからやり直すのがいいようです。

とりあえず、他の国語辞典も見てみましょう。(例解新と新選は最新の版を持っていません。すみません。)

 

  1たやすくて、手間がかからないようす。「-にできる」[類]手軽・容易・簡易
   ・安直 2込み入っていないようす。「-なしかけ」[類]簡略・単純[対]複雑
                       三省堂

  1単純でわかりやすいさま。「簡単な構造」「簡単明瞭」2手数や時間のかから
   ないさま。「いとも簡単に解決する」「そう簡単にいくものではない」
   (「単純」の項にある表の例 「簡単に負ける」「昼食を簡単に済ませる」)
                              現代例解

  1ものごとがこみいってなくて、やさしい。「簡単な問題」[類]容易。2てみじ
   かで、あっさりしている。「簡単な面接試験がある」   例解新九版

  1ものの仕組みがこみいっていないようす。単純。「-な図形」⇔複雑・煩雑。
  2わかりやすく、むずかしくないようす。やさしい。「-な問題」⇔複雑
  3時間や手数のかからないようす。手軽。容易。「-に話す」「-に作れる模型」
                            新選九版

 

用法を二つに分けるものが多いですが、新選は三つに分けます。そこは明鏡と同じですが、語釈と例を見ると、そう簡単には言えないような…。(「手軽。容易。」が一緒になっていたり、「やさしい」と「容易」が分かれていたりします。また、反対語の「複雑」が2つの用法に対応しています。)

 

さてさて、問題が意外に難しいのか、単に私の頭が悪いためにすっきり整理できないだけなのか。

国語辞典によって細かい違いがいろいろあるのは、やはり何か問題があるからだと言っていいでしょう。

 

いずれにせよ、最初にあげた岩波の語釈はかんたんすぎるようです。(この「かんたん」の用法は? 「単純」か「手間がかかっていない」か「本格的でなく手軽」か。)

用例の数も不十分です。用法の広がりをそれぞれ抑えた用例が必要です。

学研新の「簡単に昼食をすます」という用例を、岩波の「こみいっていないこと。取扱いがたやすく、手数がかからないこと。」という語釈で説明できると考えるのは無理があるだろう、と私は思います。

 

追記:

和英辞典も見てみました。(「コトバンク」から)

プログレッシブ和英中辞典(第3版)の解説
かんたん【簡単】
 1 〔複雑でない様子〕
  簡単な問題 a simple problem
  一見難しそうな仕組みが (実は) 簡単なのに驚いた
  I was surprised at the simplicity of the seemingly complex mechanism.
 2 〔手短な様子〕
  それについて簡単に述べなさい Give a brief account of it.
  簡単に言えば彼は間違っている In short, he is wrong.
  簡単な食事を取る have a light meal/have a bite (to eat)
 3 〔やさしい様子〕
  簡単な本 an easy book
  その問題は簡単に解ける The problem can be solved easily.

 

すっきりしていますね。1は「込み入っていない」に当たるのでしょう。
あとは「手短」(手間がかからない)と「やさしい」。

これでいいでしょうか。上の議論をもう一度読み直して…。
なかなか面倒です。

 

追記2:

我ながら、なんだかわからなくなってきて、この記事は何度も少しずつ書き直しています。

前に見た時と違うな、ということがあると思いますがご容赦を。

和英辞典の分け方がすっきりしているように思うのですが、今一つ確信が持てません。