新明解国語辞典第八版の項目を検討します。
今回は「おばさん」です。(親戚関係の「叔母さん・伯母さん」ではありません。)
おばさん【{小母}さん】親族関係にない中年(以上)の女性に呼びかける(を指して言う)語。〔より丁寧な形は「おばさま 」、口頭語形は「おばちゃん 」。軽い侮蔑(ブベツ)の気持を込めて「おばん」とも〕 ⇔おじさん
[運用]もう若くはないという、相手に対する皮肉や 自嘲(ジチヨウ)を込めて用いることもある。例、「二十(ハタチ)過ぎるともうおばさんよ/おばさん趣味の洋服」
新明解第七版・八版
これはダメだと思うのです。定義としてはそうだろうと思うのですが、「運用」として、使い方の難しい語で、それが述べられていない。
似たような使い方の難しい語の例として「あなた」を考えると、どういう問題かわかると思います。「あなた」の意味、指す対象は明らかですが、誰に使っていいか、ダメか、注意書きが必要です。「あなた」にそういう注意書きがある辞書は多いのですが、「おばさん」の使い方については十分に注意が払われていません。
他人である中年の女性を呼ぶ語。 明鏡
例えば、私が道に迷った時、近くを通りかかった「中年(以上)の女性」に、「あのー、おばさん、すみませんが駅はどちらでしょうか」と呼び掛けていいものでしょうか。
私は、まったくダメだと思うのですが、明鏡の編集者はそう言うのでしょうか。
新明解の言う、「もう若くはないという、相手に対する皮肉」があるわけでもありません。なぜか、ダメなんですね。
使えない場合の例を考えるのはかんたんだと思います。たくさんあります。
ただ、それでは、「おばさん」は「失礼な」言葉なのかというと、そうでもない。
1 よその年配の女性を親しんでいう語。「行商の小母さん」⇔小父(おじ)さん。
2 子供に対して、大人の女性が自分をさしていう語。「小母さんにも見せて」⇔小父さん。 大辞泉
逆に、「親しんでいう語」でもあります。そこがまた難しいわけです。(大辞泉の編者は、つねに「親しんで」いう語だと思っているのでしょうか。そうなら、それはかなりひどい日本語感覚です。)
中年ぐらいの女性(をしたしんで、またかろんじて呼ぶ言い方)。おばさま。「売店の-・わたし、もう-だから」(よその子どもに対し、自分自身をさしても言う)(⇔おじ(小父)さん) 三国
三国はかなり注意をして記述していると思いますが、「したしんで、またかろんじて呼ぶ」のなら、その違いを書いてほしいと辞書の利用者は思うのです。
どういう場合に「したしんで」呼ぶのか、どういう場合は「かろんじて」になるのか。「売店のおばさん」は、「したしんで」いるのか、「かろんじて」いるのか、この用例だけではわかりません。
「わたし、もうおばさんだから」という例はいい例だとは思いますが、なぜ私を軽んじているのか、その意味合いがわかる人は、この語を辞書で引く必要のある人ではないでしょう。
ここは新明解の「運用」の欄の説明があてはまる例ですね。
もう一つ、注意すべきことがあります。
「おばさん」の対義語として「おじさん」がいつもあげられますが、この二つはぴったり対称ではないと思います。
私の感覚では、「おばさん」のほうが「かろんじて」いる場合が多いように思います。
それぞれの類義語としての「おばん」「おじん・おやじ」などとの対立の違いもあるかもしれません。(「オヤジ」に対応する、女性に対することばは何でしょうか?)
また、「呼びかけ」と「指して言う」場合の違いがあるかもしれません。
この辺は社会言語学の研究者に詳しく調査してほしい問題です。
さて、私にうまい案があるわけでもありません。
こういう難しい語について、なるほど、と思えるような説明をしてくれる辞書の登場を渇望するのみです。