三省堂国語辞典の項目です。次の説明には問題が二つあると思います。
こびりつく〔俗〕ねばりけのあるものがかたくくっつく。「ごはんつぶが-」 三国
まず、文体の指示について。
〔俗〕というのは、「俗語」というその語の文体を示す記号です。「俗語」とは。
俗語 1正式な場面では使わないほうがいい、くだけたことば。例、びびる・まじ
で〔=本当に。〕この辞書では〔俗〕で示す。卑語〔例、ばかたれ〕・隠語
〔例、すけ〕などもふくむ。
2〔古風〕口語。「-文典〔=口語の文法書〕」(⇔雅語) 三国
もちろん、この2ではなく、1のほうでしょう。
しかし、「こびりつく」は俗語でしょうか。
コーパスからの実例をいくつか。
・使用後すぐに湯をかけると汚れがこびりつきません。
・歯ぐきの深いところに汚れがこびりついていないでしょうか?
・遺跡から出土した遺物には土や泥がこびりついています。
・また、揚げ物の油などが換気扇などにこびりついてベタベタしています。
・こびりついた汚れオトシにピッタリ。
・床や排水溝にこびりついた汚れを丁寧にふき取ったりした。
・飯盒の米、鍋にこびりついたものなど、とてもきれいに落ちます。
・専用の器具で歯の表面にこびりついた歯垢・歯石を掻き取ります。(歯科クリニック)
・次に、歯の表面にこびりついた歯石を、超音波スケーラーを使って除去します。
(歯科クリニック)
・超音波の力で肌に負担をかけずに毛穴のこびりついた皮脂やメイクの汚れを表面に
浮き上がらせ吹き飛ばします。 (エステサロン)
・しかしプラークが長期間こびりついたままだと、その刺激で歯周組織に炎症が起こ
ってきます。(予防歯科)
どうでしょうか。ごくふつうに使われる日常語だと思うのですが。
例の最後のほうは歯科関係の例を並べてみました。歯医者さんには「こびりつく」はきわめてなじみのある言葉のようです。
もう一つの問題は、「ねばりけのあるものがかたくくっつく」とは違った用法の存在です。
こちらもコーパスからの実例を。
・そんな光景が頭にこびり付いて離れません。
・でもその一言がその後もずっと頭にこびりついていました。
・目に焼きつく炎、耳にこびりつく叫喚。
・あのときの隊長の声は、今も耳にこびりついています。
・暗い笑いが今でも脳裏にこびりついている。
・まして子供ならなおさら忘れられぬ嫌な思い出として脳裏にこびりついている。
・そんな不安が、心にこびりついています。
・汗や汚れと共に、心にこびり着いた余計なモノも洗い流してくれる貴重な時間。
ひゆ的な用法ですが、よく使われるものです。なぜこれを書かないのか。(もちろん、こちらも「俗語」ではありません。)
他の辞書を見てみましょう。
しっかりくっついて離れない。かたくくっつく。「飯粒が-・いている」「あの事
が頭に―」 岩波
「くっついて離れない」で、抽象的なことも含めようというのはちょっと無理があるような。
1〔強い粘着力や強烈な印象のために〕くっついてしまって、容易に引きはがせ
なくなる。「頭にこびりついている〔=忘れようとしても忘れられないでいる〕」
2 ある人の身辺に まつわりつく。 新明解
「くっついてしまって、引きはがせない」ですか。「頭にくっつく」というのがどうもうまくないように思います。
1物がかたくくっついて離れなくなる。「ズボンにガムが━」
2ある考え・印象などが強く意識に残って忘れられなくなる。「悲惨な光景が
頭に━」 明鏡
この「こびりつく」に関しては、明鏡の説明がいいと思います。はっきり「強く意識に残って忘れられなくなる」と書いたほうがわかりやすいでしょう。
さて、三国の編集者がこの用法に気づいていないわけがないと思うのですが、どうしたのでしょうか。