ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

前回の続きのような話。
前回の記事で、「煮る」の説明にあった言葉です。

 

  食物などを水や汁と共に加熱して   岩波
  食材を水や汁の中に入れて火にかけ  明鏡

 

この「水や汁」という言い方がどうもしっくり来ませんでした。

私にとって、「汁」とはそれ自体が料理、またはその一部です。「食材を水や汁の中に入れて」というような、料理を作る際の「材料」という感じではありません。
ここで言う「汁」とは、「だし汁」のようなものなのでしょうか。

 

それぞれの辞典での「汁」を見てみます。


  汁 ①物の中にある液。物からにじみ出、または絞り出した液。
    ②吸い物。つゆ。みそしる。   
    ③『うまい―を吸う』他人の労力・犠牲で利益を得る。   岩波

 

ふむ。これでは「煮る」の中の「水や汁」に当てはまりませんね。①ではないし、②の「吸い物」や「みそしる」と共に加熱する、わけではないでしょう。

 

  汁 1物の中にふくまれている液体。また、その物からしみ出たり、搾り取ったり
     した液体。「リンゴの━」
    2すまし汁・みそ汁などの、吸い物。    明鏡

 

明鏡も同じですね。「食材」を入れる「汁」がありません。

 

「汁」の少し後のほうには「汁粉」という項目があります。岩波のそれは、

 

  汁粉 あずきあんを水で溶いたしるに、餅や白玉しらたまを入れた、甘い食べ物。
                          岩波

 

「しる」という語が使われています。「あずきあんを水で溶いた汁」の「汁」は、上の「汁」の項目の語釈では説明できません。


まあ、大したことではない、と言えばそれまでですが、何度も改訂をくり返した現在の版でも、「汁」のようなごく日常的な、基本的な語の説明にこういう小さなミス(だと、私は思います)が残っているのですね。

 

私の見た範囲では、(小型)国語辞典の「汁」の解説はほぼ同じようなものでした。

大辞泉を見ると、さすがに(?)ちょっと違いました。

 

  汁 1 物からしみ出させ、または絞りとった液体。「レモンの汁」
    2 だし・調味料などで味をつけた料理用の液。
    3 すまし汁・味噌汁などの汁物。つゆ。
    4 自分が独り占めしたり、他人の努力や犠牲のおかげで受けたりする利益。
     「うまい汁を吸う」      デジタル大辞泉

 

この2ですね。岩波と明鏡の「煮る」の語釈の「汁」はまさにこれでしょう。
(でも、「しるこ」の「汁」はやっぱり違うでしょう。)

 

講談社類語辞典の「汁」はなかなか個性的でした。(果汁などは別項目に)

 

  汁(しる)1液体に固形物を入れて味つけした、飲んで食す和風の料理。「実の
    多い~を飲む」▽~椀・出し~・粕~ ◇一般に副食にする。固形物が少な
    いかほとんど入っていないものは、「スープ」という。
   2うどん・そば・ラーメンなど麺類料理の液体の部分。「ラーメンの~を飲み
    干す」    講談社類語

 

おそばの「汁(しる)」はまた「つゆ」とも言います。

 

  汁(つゆ) うどん・そばの汁(しる)。◇だし汁にしょうゆで味をつけたもの
    で、ラーメンなどの汁(しる)については普通はいわない。 講談社類語

 

講談社類語辞典は、類語の違いについて常によく記述しているとは言えませんが、時々面白い記述に出会うことがあります。
(私は「ラーメンのつゆ」というほうですね。)

「しるこ」は1の「飲んで食す和風の料理」に入るでしょうか。モチの大きさにもよる?