「勝つ・負ける」については、前に「2020-12-08 勝つ・負ける」という記事を書きました。新明解の語釈が偏っていること、明鏡・岩波の語釈は循環していること、三国があっさりまとめていていいけれども、それ以外の場合もあることなどを書きました。
このところ広辞苑を見ているので、広辞苑の語釈もちょっと見ておきましょう。
勝つ 1戦って相手を負かす。勝利条件を満たす。「試合に-つ」「裁判に-つ」
負かす 相手を負けさせる。
負ける 力量や主張などがかなわない。勝利条件を満たせない。やぶれる。
かなう 3匹敵する。及ぶ。「彼にはとても-わない」
匹敵 1ちょうど同じくらいであること。つりあうこと。「実力は彼に-する」
及ぶ 6(多く打ち消しの語を伴う)肩を並べる。匹敵する。「足もとにも-ばない」
勝利 1戦いに勝つこと。「-を収める」
広辞苑
「勝つ」とは「戦って相手を負かす」ことで、つまり「負けさせる」こと。「かなわない・匹敵しない・同じくらいでない・及ばない」ということにさせる? ぐるぐる引き回されてしまいます。
(「匹敵する」の語釈は「何が」がないのではっきりしません。用例の「実力」に限られるわけもないし。「及ぶ」も同じ。何についてか、ということが必要です。)
結局、「試合に勝つ」とはどういうことか。「力量が同じくらいでない・つり合わない」ということにさせること? なんとなく、わかったようなわからないような…。
一つの問題点は、「かなう・匹敵する」などが表すのは、ある「状態」であるのに対して、「勝つ・負ける」が表すのは多くの場合個別の出来事である、というずれです。
もう一つの「勝利条件」はもっとわかりません。「勝利」とは「勝つ」ことですから、「勝つ条件」を満たすことが「勝つ」こと? 満たせないことが「負ける」こと? そしてその「条件」については何の情報もありません。何が何だか。(もちろん、「勝利条件」という項目は広辞苑にはありません。)
「権威ある国語辞典」も、実態はこんなものです。
「勝つ」なんて意味が基本的すぎて、どう説明すればいいかわからない、という執筆者・編集者のぼやきが聞こえてくるようです。(と言ったら言い過ぎでしょうか。)
三省堂国語辞典のあっさりした説明を。(前の記事では、ここからもう少し考えています。)
勝つ 相手と争って、自分のほうが強いという結果にする。
負ける 相手と争って、自分のほうが弱いという結果になる。 三国
さて、本題に入ります。広辞苑も含めて、国語辞典の語釈はすべて、結果的な勝ち負けについてのものでした。
しかし、前回の記事で「勝ち越す・負け越す」について考えていた時に、「勝つ・負ける」にはもう一つ別の用法があることに気付きました。
「野球の試合、どうなった?」「今、ヤクルトが1点勝ってるよ」
この「勝つ」は、勝敗ではなく、試合の途中で、「リードしている(点数が多い)」ことを表しています。
過去や未来は表せるか。「明日の試合は1点勝つだろう」とか、「次の回に1点勝つだろう」と言うのはどうも変です。「リードする」の意味にもとれません。(後者は、「次の回に1点勝ち越すだろう」とは言えます。)
また、試合が終わった後に「今日の試合は1点勝った」というのもしっくりしません。
「1点差で勝つ/勝った」というのがいいでしょう。
この用法の「勝つ」は、基本的に「-ている」の形で使われ、「(試合の途中で)優勢である、(点数で)リードしている」という意味を表す、とまとめられます。
また、「負けている」にも同様の用法があります。
「さっきまで2点〔差で〕負けていたんだけど、逆転して、今は勝っているよ」
この用法は、私の見た限り、辞書にはまだのせられていません。ずーっと使われてきた用法なのですが。
意外に、まだ気づかれていないこういう用法が他の語にもあるだろうと思われます。