7年前に「鉛分」という記事を書きました。
元の記事は新明解の第七版についてのもので、2020年に第八版についてまた書きました。何も「改訂」はされていなかったので、同じ話になってしまいましたが、少し議論を書き足しました。
今度は三国について同じ話をもう一度しつこく書いておきます。三国はまたちょっと違うところがあるので。
鉛分 〔文〕なまりの成分。 三国
これで項目の全部です。いわゆる「一行項目」で、行の下のほうは空いています。
語釈は「なまりの成分」ですが、「なまりの成分」って、鉛ですよね。
成分 1物質を組み立てている<元素/一つ一つの物質>。2(略) 三国
「鉛を組み立てている元素」と言えば、やっぱり鉛です。
上の語釈は何を言っているのか。
すぐ隣に「塩分」という項目があって、そちらはわかりやすく書かれています。並べてみると、「鉛分」の奇妙さがわかると思います。
鉛分 〔文〕なまりの成分。
塩分 海水・食べ物などにふくまれている、塩の成分。また、分量。しおけ。
「-をひかえる」 三国
「塩分」とは、他の物質に含まれている(組み立てている)「塩の成分」です。
なぜ同じように書かないのでしょうか。例えば、次のように。
鉛分 〔文〕水道水・ガソリンなどに含まれている、なまりの成分。
これでは辞書の1行分に入りませんが、どうしても入れようとするなら、
鉛分 〔文〕なまりの成分。「ガソリンの-」
だけでもいいでしょう。これなら1行に入るはずです。
同じような書き方をしている項目があります。
糖分 糖類の成分(の量)。「-をひかえる」 三国
これも、前回の記事で書いたことですが、
糖分 食品などの中にふくまれる糖類(の量)。「-をひかえる」
としたほうがわかりやすいでしょう。「体・体内・血液の糖分」という言い方もあるので、それをはっきり示すなら、「食品・体の中などに」とします。
「水分」の項には用例がないので、語釈の「その中にふくまれる」の「その」が具体的にどのようなものなのかわかりません。
水分 その中にふくまれる、水の<成分/分量>。みずけ。 三国
明鏡は「水分を補給する」という例をあげていますが、「体の水分を補給する」とすればよりよいと思います。
三国では、第七版から第八版への改訂で、書き換えられた「-分」の項目があります。
鉄分 成分としての鉄。かなけ。 第七版
鉄分 栄養素としての鉄。かなけ。 第八版
なぜこう書き換えたのか。単に「成分として」では一般の物質の話と思われるから、ということでしょうか。それならば、書きことばコーパスの、
・体内の血液や鉄分が不足しがちです。
・女性の場合、鉄分が不足しがちです。
・鉄分が不足すると貧血になることも。
のような例を加えたほうが有益ではないでしょうか。
また、第七版の「成分としての鉄」と「かなけ」はどういう関係にあったのでしょうか。
これらは同じことの言い替えだったのではないでしょうか。
第八版ではそうなっていないように思います。
かなけ 1水や土にふくまれる金属〔特に鉄〕の成分。「-が多い水・-が出る」
三国
「栄養素としての鉄」と「かなけ」はずいぶん違うものでしょう。
この語釈のそれぞれに対応する用例がないと、使用者にはわかりにくいのでは。
話しことばコーパスからの例をいくつか。
・空気に触れて鉄分が酸化すると色がつきます。 (泉質について)
・もともとは透明だが、鉄分が酸化してこの色になる。 (ああ いい湯だな!)
・湧出時は無色だが、湯船では鉄分が酸化して赤褐色になる。
・赤土や黄土は鉄分が酸化したものですし、煤は炭素です。(絵の具コーナー)
・風化して茶色っぽくなるのは、鉄分が酸化して、酸化鉄ができるためです。
(出雲の地質)
・赤い色は、土中の鉄分が酸素と反応したもので、鉄サビの色だそうです。
(園芸用土)
ついでに、「鉛分」の隣の項目についても触れておきます。
艶聞 〔文〕恋愛に関するうわさ。
援兵 〔文〕たすけの軍勢。援軍。
短い用例でもつけたほうがいいと思います。例えば、次のような。
艶聞 〔文〕恋愛に関するうわさ。「艶聞を流す」
援兵 〔文〕たすけの軍勢。援軍。「援兵を求める/出す」
こういう、地味な、新語でも新用法でもない、目立たない語の語釈と用例の適切さにもっと心を砕いてほしいと思います。